駆け抜けた先に
「くそっ、何だってんだ……!」
イブリスが走りながら愚痴を吐いた。
前を走る大猿にはまだ追いつけない。それどころか、どんどん距離が離れていっている。
野生動物と人間の差というものを感じさせられる追いかけっこだ。
「……イブリス様、気付いていますか」
隣を走るフロワが問いかけた。
大盾を背負ってのダッシュだというのに、全く息を切らしている様子はない。とことん不思議な少女である。
……それはそうとして。
「ああ、俺たち以外にも誰か来ているらしいな……」
どうやらこの島にイブリスたち以外の人物が訪れているようだ。
理由は単純。今向かっている方向から人の声がするのである。最初は聞こえるか聞こえないかくらいの音量だったが、走るにつれて確実に聞こえるようになっている。
数人といったレベルではない。もっと多くの人々。大規模な集団だ。
「はぁ、はぁ……! 助けが来たんでしょうか……!」
サラが息を切らしながら話した。足元があまりよくないジャングルを走るのはただの少女にはやはり辛いものがあるようだ。服装が走りづらいローブであることも原因の一つだろう。
「どうだろな! 案外ヒュグロンの手の者かもしれんぞ!!」
「ありうるが、あまり考えたくはない可能性だな……しかし、あの大猿が集団の方向へ向かっていることは間違いないでしょう」
次に声を上げたのはドスドスと豪快な音を立てながら走るレオと、対照的に軽々と走るリアスだ。リアスの走りは狩人クラスの身軽さを見事に証明している。
走り出した時こそ困惑していた一行だが、今は大猿がイブリスたちに目もくれず走り出したのはその集団の存在を嗅ぎつけたから、という認識を全員が持っている。
だが、その集団が何者かわからない以上、まだまだ油断はできない。味方なら良いのだが、レオが言うように敵である可能性も十分ありうるのだ。
「……浜辺に出ます」
「ふん……! 鬼が出るか蛇が出るか……!」
視界を覆っていた木々が無くなった。
緑に囲まれていたジャングルから、白色が支配する浜辺へと飛び出る。
「こいつらは……!」
「"機関"の人間……ですか」
そこでは襲い掛かる大猿を十数人の人間が撃退していた。
『ザ・サード・フリート』の姿もあり、そちらに対しては魔道兵器を駆る人間たちが応戦している。
いずれの装備、兵器にも"機関"の物であることを表す勲章が装飾されていた。
「"機関"戦闘部。世界に誇る僕の部下たちですよ」
一行の背後から、聞き覚えのある柔らかめの声がした。
「……! ラディス……!」
狐色の髪に、これも狐のような糸目が印象的な人物。"機関"戦闘部のトップ。ラディス・フェイカーである。
「ラディスさん! 来てくれたんですね!」
「主様……ご助力、感謝いたします」
「いえいえ、皆さん無事なようで良かったです」
駆け寄っていくサラと丁寧にお辞儀をするフロワに対してラディスは笑顔を向ける。イブリスは複雑な表情だ。
「"剣聖"ラディス・フェイカー……! イブリスさんがた、まさかお知り合いで……!?」
「がはははは!! これは驚いた!」
対してレオとリアスは驚愕の表情を浮かべていた。
まさか世間から疎まれている黒の魔術師が"機関"上層部の人間と知り合いだとは思ってもいなかったのだろう。
特にラディスともなれば冒険者たちの前へ露出することも多い有名人である。レオたちがその存在を知らないはずもない。
「『ザ・サード・フリート』出現の知らせが"機関"本部まで届きましてね。出現場所が貴方がたがクエストに向かった場所だと知って戦闘部を緊急出動させました」
どうやらイブリスたちが苦労をしている間に、"機関"側もちゃんと手を打ってくれていたらしい。
5人しか居なかった戦力の大幅な増強。これで理不尽ともいえるほど不利だった状況は覆すことができた。
「……おっと、失礼」
ラディスがイブリスたちの前に割り込んだ。
「グアアア!」
「きゃっ……!?」
「危ない危ない」
どうやらラディスと話している間に大猿がこちらに迫ってきていたようだ。
ギリギリのところでラディスが刀を抜き、大猿の攻撃を受け止める。
ラディスはそのまま攻撃を受け流し、大猿を斬り付けた。既に消耗していたようで、大猿はそのまま倒れてしまう。
「鮮やかですね……! 流石ラディスさん!」
「……普通に使えるんだな、その剣」
イブリスはラディスが刀を振るっている姿を見るのは初めてだった。今まで見てきたラディスの戦い方は"斬撃を別の時間軸から持ってくる"魔法を使ったものだけだ。
ラディスが刀を抜いて戦う光景はあまり見慣れたものではない。
「時空斬は遠距離を攻撃するには便利ですが近距離戦には向きません。斬撃だけでは防御はできませんからね。近距離では魔法よりも武器のほうが早い、そういう単純な話ですよ」
斬撃はあくまで概念である。物理的な姿を持たないために、今のように刀を使って防御するといったことできないのだ。
だからこそ、近距離戦では普通に刀を使ったほうが有利なのである。
「でもちょっと意外かもです……この間見せてもらった戦い方のイメージが強くて」
「ははは、伊達に剣聖なんて呼ばれていませんよ」
ちゃんと剣を扱えるから剣聖なのだ、とラディスは主張した。
刀を剣と言い切って良いものか微妙なところではあるのだが、このあたりの人物には馴染みのない武器なのだから仕方がないだろう。
「皆さん、これを」
リアスが大猿の死体のそばに座り込み、イブリスたちの注目を集めた。
大猿は動かない。間違いなく死んでいるらしいが、その様子がどこかおかしかった。
大猿が、少しずつ透けていくのだ。
「こいつは……!?」
「……やはり」
イブリスが驚き、ラディスは何か確信を持った反応をする。
「こ、これ、一体どういうことなんですか?」
「こいつもあの戦艦と同じ……具現化された存在ということですよ」
ラディスの言葉と共に、大猿の死体は完全に消えてなくなった。
大猿が倒れた後だけがそこに残り、それ以外、大猿が居たという事を示すものは何も残っていない。毛の一本でさえも、である。
「あの大猿も機巧士がらみの何かということかぁ!?」
「……お、おそらく」
ラディスがレオが突然出した大声に思わず耳を抑えた。
「実は、魔物がこの島に現れたという時期が、ペンドラゴンを捕らえた時期と一致しています。機巧士と無関係とは思えません」
「……何かあるな、この島」
「はい。魔物を具現化してまでこの島から人を遠ざけたい、何かが隠されている……間違いありません」
通りで狙ったように『ザ・サード・フリート』が出現したわけである。もしもこの島に機巧士に関連するものがあるのならば、調査しないわけにもいかないだろう。
それにしても、人避けのために具現化した魔物が逆に人寄せになってしまうとは、なんという皮肉だろうか。
「あの戦艦を操る機巧士もこの島に居るに違いありません。遠く離れた場所からあのレベルの兵器を具現化できるはずがない」
ラディスは、"機関"の者たちが迎撃する戦艦を背にして、イブリスたちに告げた。
「……今この場で、皆さんに緊急クエストを依頼します。機巧士本体、並びにこの島に隠された秘密を見つけ、是を確保してください」





