Quest-Update:サラ・ミディアムスの救出
=クエスト概要:更新=
マルメール沖離島での緊急クエスト中に魔術師クラスの冒険者、サラ・ミディアムスが攫われた。
彼女の仲間たちが機巧士の元締めがヒュグロンギルドであるという証拠を握っており、その口止めが目的である。
以上より、『EMQ:機巧士の捜索、及び捕縛』の目的をサラ・ミディアムスの救出へと変更する。
居場所はヒュグロンギルド本部であると予想される。大至急、これを救出せよ。
「お待たせしました」
イブリスたちが待つ部屋に、ラディスが入室した。
「……お帰りなさいませ、主様」
フロワが、暗い声でラディスに言葉をかける。
ここは"機関"本部、ラディスの部屋。そこにイブリス、フロワ、レオ、リアス、そして今しがた来たラディスの五人が集まっている。
彼らの間に流れる空気はとても明るいものとは言えない。というのも、ここに居ない"もう一人"の事があるからだ。
「遅れてすみませんね。議会への報告が予想以上に長引いてしまいまして」
「お気になさるな! 余裕があるとは言い難い状況でも落ち着くのは大事だ!」
ラディスは先ほどまで"機関"のトップが集まる議会へ出席していた。マルメール沖での事件についての報告である。
その間、他の四人はこの部屋で待機していた。ラディスの知り合いや従者、そして大規模ギルドのマスターという立場ではあるが、結局はただの冒険者。流石に"機関"の上層部に混ざるわけにはいかないのである。
「サラちゃんのことは?」
「話していません。"機関"がサラちゃんの事で大々的に動けば、彼女に何をされるかわかりませんからね」
早速、この場に居ない"もう一人"の話題が出された。
あの孤島で機巧士ヴェルキンゲトリクスに攫われた少女、サラ・ミディアムス。
今回、この五人が集まっているのは、人質となった彼女の救出についての話し合いのためである。
「……向こう側から何か要求はありましたか?」
「いえ……私たちのところへは何も」
「アトミス側にもそれらしいものは届いていません」
フロワ、次いでリアスが答える。
今のところ、機巧士……つまりはヒュグロンギルドから、人質の解放についての通知はない。
通常、人質というのは金や品と引き換えにされるもの。だが今回はそれが存在しないのだ。しかし、その理由ははっきりとしていた。
「つまり、今の状況で十分向こうの利益になってるってこった……アイツらは俺たちを口止めさえ出来りゃ良いんだろう」
イブリスたちが知った、機巧士の秘密、そしてヒュグロンが行ってきた研究、ハンニバルという実験体。それを誰かに漏らさせないための処置。
ヒュグロンには、元より人質を解放する気など無いのだ。
「つまり、こちらから動かなければあの子は助けられないという事……」
「しかしこちらには何の情報もないぞ? 居場所すらわからないこの状況で、どうすればよいのだ?」
今、手元にある情報と言えば彼女が攫われてしまったという事実だけ。どこに攫われて、今どこに居るのか、全く掴めていないのだ。
レオの疑問に、一同は言葉を失った。
「……情報ならありますよ」
ただ一人、ラディスを除いて。
「実は、白いローブを着た白髪の少女が男に連れられてヒュグロンギルドの本部へ入っていった……という目撃情報があります。気絶したまま運ばれていたとのことで、見た人も印象に残ったのでしょうね」
「……! それは……!」
「十中八九サラちゃんでしょう」
フロワが思わず立ち上がった。
特徴、場所、状況。全てにおいてサラのことだと確信するには十分な情報だ。流石、"機関"トップの名は伊達ではない。様々な情報にもしっかりと精通している。
しかし、この情報を鵜呑みにするのは少々難しかった。
「……この状況で本部へ……か」
「ちと考えにくいな。どうしてそんなわかりやすくて人目に付く場所に連れていく?」
ヒュグロンは機巧士と関わりがあることを隠したいはずである。今回の口止めもそのためなのだから。
そんなヒュグロンが、機巧士が捕らえたサラをわざわざ本部に監禁するのは危険が多く、とても頭の良い行動とは言えない。実際こうして目撃証言があるのだから。
「……罠か?」
「おそらく」
イブリスたちがこの結論に落ち着くのは当然の話であった。
「ヒュグロン側は遅かれ早かれ僕らを始末するつもりです。もちろん、それは早い方が良い」
「俺たちから仕掛けたものを返り討ちにすれば、"機関"に何か言われようと正当防衛で済むということか……! くぅ、人質を餌にまで使うとは、なんと卑劣な!!」
「気持ちはわかるが落ち着け、レオ……しかし、このまま何をしないというわけにも……」
「……そうですね。私たちには……もう選択肢は残されていません」
皆の中に、暗い空気が流れる。
「罠だというのなら、打ち破れば良い話です」
そんな空気を打ち破る発言。その言葉を発したのは、意外な人物であった。
「フロワ……」
「どうした、いつになく積極的じゃねえか」
「……そうでしょうか」
いつも通り、冷静に答えるフロワ。しかしながら、その口調には静かな怒りが見える。冷静を装っていると言った方が正しいだろう。
そこに在るのは、サラを助け出すという意志。そして、サラになにかあったらどうしようかという不安と苛立ち。
サラと出会う前の、主に尽くすだけの従順なメイドはもうそこにはいない。
……出会いというのは、こうも人を変えるのか。ラディスは心の中でそっとそう呟いた。
「他に手が無いと言うのなら、迷うこともないでしょう。今すぐ動くべきです、サラさんに何かある前に助け出さなければ」
「……賛成ですね。時間はかければかけるほど不利になる。あちらの守りも盤石になっていきます」
「がはは! わかりやすくて助かる!! 要は奴らを倒すッ! それだけの話ではないか!!」
フロワの言葉をきっかけに、ラディスの執務室が盛り上がりはじめる。
実際のところ、これは単純な話であった。手段がひとつしかないのならば、そのひとつの手段を使えばよいのだ。
「お、おい、お前ら勝手に……ラディス、なんか言ってやれ!」
「すみませんが僕も賛成ですよ」
「おま……!」
「他に何かいい案があるとでも?」
「ぐっ……!」
イブリスが勢いで押し切ろうとする雰囲気にストップをかけようとするものの、ラディスに丸め込まれてしまった。
勢いに任せすぎるのは良いとは言えない。だが、いくら冷静に考えようとも結局はこの結論にたどり着く。
ラディスはそこまで見越したうえでこの作戦に乗っているのだ。
「しゃあねえ、そうと決まれば……」
「……行きましょう、サラちゃんを助けに」
決心を固め、5人の冒険者たちが立ち上がった。
* * *
「……といいつつも、一服は大切だよな」
"機関"の喫煙室で、黒髪長身の男が煙を吐いてつぶやいた。イブリスだ。
決戦前の束の間の休憩。皆をロビーに待たせ、気合を入れる意味でも一本だけ吸うことにしたのだ。
このタイミングでの一服は少々落ち着きすぎにも見えるかもしれないが、落ち着きは大切、と先ほどレオも言っていた。
「お久しぶりです」
そこに来客が一人。
「……よう、セレナちゃん」
"機関"の受付嬢、セレナである。
以前も喫煙室で遭遇はしたが、今回は訳が違うらしい。前のように掃除をしに来た様子ではないし、何よりもその表情には険しさがある。
「よう、じゃありません」
「また穏やかじゃない様子だな。どうしたんだそんな顔して」
「……サラさんはどこですか」
「……なんのことやら」
イブリスは誤魔化した。それ以外に返答が思い浮かばなかったのだ。
「見ましたよ、ロビーで皆さん集合しているの。アトミスの人たちに、ラディス様とその従者さんまで居るのに……サラさんが居ませんでした」
「……」
見られていたか。
それで不安を感じて、喫煙室に向かうイブリスを追ってきたのだろう。
「彼女に何かあったんですか? 一体何が?」
「何でもねぇよ」
ここで何かを話すわけにはいかない。サラを気遣う彼女のことだ、着いてくるなどと言いかねない。
「ちょっと出かけてるだけだ、心配しなくてもすぐ戻ってくるよ」
「何もないのなら、どうしてあんなメンバーで行動を共にしているんですか」
「……ただの交流会だよ」
嘘とともに煙を吐き、吸殻を灰皿に押し付ける。セレナが煙で少しせき込んだ。
「嘘……ですよね」
「嘘じゃねえよ」
イブリスは喫煙室の出口へ向かうすれ違いざま、セレナの頭をそっと撫でた。
「……サラちゃんはすぐに戻ってくるって言ったろ」
……セレナは、喫煙室を出るイブリスを追わなかった。
* * *
「リラックスは出来たかな?」
「……なんで一人増えてるんだ?」
イブリスが喫煙室から戻ると、待っていたのは5人だった。
「ちょっとー、そんな微妙な顔されたらお姉さん傷ついちゃうぞ?」
いつの間にか、アトミスのプリースト、セルテが合流していたのだ。
「クエストから帰ってきたのにアトミスに戻らず、"機関"本部に大集合してるんだもの。何があったのかなーって心配になってきてみれば……まさかこんな大変なことになってるとはね。ラディス様まで一緒とは思わなかったよ」
「あー……そういう訳でセルテも一緒に付いていきたいという事らしく……」
セルテの説明に続き、リアスがたじたじとした様子で話す。どうやらマルメールから帰ってきたことを聞きつけて、わざわざ"機関"本部まで訪ねてきたらしい。
「がはは! 彼女の腕はギルドマスターである俺が保証するぞ!」
「イブリス、どうしますか?」
「……まあ戦力は多い方がいいからな」
「話が早くて助かるね」
予想外の出来事ではあるが、一緒に戦ってくれるメンバーが増えるのは単純に良いことだ。
それにセルテはプリースト。サラが抜け、回復及びサポートをこなせる職がいない今のパーティには大きな戦力だ。
「良い表情だね、少しは進展したみたいじゃないの」
「……恐れ入ります」
フロワとセルテが、小さな声で会話を交わす。
マルメール沖での、サラとフロワの仲の進展。セルテは、出発前とは少し違ったフロワの表情にそれを見出したのだ。
「気にすることはないよ、ただのお姉さんのお節介だ。それに……お礼を言うなら彼女を救い出してからだよ」
「……はい」
フロワが小さく頷いた。必ずサラを、自分の友達を助け出すという、大きな意志を込めて。
「話は済んだな? なら……」
「……行きましょう。必ずサラさんを助け出します」
従者の少女は、しっかりとした目で前を見据えた。





