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魔術の師匠はフリーター  作者: 五木倉人
師弟、遠出する
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列車でのひと時

「わわわ!! 凄い!」


「こら、危ないぞサラちゃん」


窓から思い切り身を乗り出す私を、イブリスさんが優しく注意する。


「だってこんなに早いんですよ! ほらほら!」


「やれやれ……」


今私たちは機関車に乗って目的地へ向かっているところだ。


機関車は存在そのものは知っていたけれど実際に見たのも乗ったのも初めての事。こんな大きな鉄の塊が馬車よりもずっと速く走っていることに驚きを隠せない。


海に行けることと言い、今日は驚きと興奮の連続だ。


「悪いね、騒がしくて」


「いえいえ、構いませんよ。むしろ微笑ましいものを見せてもらって楽しくなりますね。それに……」


「がはははは!! どうしたリアス、何故こっちを見るのだ!!」


「こっちには騒がしいだけのがいる」


「これは手厳しいな!! がっはっはっは!!」


リアスさんに冷ややかな視線を向けられつつも、レオさんが気にしている様子は全くない。とことんポジティブな人だ。


ちなみに座席は私、フロワちゃん、イブリスさんの三人組とアトミスの二人組が向き合う形になっている。当然私は窓側である。


「目的地まではあとどのくらいなのでしょうか?」


「アヴェントから行ける海っていやぁ……マルメール辺りか? だとしたらあと40分ほどかかるが……」


「ご名答です、イブリスさん。今向かってるのはマルメールの街ですよ」


「マルメール!!」


聞こえてきた街の名前に、勢いよく振り向く。


「マルメールといえばあの観光地ですよね! 綺麗な海岸と美味しい海の幸が有名って……!」


「ええ、そうですよ」


「ふぁぁあ……」


嗚呼……ずっと行ってみたかった街だ。


興奮が臨界点を突破してしまった私はそのままゆっくりと隣に座っているフロワちゃんの膝に倒れ込む。


「え、あ、あの。さ、サラさん……?」


「私もう死んでもいい……」


「そ、それは困ります、サラさん……」


隣からイブリスさんの苦笑い、次いでレオさんの豪快な笑い声が聞こえてきた。


それから数十分後。機関車は森の中。各々が自由に過ごす中で、リアスさんが話を切り出した。


「さて、そろそろ到着しますし、今回のクエストの概要についてお話しておきましょうか」


そういえばまだクエストについて何も知らされていなかった。魔物の討伐だという事は察することができるけど、実際のところどんな依頼なのだろう?


「……ちょうど見えましたね」


リアスさんの言葉に皆が窓を見る。


「うわぁ……」


森を抜けた機関車の窓から見えるのは、青い大海原。


波立ち、太陽の光を反射するその姿は、絵本で見たそれよりもずっと美しい光景だった。


「あそこに島があるの、わかりますか?」


リアスさんが指さす方向に目を凝らす。


なるほど、確かに沖の方に島があるようだ。それなりに大きい島のようだが、結構遠くにあるために豆粒の様に小さく見える。


「マルメールの地主があそこを開拓して新しいリゾート地としたいそうなのですが」


「魔物が出て困ってる……ってところか?」


「ええ……」


どうやらその魔物を討伐すれば良いらしい。依頼としては単純だ。


「元々魔物どころか人すら住んでいない島だったらしいのですが、突然図体の大きい魔物が住み着いたらしいのです。今回の討伐目標はその大型の魔物。それさえどうにかしてくれれば十分だと」


「相手が一体ならば、数の多いこちらが有利ですね。願わくば機巧士(マシニスト)の襲撃がある前に終わらせてしまいたいところですが」


「そうだな。できるだけ即行で片づけよう」


先ほどまでのゆったりとした雰囲気からは一転、作戦会議が始まった。


こうなると新米の私は話を聞くくらいしかできなくなってしまう。勿論、どういった発言をすればいいのか、どういった作戦を立てるべきなのか、学べることを学ぶ事は忘れない。


「しかしまさか地主からの依頼とはな。流石は三大ギルドの一角だ」


「がっはっは!! そう褒めるな!! 照れるぞ!! 最も良いことばかりではないがな!!」


「名声に見合うだけの苦労もあります。それはイブリスさんも同じのはずです」


「俺のはあんたらと違って悪い意味での"有名"さ」


思えば不思議なメンバーだ。


"機関"のトップの従者、アヴェントの中でもかなり勢力が強いギルドの二人、そして世間を騒がせる黒の魔術師。


あれ? 完璧な一般人って、もしかして私だけじゃあ……


「どうしたんだサラちゃん?」


「え、あ、何でもないです!」


こうして当たり前のように接してくれているから忘れかけていたけれど、ここに居る人は皆普通は関われない人なのだ。


海だ機関車だなんて興奮していたけれど、実は今置かれているこの状況が一番興奮に値するのではないだろうか。ただの冒険者では絶対にありえない状況に私は居るのだ。


なんだかすごいな。こんな経験ができるなんて、私はとんでもない幸せ者なのかもしれない。


「……眠いのか?」


「違いますよ! もうっ!」


イブリスさんやフロワちゃんと居るのはとても楽しい。同じような違うような世界に生きる人たちだけれど、この関わりは途切れさせたくないものだ。


「はいはい、眠らせてあげたいのは山々ですが……到着ですよ」


「がははは!! 腕が鳴るな!!」


そうこうしている間にいつの間にか駅に着いていたようだ。機関車は既に止まっている。


リアスさん達はもう荷物をまとめていたようで、すぐに席を立ってしまった。


私たちも二人に続いて席を立ったのだが、フロワちゃんが一人、座ったままぼーっとしている。


いつもテキパキと動くフロワちゃんがこうなるのは珍しい。体調でも崩したのかと心配になるが、とにかく機関車を出なければならないので声をかけてみる。


「フロワちゃん?」


「……ああ、すみません。少し考え事をしていたもので」


どうやら体調が悪いわけではないらしい。フロワちゃんもすぐに席を立った。


「考え事って?」


「先ほど、突然今まで居なかった魔物が島に出現したと言われましたが……その魔物はあのような陸路のない孤島に、どうやって住み着いたのでしょうか?」


「泳いで行ったとか? 流石にないか」


とりあえず思いついたことを言ってみたが、すぐにバカバカしい意見だったことに気づいて撤回する。


言われてみれば、どうやってあの島へ辿り着いたのかは気になるところだ。


「私の思い過ごしならいいのですが」


「二人ともどうかしたか?」


「……フロワちゃん、とりあえず行こっ!」


「……はい」


こうして、私たちは新たな地へと足を踏み入れた。


心のどこかに、一抹の不安を感じながら。

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