狂気の花 その5
「まずいっ!」
サラを中心として青白く光る魔法陣が展開された。術者が空中にいるためか、いくつもの魔法陣が折り重なり、球状になっている。それは最初は小さく、それからどんどんとその規模を増していく。
"Saint Region"はとても今のサラの実力に見合った魔法ではない。しかも今回は以前ペンドラゴン戦で使用した時とは訳が違う。
操られているのだ。力のセーブができず、本人の限界を超えた力を出すことになっても不思議ではない。このままではイブリス一行はおろか、サラ本人まで危ない。
「っ……! サラさん! 止めてください、早く!」
「皆ぁ!! 無暗に近づくなぁっ! あの魔法陣から逃げろっ!」
フロワが叫ぶが、その声は届くことはなかった。その後ろではレオが皆に避難を呼びかける。
「ああ、ああっ……! これが、これこそが私の求める白……あはっ……! あははははっ……!」
ノゼルはすでに魔法陣の展開されている領域に飲み込まれ、力を吸われているようだ。最早立つこともできないようだが、それでも"白"に触れていることが嬉しいのか、狂ったように笑い続けている。
「ラディスッ! 早くしろっ!」
「わかっています……!」
イブリスが叫ぶと同時に、ラディスの時空斬が放たれた。サラを捕らえていたツタは予想よりもあっさりと斬り裂かれ、彼女は重力に従って力なく落下し始めた。紫色の百合の効力はまだ失われていないようで、サラの瞳は虚ろなままだ。
「サラさんっ……!」
ツタからサラが解放された瞬間にフロワが走り出す。このまま高所から落下させてしまっては、彼女は大怪我を負ってしまうだろう。
「フロワッ!? 駄目ですっ!」
だがラディスの声がそれを止めようとする。魔法の作動がまだ続いているのだ。サラを助けに行くということは、あの魔法陣の中へ突っ込んでいくということを意味する。
しかしフロワは止まらない。サラを助けるため、臆することなく、"Saint Region"の中へと入って行った。
「はっ……ぅ……!」
魔法陣に足を踏み入れた瞬間、途轍もない脱力感がフロワを襲う。まるで重力が何倍にもなったように体が重い。以前にもサラの"Saint Region"は経験しているが、その時以上のペースで力が奪われていく。
それでも、フロワは決して足を止めなかった。
「サラ……さんっ!」
フロワは非常に早いペースで減っていく体力を振り絞り、落ちていくサラに追いつくと、その両腕でしっかりと彼女を受け止めた。
体力を奪われた状態で人ひとり受け止めるのは楽ではなかったが、フロワの頑張りが功を奏したようで、サラに怪我はない。
「フロワ……ちゃん……?」
「……! サラさん……!」
どうやらあの百合からも解放されたらしい。サラの瞳は自分の意思がしっかりと感じられるものに戻っていた。やはりこの魔法のせいで体力をかなり消費しているのか、すぐに気を失ってしまったが。
サラが気絶すると同時に、魔法陣も徐々に縮小していく。
「あ、ああああ……私の……私の白……白を……白を頂戴……お願い、お願いだから……」
だが、これで一件落着とはいかなかった。『T.M.F』の……ノゼルの最後の悪あがき。二本のツタが再びサラに迫る。
「ちぃっ! いい加減しつこいぞ!」
「待つんだレオ! なんだか様子が……」
それを見てノゼルに殴りかかろうと動いたレオを、リアスが引き留めた。サラに迫るツタの異常に気が付いたからである。
枯れていたのだ。サラに迫るツタは、いや、『T.M.F』に巻き付いている全ての植物が、萎れ、変色し、枯れていた。
そしてサラを捕らえようとする二本のツタは、縮小しかかっていた"Saint Region"に触れると同時に、完全に消え去った。
「……なるほどね」
その光景を見たセルテが、前に躍り出た。
『T.M.F』に巻きつくツタは、サラの"Saint Region"が発動してから枯れはじめていたのだ。そして今、縮小する"Saint Region"に触れた瞬間にツタは消滅した。
これから導き出されるのは、ツタが白の魔力に弱いという事実。ノゼルが狂気的に求めている白こそが、彼女を攻略する鍵だったのだ。
「皮肉なもんだ、自分は"白"を求めているのに……その"白"こそが一番の弱点だったなんてね」
呟きながら、杖を構える。
「セルテ? 一体なにを……まさか!」
「こうとなればやることは一つしかないだろう? 私でもかなりキツイけれど……ま、間違いなく倒れるだろうから帰りはおぶって送っていって頂戴。頼むよマスター」
そう言ってセルテは大きく深呼吸をして、魔法の詠唱を始めた。かなりの集中力と精神力を必要とするらしく、目を閉じて、詠唱のみに力を入れている。
やがてセルテを中心として、先ほどサラが展開したものと同じ魔法陣が展開されはじめた。それを察知したのか、残っているツタたちがセルテを狙いはじめる。ノゼルがほとんど戦闘不能な状況である上に枯れかけているとはいえ、動きはまだまだ活発なようだ。
だが、そのツタもセルテに触れる前に魔法陣の領域に入ったものから次々と消滅していく。
「おいおい、ありゃあ……」
セルテの詠唱は続く。魔法陣はみるみるうちに広がり、やがて部屋全体を覆いつくした。『T.M.F』のツタが一気に枯れていき、同時にイブリスたちの傷が少しずつ回復していく。
「マジかよ。"本物"じゃあないか」
イブリスが目を丸くして驚きの言葉を呟いた。
"Saint Region"……領域内の敵から力を吸い取り、それを味方に分け与える。白属性魔法の中でも最高峰とされる魔法。
サラが繰り出す暴走状態のものではない。本物の魔法が、展開されているのだ。
「……言っただろう? うちの自慢のプリーストだと」
レオが、にやりと口元を緩ませながら自慢げに言った。
「うぁあ……! 白……白ぉ……」
傷が癒えていく一行に対して、ノゼルは一行の敵……つまりは吸われる側だ。先ほどのサラの"Saint Region"と合わせて相当な量の体力を奪われているらしく、地面に横たわったままうわ言のように"白"と繰り返している。
一方、同じく体力を消耗している様子の人物がもう一人。セルテである。
彼女の場合は体力と言うよりも精神力を消耗していると言ったほうがいいだろう。未だ詠唱を続けるセルテの表情には先ほどと比べて明らかに苦悶の色が浮かんでいる。
サラは魔法名だけで発動しているが、本来"Saint Region"は維持するためにも詠唱と魔力を必要とするようだ。
必然的に術者は詠唱中は無防備になってしまう。魔法の発動に必要とされる技術は勿論、状況を選んで使わなければ簡単に反撃されてしまう使いどころの難しさも、この魔法が上級者向けたる所以なのである。
「セルテ……! もう少しだ、どうにか頑張ってくれ!」
リアスが激励の声をかける。ツタはほとんど枯れかかっている状態だ、もう少しで完全に無力化できることだろう。
「あ……ぁ……」
と、思っていたが、どうやらノゼルのほうが先に音を上げたようだ。ノゼルは眠るように気を失い、『T.M.F』の具現化もそれに伴って解けていく。
「……はぁっ!」
それを見たセルテも魔法を解除する。広がっていた魔法陣は縮小していき、セルテはその場に倒れこんでそのまま気を失ってしまった。
「だ、大丈夫かっ?」
「心配ない! ただ疲れただけだ!! この魔法はかなり精神力を使うらしくてな」
レオがそんなセルテを背負い、あたりを見回した。
改めてみるとひどい有様だ。天井も壁も崩れ去ってしまい、瓦礫があらゆる場所に飛び散っている。
「随分と苦労させられたが……これで終わりと言えるだろうか」
「……多分、な」
呟くレオに、リアスが返答する。
「行きましょう。後の処理は"機関"の方々がやってくれるはずです」
サラを横抱きにしたフロワが皆に呼びかける。
「ああ、そうだな。サラちゃんを休ませてやらねぇと……はぁ、というか俺も休みてぇ」
イブリスが部屋を後にし、皆もそれに続く。
ただ一人、ラディスだけが、部屋に残る黒い魔力の残留を見つめていた。とても鋭く、冷たい目線で。
黒い魔力の残留はその視線を受けながら、空の彼方へ飛んでいった。





