敵陣へ
屈強な戦士、ローブを羽織った魔術師、鋭い眼光を携えた狩人……老若男女、多彩な冒険者たちが行き交う。
ここはアヴェントのギルド本部が集まる通り。商店街とは違って一般市民はほとんど見当たらず、居るのは冒険者、そして警備などで来ている"機関"の人間ばかりだ。
建ち並ぶ建物はほぼ全てがギルドの本部として使われているもの。大きなものもあれば、裏通りにひっそりと佇む小さなギルドも存在している。
そんな中でもひときわ大きな建物の前に、イブリスたちは足を運んだ。
「……ここか」
イブリスが呟く。
敵の本陣、ヒュグロン本部。その大きさは周りと比べると一目瞭然で、見上げると首が痛くなるほどだ。ここから少し離れたアトミス本部も相応に大きいが、それと並べてもこちらの方が大きさは上だろう。
「うーむ、高いな。普段の移動が大変ではないのだろうか」
「呑気だねぇ、マスターは。ま、確かに大変そうではあるけど」
レオとセルテがヒュグロン本部を見上げて言った。
「……大きな建物であるほど、サラさんを探すのは困難になります」
「移動が大変なのは我々も同じ。流石に一筋縄ではいきませんね……」
次いでフロワとラディスが感想を漏らした。
一行にとってヒュグロン本部はブラックボックスだ。構造、部屋の位置、階段の位置、一切の情報を持っていない。その上、サラが捕らえられている場所もわからないのだ。不利な戦いになることは間違いない。
「そうですね、それに……」
「それに? 何かあるのか?」
「……いえ、なんでも」
リアスが何か言いかけたが、口には出さなかった。その表情はなにか思いつめたようなものである。
イブリスに一抹の不安が走る。ここまで一緒に戦ってきたが、どうにも隠し事をされているような気がしてならない。ラディスに自分の記憶を隠され続けていることもあり、イブリスはそういった事に敏感だった。
しかし、深く追及はしない。聞いたところでそう簡単には明かされないだろう。それに、今にわかる、そんな気がしたからだ。
「行きましょう」
フロワが一歩踏み出した。他の皆もそれに続く。
イブリスは銃、フロワは盾、ラディスは刀……それぞれが自分の得物をすぐに使えるよう心構えして、フロワがヒュグロン本部の扉に手を掛けた。
ひとつ、深呼吸をするくらいの時間が流れたのち、押された扉は意外にもあっさりと開いた。ヒュグロンの冒険者たちが普段憩いの場にしているのであろう酒場がイブリスたちを出迎える。
しかし、そこには大きな違和感があった。
「……誰も居ないのか?」
その酒場には、人の姿は一切なかった。
冒険者だけではない。酒場のマスターも、出張窓口に居るはずの"機関"のクエスト受付係も、誰一人としてその場には居なかったのである。
「おかしいですね……活動休止の報告は受けていないはずですが」
「いかにも罠ですって感じだな。油断させるためか、ただ単に余裕をぶっこいてんのか……」
一行は警戒しつつも酒場に足を踏み入れる。念のため、出来るだけ足音を立てないように。
「何者かが隠れてる様子も……ない、か」
リアスがカウンターの裏を覗いて言った。別の方向から覗いていたセルテも首を横に振る。
他に隠れるような場所も見当たらない。どうやら本当に無人なようだ。
「全く、奴らは一体何を考えているのだ!?」
「さあね……? ま、集団で襲って来られるよりはやりやすいでしょ?」
「セルテの言う通りだな。これならサラちゃんの居場所を探しやすいのは事実だ」
どうせ敵の懐に飛び込んでいる身だ、今更何をされようと戻ることはできない。
なぜか無人のギルド本部。これが向こうの罠ならば、こちらはその罠に思い切り甘えてやろう。
「皆さん、こちらに」
フロワが皆を部屋の隅へと誘導する。そこには下りと上り、二つの階段があった。
「地下までありやがるのか……どんだけでかいんだこの建物は」
「上か下か……イブリス、どうします?」
サラが上層階に監禁されている可能性、そして地下に監禁されている可能性。どちらも五分五分と言える。
ヴェルキンゲトリクスやギルドマスターが直に監視している可能性もあれば、地下牢のようなところに閉じ込められている可能性もあるのだ。
「手分けしたほうが良さそうだな。3人ずつに分かれるぞ」
屋外とは違い、狭い建物内である。あまり大人数で固まっていると通路などで戦闘が発生したときに不利になりやすい。道が分かれているのならば、分担して対応したほうが良いだろう。二つの道を同時に調べることで時間の短縮にもなる。
「そうだな……フロワはセルテと一緒に行った方が良い、その盾は白属性魔法と相性が良いからな」
「承知しました」
「あいあいさー。サポートは任せてよ」
フロワの盾は"Saint Defender"による防御性能の向上がある。それを考慮すると、白属性を使えるセルテが一緒に行くのが無難だ。
「僕が二人に付いていきましょう。フロワの守りの元なら、僕の斬撃が一番生かしやすいはずです」
「よし、ならば我々がイブリスと共に行動することになるな!」
「見つけたら伝達魔法で連絡を取り合いましょう。こちらからはセルテに連絡を入れます」
「じゃあ、こっちからは私がマスターかリアスに話すよ」
リアスとセルテ。同じギルドに所属する者同士が伝達係となって連絡を取る。こういった時にギルドメンバーというものは便利だ。
「ラディスたちは地下を頼む。レオ、リアス。俺たちは上に行くぞ」
「了解です。そっちは頼みますよ、イブリス」





