対決、無人島の大猿 その2
大猿の暴れ方は、今までと変わらないどころか、今までよりもずっと激しい。リアスはどうにか回避したが、動きを封じていたレオはその攻撃を喰らってしまった。
かなりの衝撃を喰らったらしい。レオは地面に倒れ、うめき声をあげている。
「レオさん!」
「駄目だサラちゃん! 危ない!」
レオのもとに駆け寄ろうとしたサラちゃんの肩を掴み、止める。
助けに行きたい気持ちはわかるが、今レオのもとへ向かってしまうと、あの大猿の攻撃に巻き込まれてしまう。
どうやら周りが見えていないらしい。明確にこちらを攻撃してきているわけではないが、目に付くものを手当たり次第に破壊している様子だ。動きが予想できない分、冷静な時よりも危険度は高い。
「でもこのままだとレオさんが!」
「私が前に出ます」
焦りの表情を浮かべるサラちゃんの隣に、フロワが躍り出た。
「私がサラさんを守りますから……その間にレオ様の回復を」
「大丈夫なのか?」
「先ほどは不覚を取りましたが、次はそうはさせません」
フロワは自信たっぷりにそう言い放つ。自分なら防げる、という事か。
馬鹿力のレオが吹っ飛ばされた後だっていうのにこの自信、こいつ本当に何者だ?
「いきますよ」
フロワがサラちゃんを先導して大猿へ突っ込んでいく。大猿はすぐにフロワの方向へ向き直り、その腕を勢い良く振り下ろした。
「っ……!」
フロワの盾が腕を防ぐ。
やはりかなりの衝撃が来ているらしい。フロワの顔が歪む。
だがこの役を自ら買って出ただけのことはあるようで、見事に攻撃に耐えきって見せた。後ろに控えるサラちゃんには今のところ危機はない。
「レオさん、今回復しますからね」
「す、すまんな、不覚を取った……!!」
サラちゃんは急いでレオの治療に取り掛かる。
「くっ……まさか俺の麻痺が効かないなんて……!」
「しゃあない。奴の野生が勝っちまったんだろう」
リアスに申し訳程度に慰めを入れる。
口悪く接しているが、リアスのレオへの信頼は確かなものだ。力不足でレオに怪我をさせてしまったと思うと、やはり悔しいものなのだろう。
……さて、少女たちが頑張っているのに俺が動かないわけにもいくまい。
俺は再び銀の弾丸を装填し、フロワのもとに近づいていく。
「フロワ、こいつに隙を作れるか?」
今、フロワは大猿の猛攻をしのいでいる最中だ。
攻撃を受けるたびに大きく盾が揺れ、その力強さを示している。
「……どうにか、と言いたいところですが……この通りの状況ですので……!」
フロワが余裕のない口調で質問に答える。
大猿の攻撃は途切れることを知らない。大振りだが、防御して体勢を立て直している間に次の攻撃が来てしまう。
防御面ではまだ持ちそうだが、ここから攻撃に転じることは難しそうだ。
……だが、どちらにせよこのままではフロワが耐えきれない。
「頑張って隙を作ってくれ。こいつの動きさえ封じられれば、あとは俺がどうにかする」
「了解しました……!」
フロワが盾を前に押し出そうとするが、大猿のパンチに弾き返されてしまう。
「きゃっ……!」
中途半端に攻撃に転じたせいか、支えは先ほどよりも不安定。フロワは大きく体勢を崩した。
……やはり、厳しいか。
「ぬりゃあ!!」
だがその瞬間、俺の後ろから割り込んできた何者かが盾ごとフロワを支えた。
筋肉隆々の巨体。この身体は……
……レオだ。
「レオ! 動いて大丈夫なのか!?」
「がははは……!! あんな怪我かすり傷にすぎん! 少し治療すれば何ら問題はない!!」
レオは体勢を立て直したフロワと一緒に盾を支え、大猿の拳と押し合っている。
声が少し元気のないように思えるが、その力は全く問題なく自慢の強さを発揮している。問題ないという言葉は強がりなどではなく真実のようだ。
「あはは……凄いですね、レオさん。ちょっと回復しただけですぐに元気になっちゃいました」
サラちゃんが苦笑いする。……その気持ちはよくわかるが。
「隙あり!」
大猿がレオとフロワに気を取られている間に、リアスが背後に回っていた。
魔法を最大出力でナイフに纏わせ、無防備な背中に深く深く突き刺す。
「グアアアアッ!?」
大猿は痛みに叫び声をあげ、そのまま仰向けに倒れる。これで今度こそ大猿の動きを封じられた。
「でかしたっ!」
俺は大猿が倒れきる前に走り出していた。大猿の体に飛び乗り、その腹に自らの手と共に銃を突きつける。
「こいつは痛いぞ……! "invasioN"!」
銃声が森に響く。俺の手を通した弾丸は大猿の腹に小さな穴を開けた。
"invasioN"はその名の通り敵の体内に侵入する魔法。体内に入り込んだこの魔法は……
「グッ!? グアァァッ!?」
細胞に取り付き、その体をじわじわと蝕んでいく。
大猿はしばらくその場をのたうちまわり……そして、動かなくなった。
「……これでもう大丈夫だ」
「……黒属性魔法……改めて思いますが、エグいですね」
「じゃかあしい」
だがまあ、リアスがこんな感想を抱くのも仕方がない。特に今使ったのは俺だって使うのを戸惑う魔法だ。生き物が苦しんで死んでいく様子は見るに堪えない。
黒属性魔法は人間に使うものではないと、よくわかってもらえたことと思う。
「で、受けてたクエストはこれでクリアってことになんのか?」
元々この孤島に来た理由は、クエストをこなすためである。機巧士はおびき寄せられたら万々歳、くらいの気持ちであった。
実際はそのせいでかなりの苦労をしているわけだが。
この大猿を倒したことで、依頼そのものはこなすことができたという事になる。
「そのようです。しかし……」
「この孤島からどうやって逃げるか……ですよね」
戦艦に取り囲まれ、船も失っている。今のところ俺たちに成すすべはない。
「まさか相手があそこまでの規模とはな。もうちょっと人数を連れてくるべきだった」
「しかし襲撃があるかどうかはわからなかったからな!! 不確定要素にそこまで人員は割けんのだ!!」
「そりゃわかってんだけどな……」
まあ、クエストの度に大人数で移動するわけにもいかないか。
「とりあえず、いつまでもここにとどまっているわけには……」
「! 皆さん、危ないです!」
「なにっ!?」
やれやれ、全く落ち着ける時間がやってこないものだ。
サラちゃんの警告に俺たち全員は"それ"から距離をとった。
倒したかと思った大猿が、再び起き上がったのである。
「なんていう生命力だ……! こいつ、本当にただの魔物なのか!?」
リアスが驚嘆の言葉を吐く。
全く同感だな。俺の魔法をあそこまで喰らっておいて起き上がってくるとは、とてつもない化け物だ。
「……様子がおかしいです」
だが、大猿はこちらに襲い掛かる様子は見せなかった。
明後日の方向を一心に見つめ、そのままぼーっとしている。
「ど、どうしたんでしょうか……?」
「油断はするな。フロワ、サラちゃんに付いとけ」
しばらく、誰も動かない時間が続いた。俺たちは全員、いつでも攻撃に対処できるよう身構える。
リアスはナイフを構え、レオは体勢を低くし、フロワは盾でサラちゃんを庇っている。
「グアアッ!!」
静寂を打ち破ったのは、大猿の声だった。
攻撃してくるのではない。森の外へ向かって走り始めたのだ。
「なっ!?」
「逃げたのか……!? 追うぞっ!」
また襲われてはかなわない。今ここで仕留めなければ。俺たちは大猿を追って走り始めた。
……浜辺の方が、やけに騒がしくなっていることには気づかずに。





