【艦隊-THE 3RD FLEET】 その1
「……さて」
ラディスはイブリスたちを見送ると、振り返り、海に浮かぶ戦艦を見据えた。
機巧士本体はイブリスたちに任せた。こちらは自分たちの仕事だ。
具現化されただけの兵器とはいえ、硬い鉄でできていることに変わりはない。刀では歯が立たないことは明白である。
だが、破壊する必要はない。自分の役割は、イブリスたちが本体を見つけるまでの時間稼ぎに過ぎないのだから。
「いいですか! 数ではこちらの方が上です! 攻撃を絶やさないようにして、相手を封殺します!」
『はいっ!』
ラディスの指示と共に、戦闘部の職員たちが攻撃を開始した。
海には"機関"の兵器、浜辺には戦闘部所属の魔術師たちが、『ザ・サード・フリート』を取り囲むように配置されている。
遠距離攻撃が可能な魔術師クラスを多めに連れてきたのは正解だった。海に浮かぶ相手には近接職は不利極まりない。
「一斉には攻撃しないように! 交代で攻撃と準備を繰り返してください! プリーストたちは常に防御の用意を!」
攻撃を絶やさないためには、準備時間の隙を晒してはいけない。
大砲の装填、魔力の回復。あらゆる隙を他方からの攻撃で潰す戦法だ。
だが、相手もそう簡単には怯んでくれない。主砲が海に浮かぶ"機関"の船に狙いを定めた。
「二番艦、防御を!」
防御指示を出すと共に、主砲が発射された。
素早い指示が功を奏したのか、二番艦に乗っているプリーストがすぐに防壁を展開、主砲を防ぐ。
戦闘部に所属する職員たちは冒険者の中でもプロ中のプロと言える精鋭ばかり。戦艦の主砲一発くらい、簡単に防いでくれる。サラがこの場に居たら、自分の防壁とは桁違いの硬さに感銘を受けていたに違いない。
見せてやりたいのは山々だったのだが、そんな悠長なことを言っている状況でもない。やはり彼女はイブリスたちに付いていた方が良いだろう。
「メイジ、攻撃開始!」
主砲は二番艦へ向いたまま。この隙に浜辺の魔術師たちが戦艦に対して一斉砲火を開始する。
右が防御すれば左が攻撃。北が攻撃すれば南が防御。
数で四方を囲むこの戦術は、大きな一体の敵に対してはかなりの効果を発揮できる。
「……さて」
厄介なのは島を巡回していた小型艦の方だ。今でこそ『ザ・サード・フリート』単体を相手にするだけで済んでいるが、今頃援護のためにこちらへ向かってきているはずである。
この体制を崩したくはないが、余りの戦力が多いとは言えない。やることが無いのは念のため連れてきた少数の戦士クラスくらいか。
だが先にも述べた通り、近接職では戦艦には歯が立たない。それは小型艦とて変わらないはずだ。
「ちょっと疲れるけど……まあ、仕方ないですね」
だが、打つ手がないわけではない。
ラディスだからこそできることが、一つだけあるのだ。
「今のペースを崩さないように! 邪魔者が来たときは僕が対処します!」
現状維持の指示を出しておき、自分は精神を集中させる。小型とはいえ戦艦一隻を相手にするとなると少々苦労しそうだ。
自分の中に流れる青の魔力を研ぎ澄まし、泉の水の様に透き通った青色を作る。
厳選した砥石で刀を研ぐような感覚。慎重に慎重に、その切れ味を高めていく。
「……よし」
ラディスが糸目を少し開いた。鋭い瞳が戦艦の浮かぶ海をにらむ。
「東に新しい敵影! 小型艦です!」
瞬間、誰かの声が響き渡った。
誰もが東方向へ目をやる。そこには新たな戦艦の影。
『ザ・サード・フリート』に追従する小型艦が、確かにこちらへ迫ってきていた。
「気を取られないで! 攻撃を続けなさい!」
ラディスは攻撃の手を止めた部下たちに一喝すると、小型艦の方向を見据えた。
「あれは僕が処理します」
ラディスは小型艦へ向かって走り出した。
一人だけでの戦艦への特攻。はたから見ればとことん無謀な行為である。
だが、"機関"戦闘部のメンバーでラディスを心配する者は誰一人としていなかった。全員、ラディスの実力を良く知っているからだ。
剣聖と呼ばれるラディスだが、ただ剣が使えるだけでは"機関"戦闘部のトップに立つことはできない。
近接、魔法共に極めた、戦闘のエキスパート。それがトップに求められる能力だ。
その点、ラディスは秀でた能力を持っている。大猿の攻撃をいとも容易くいなす近接戦闘のテクニックと……何より、あらゆる時系列から斬撃を持ってくる魔法。
ラディスは、青魔法の特色である時系列への干渉を最大限扱うことができるのである。
小型艦にさける戦力は無い。近接攻撃も通用しない。
ならば、対策は一つである。
「しばらく大人しくしていて貰いますよ!」
小型艦が射程内に入った。攻撃されるよりも早く、研ぎ澄まされた魔力を解放する。
青色の光と共に魔法陣がラディスの前に出現し、同時に小型艦を中心にして巨大な魔方陣が現れた。
「くっ……流石に、中々厳しいですね」
魔方陣の輝きが増していき、それに比例してラディスの顔もどんどん険しくなっていく。
あれだけ集中し、魔力を研ぎ澄ましたにもかかわらず、この魔法はラディスの体力をとてつもない勢いで削っていくのだ。
相手の強大さもある。だが、この魔法があまりにも強力過ぎることに対する弊害だ。
小型艦の魔方陣が規模を広げ始めた。もう少しだ。
「はぁ!」
ラディスが短く、気合を入れた叫びをあげた。
次の瞬間、魔方陣が一層強い輝きをあげ、小型艦へ向かって収束していく。小型艦は光に飲み込まれ、その姿を目視することができない。
「……はぁ、はぁ……久しぶりかな、こんなに疲れるの……」
それを確認すると、ラディスは力を抜いた。刀を杖にして浜辺に座り込み、深呼吸をする。
「でも、これで大丈夫……」
しばらくすると、その小型艦を飲み込んだ輝きはおさまった。
そのあとには、何事もなかったかのように小型艦が浮かんでいる。
失敗か、何も知らぬものが見ればそう思ったことだろう。だが、小型艦には決定的な変化があった。
小型艦が、全く動かなくなっているのである。
「ラディス様っ! 大丈夫ですかっ!?」
ラディスの疲弊した様子を見て、戦士クラスの戦闘部メンバーが駆け寄ってきた。
「はぁ、はぁ……心配ありません」
ラディスは肩で息をしつつも笑顔を向けて応対する。体力こそ大幅に消費したものの、速攻で魔法を仕掛けたこともあって体に怪我はしないで済んだ。
……その小型艦は相も変わらず止まったままで、二人には見向きもしない。それどころか、その場から進もうともしない。
「御覧の通り、もうこいつには脅威はありません。皆向こうに集中できるはずです」
「お疲れ様です……! しかしやはりラディス様の力は凄いですね……こんな戦艦の時も止めてしまうなど」
戦士が感嘆の声を上げた。
そう、先ほどラディスが繰り出した魔法は、対象の時を完全に止めてしまう魔法なのだ。
青属性を象徴する、時空間干渉の一つの極致。相手の実力関係なしに、完全な隙を作り出す、強力どころでは済まない魔法。
決まれば勝てるとも言って申し分ない魔法だが、極限まで精神を集中させ、それに加えてとてつもない体力を消費する。身も心も削るというそれなりの代償も必要なのだ。
本当は『ザ・サード・フリート』本体に使いたかったところではあるが……小型艦相手にこの消耗だ。かなりの巨大さを誇るあの戦艦に通用するかわからない。なら確実に、この小型艦を止めておくのは正解だっただろう。
「あちらは、順調ですか……?」
ラディスは戦士の肩を借りながら元の場所へと戻っていく。
「ええ、今のところこちらに損害はありません」
「よかった……」
今のところは、全てうまくいっている。
……イブリスたちが、無事だとよいのだが。