舞い込む依頼
凍り付く空気。レオさんは何が起こったか理解できていないようで、素っ頓狂な表情を浮かべている。
「……タイミングが悪いね、マスター」
「……レオ、もう少し空気を読め」
セルテさん、そして少し遅れて訓練場に入ってきたリアスさんの二人が、レオさんに向けて冷ややかな視線を送った。
「はぁ……ま、メイドちゃんはもっと距離を縮めても問題ないっていう……おねーさんのお節介だよ」
良いところでレオさんが乱入してしまったが、セルテさんはそれを伝えたかったようだ。
私としても、フロワちゃんとはもっと仲良くなりたい。もっと打ち解けて、心の底を話し合えるような親友になりたいと思っているから……こう言ってくれるのは、ありがたい。
「また随分と回りくどい言い方をしたもんだな?」
「ちょっと年頃の少女をいじめたくなってね」
「なんか俺がとばっちりを喰らったと思うんだが」
「それでマスター、何の用事だい?」
「おい」
さり気なくイブリスさんもいじめられている。私たちとは違って無視までされるあたりが不憫である。
「がっはっはっは!! 何を隠そう黒の魔術師御一行をクエストに誘いに来たのだ!!」
「クエストに? 俺たちをか」
「がっはっは!! その通り!!」
レオさんが豪快に笑いながら言う。元気な人だ、こういう人が場に居ると賑やかでなんだか楽しくなる。
アトミスギルドが大きくなったのも、この人の明るい人柄に引きつけられた冒険者が多く居るからなのだろうか。
「少々遠くまで行くクエストがありましてね。私たち二人だけでは心もとないので、誰か連れていくことにしたのですが……なら親睦を深める目的で、皆さんをと」
リアスさんはレオさんに比べると仕事が出来そうなイメージ。レオさんには砕けた口調で話すけれど、私たちには敬語を使うので公私の区別がしっかりついている印象だ。
レオさんの人柄もそうだけれど、リアスさんのマネジメントが無ければアトミスはここまで大きくならなかったんじゃないだろうか。
この二人も、なかなかいいコンビに思える。
「といっても理由としてはそれだけではないのですが……」
「まあ細かいことはあとでいいだろう!! どうかな、一緒に来てはくれまいか!!」
「……まあ、別に構わんが」
元々フロワちゃんが帰ってきたらクエストに行く予定だったのだから、人数が増えたところで問題はない。イブリスさんも断る理由が無いのだろう。
でも遠くって一体?
「あの、目的地はどこなんですか?」
「海です」
「……えっ?」
……この人、何て言った?
……海って、言ったよね?
「海!? 海ですか!? 海って言いましたか!?」
「うおっ……」
イブリスさんが私に驚きの目を向けてくる。
何故そんな顔をするのだろう? 確かに大きな声を出してしまったが、そんなに驚くほどだろうか?
「と、当然どうしたんだサラちゃん?」
「どうした……? なにがどうしたですかイブリスさん!? 海ですよ海!!」
「お……おお……」
海と言えばあの海。白い砂浜、青い大海原。皆の憧れ恵みの海だ。むしろそんなに冷静でいられるのが不思議でたまらない。
この辺りは内陸のため、海と言えば確かに遠出だ。よっぽどの事でもない限り普通の人では行く機会もないだろう。
当然私も行くのは初めて。イブリスさんは言ったことがあるのかもしれないけれど、私はどうしても興奮してしまうのだ。
「本当にあんなに水があるんですか!?」
「ええ、ありますよ」
「本当にしょっぱいんですか!?」
「ええ、しょっぱいですよ」
「はぁぁぁぁ……私冒険者になってよかったです……!!」
私の質問にリアスさんが笑顔で返してくれる。
こんな機会をもらえるのは冒険者であるからこそだ。色々な場所で色々な経験をできる……なんて素晴らしい職業なのだろう。
「あ、でもどうしよう私水着持ってない……」
「あー……えっとだなサラちゃん」
「はい?」
興奮冷めやらない私に対して、イブリスさんが申し訳なさそうに話かけてくる。
「多分今回は泳いでる余裕は無いと思うぞ」
「……えっ?」
「そうですね、間違いなく無理でしょう」
「えっ?」
「……サラさん、すみませんが私も同意見です」
「ええっ!?」
残酷な言葉を告げたイブリスさんに、リアスさん、次いでフロワちゃんまでもが同意する。
「何ぃぃぃ!? 折角私もこの体を焼こうと思っていたというのに!!」
「お前はそっち側にいちゃダメな立場だろ」
レオさんだけは私サイドの人間なようだけれど。
「今回はプライベートじゃなくクエストなんだぞ? しかもこれだけ大人数で行くってこたぁ……」
「ええ。魔物の討伐です」
「うっ……」
イブリスさんに現実を突きつけられてしまった。
……まあ、確かにそうなのだ。今回はあくまで冒険者としての仕事をしに行くだけ。決して遊びに行くわけではなく、楽しく泳ぐなどもってのほかである。景色を楽しむ余裕すらないかもしれない。
でも……でも!
「でも、クエストを早めに終わらせられれば……!」
泳ぐとは言わなくとも、少し砂浜で遊ぶくらいの時間は取れるかもしれない。
そう、まだ希望は残ってる!
「サラさん、その……それだけではないのです」
「フロワちゃん……?」
「今回のクエスト、機巧士の襲撃があり得ます」
希望、残ってなかった。
「その通りだ。機巧士には海で活動する奴が確認されてる」
「『ザ・サード・フリート』。艦隊を具現化したものですね。使用者のコードネームはハンニバル……と、わかっている情報はここまでですが」
「それがわかってて俺たちを誘ったんだろ?」
「勿論です」
うん、それについては私も聞いていた情報だ。すっかり失念していたけれど。
それなら仕方がない。ペンドラゴンの前例を考えると、機巧士の襲撃を無事で切り抜けるのは至難の業だ。余裕を残すというのは……まあ、無理だろう。
「そっか……そうですよね、まだ余裕を持てる状況じゃないですからね」
「まあ……なんだ。絶対襲撃があるってわけじゃない。さっき言ってたみたいにクエストさえ早く終われば少しくらい遊んでいけるかもしれないぞ」
「イブリスさん……」
イブリスさんは優しく慰めの言葉をかけてくれる。
やっぱりこの人はとことんいい人だ。世間から疎まれているのが嘘みたいに。
「大丈夫です! もし襲撃があっても、私全力で皆さんをサポートしますね!」
「無理しすぎないようにするんだよ? 君は無茶しそうな性格だからね」
一旦黙っていたセルテさんがしばらくぶりに口を開いた。
「名前だけで魔法が発動しちゃうような体質なんだから、オーバースペックな魔法をうっかり使わないようにね……勿論、うっかりじゃなくても使わないように」
「は、はい……」
セルテさんが私にぐいっと顔を近づけて釘を刺した。その横ではイブリスさんが何度も頷いている。
ペンドラゴン戦で"Saint Region"を使った前例があるのだから、確かにこの反応は仕方ないのだが……ちょっと心配されすぎな気がする。私ってそんなに信用ないかな……?
でも名前を言うだけで魔法が発動するというのは周りからしてみれば確かに心配だ。いつ爆発するかわからない爆弾のようなものなのだから。
コントロールできない魔法を発動してしまったら今の"Saint Region"のように仲間まで傷つけるような結果になってしまうかもしれない。
「ま、今回は人数も多い……前回よりは苦戦しないだろう」
「……どうですかね。『ザ・サード・フリート』は機巧士の中でもトップクラスの規模を持つと言いますから」
「規模?」
「規模です。なんにせよ警戒は怠れませんね」
なんだか気になる発言だけれど、どっちにしろいつかは戦う相手だ。だったら多めの人数で動ける今、戦っておきたい。
「さて、少々お喋りが長くなってしまいましたね」
「がははは!! そうだな、そろそろ行くとしよう!! 俺としても早く黒の魔術師と一緒に戦ってみたいと思っていた所だ!!」
「襲撃なんてないのが一番なんだけどな……皆さん、どうぞ」
そう言ってリアスさんが皆に紙を配っていく。
見たことがない紙だ。馬車の乗車券に似ている気もするけれど、それとは違うみたいだし。
「あの、これは?」
皆が準備をする中で、私はリアスさんに問いかけてみた。
「ああ……」
リアスさんは紙を掲げつつ、それに答える。
「機関車の切符ですよ」





