サラとミラ
「ふあぁ……」
朝。目を覚ましたサラは、いつもと違う、けれどもとても懐かしい景色に、一瞬の違和感を覚えた。
あたりをぐるりと見渡して、ぼんやりとした頭を覚醒させる。
(あ、そうか……私、帰ってきたんだった……)
この部屋は間違いなく、かつて過ごしていた自分の部屋だ。意識が完全に覚醒し、昨日、ホーランドへと帰ってきたことを思い出す。
サラは二、三度ほど瞬きをすると、大きく伸びをしてベッドから出た。
そしてさっと寝巻から私服――冒険者服は洗濯すると言って取り上げられてしまったので家にあったものである――に着替え、部屋を出ると、居間へ向かう途中にある扉をノックした。フロワとラディスが宿泊している客間だ。
しばらく待ってみるが返事がない。そっと扉を開けて中を覗いてみると、部屋の中には誰も居なかった。どうやら先に起きていったようだ。窓から射す光はそれなりに強く、日がそう低くないことを予感させる。どうやら少々寝坊してしまったらしい。
そのことに気づいてハッとなったサラは小走りになって居間へと向かう。
「お、おはようございます! ラディスさん!」
慌てて駆け込んだ居間では、案の定先に起きていたラディスが珈琲を片手に、机を挟んだ先に居るミラと談笑していた。
「ああ、おはようサラちゃん。どうしたんだいそんなに慌てて」
「ごめんなさい、ちょっと寝過ごしちゃって!」
「はは、大丈夫。僕もさっき起きてきたばかりさ。まだ朝食も食べていないよ」
机の上に置かれた珈琲はまだ湯気が立っており、量もそれほど減っていない。
「まあ、ちょっと遅い時間なのは確かだけどね。昨日色々なことが起こりすぎたんだ、多少の寝坊は仕方ないさ」
「というか、ラディスさんばっかり。大好きなおねーちゃんに挨拶は~?」
「あは、ごめんごめん。お姉ちゃんもおはよう」
「ん、おはよう!」
それでよろしい、とうんうん頷くミラの飲んでいるのは砂糖とミルクたっぷりの珈琲。好みは相変わらずのようだ。
「あれ? フロワちゃんは……」
「ん-? あの子ならお母さんと一緒に朝ご飯の準備してるよ。お世話になるだけだと落ち着かないんだってさ」
なるほど、フロワが言いそうなことだ。
「いや、本当に申し訳ないよ。昨日から食事までお世話になっちゃって」
「いいの! その分お土産話をたーくさん聞かせてもらうんだから! ね?」
ミラは瞳をキラキラ輝かせながら、机に肘をついて上目遣いでラディスを見つめる。
「"剣聖"とまで呼ばれてる人なら、たくさん武勇伝とかあるよね! 教えて教えて!」
「もう、お姉ちゃんの冒険譚好きも変わらないね」
「サラには言われたくないなー」
そういえば、サラは冒険譚に出てくるような英雄に憧れて冒険者になったのだったか――ラディスはそう、思考を巡らせる。
彼女の冒険譚好きが姉の影響であると考えると、妙に納得がいってしまい、ラディスの口元が思わず綻びる。
「わかった。僕が話せることでよければ、何でも話してあげよう」
「やった!」
ミラは無邪気な笑顔でガッツポーズをとる。
聞けば彼女はサラの六つ上、即ち二十歳だというが、こういったところを見るとどうしても少々幼い印象を受けてしまう。長い黒髪や整った顔立ちから、落ち着いている時は、むしろ大人びた印象を受けるのだが……まったく逆の感覚を味合わせてくれる、不思議な女性である。
「皆様、朝食のご用意が……ああ、サラさんも起きていらっしゃいましたか」
そんな他愛もない話をしているうちに、フロワがパンの乗った皿を手に台所から姿を現した。いつものメイド服ではなく、サラの私服であるワンピースを拝借している。無論、メイド服は洗濯中である。
「おはようフロワちゃん!」
「ん……お、おはようございます」
「あ、ずるい」
フロワが皿をテーブルに置くや否や、サラがフロワに思い切りハグをして見せた。
普段から距離の近い二人ではあるが、こうして直接的なスキンシップを取るのは珍しい……と、ラディスは思ったのだが、フロワがあまり嫌がるそぶりを見せないあたり、ラディスの眼につかないところでは案外何度も抱き着いたりしているのかもしれない。
そしてそんなスキンシップを羨ましそうに頬杖をつきながら眺めるミラ。ラディスは、昨晩、彼女がフロワを思い切り抱きしめていた光景を思い出す。こういったところも姉譲りか。
「その服、すごく似合ってるよ! かわいい!」
「そ、そうでしょうか……私としては、慣れない格好で少々恥ずかしいのですが」
フロワはほんの少しだけ顔を赤くして自分の格好を見る。確かに、サラとラディスは普段からメイド姿の彼女に見慣れているので、多少の違和感はある。しかしサラの発した褒め言葉は心からのものであることに変わりはない。印象こそ普段とは随分違うが、似合っていると思ったのはラディスも同じだ。
「あのヒラヒラした服よりこっちのほうが恥ずかしいってのもどうなのかと思うけど……」
「あなたにもあれくらい思い切ったものでいいから、できればもっと女の子らしい格好をしてほしいんだけどね?」
ミラが苦笑いしながら甘味たっぷりの珈琲を口に含むと、サラの母親……ルビィがベーコンエッグの盛り付けられた皿を手に現れた。
突然自分のファッションについて言及されたミラは思わず珈琲を吹き出しそうになるものの、どうにか飲み込んでルビィへと抗議の視線を向ける。
「んぐっ……!? べ、別にいいじゃん! この格好が一番動きやすいんだから」
「ミラといいサラといい……どうしてこうも危なっかしいことが好きになっちゃったのか」
「むぅ……」「私まで!?」
ルビィがぼやきながら皿をテーブルへと並べていく。その間、ミディアムス姉妹は終始複雑な顔をしていた。
「言われてみれば、ミラ様は昨晩出会った際にも動きやすい服装でいらっしゃいましたね。それに、武器も所持していたように思います。あれは一体……?」
「ああ、あれはね。魔物退治をしていたんだよ」
「魔物退治、ですか」
「そ! まあ、魔物なんてそんなに頻繁には出ないから、どっちかというとパトロールって感じかな。昨日だって森を歩き回るだけだったからね」
「お姉ちゃんは私が村に住んでる時にもよく魔物退治に出かけてたんですよ」
「そうなのか……でも、そんなのは専門の自警団か何かがあるんじゃあないのかい?」
ラディスは何か思うところがあるように、腕を組みながら尋ねる。
昨晩ミラと出会った際、彼女は一人であり、直前まで誰かと行動していたような様子でもなかった。即ち、女性一人で夜分遅くまで魔物退治などという行為をしていたと言う事だ。ラディスはそこに違和感を感じたのである。
「そりゃあるけど……女は入れてもらえないっていうんだもの! 酷いと思わない!? だから私は私の力で大物を倒して、実力を認めさせてやろうと思ってるわけ」
「……でも、やっぱり女性一人では危険なんじゃ? 両親が反対しそうなものだけど……」
「サラと一緒に行動しているのなら、反対した時にミラがどんなことを言って来たのか想像がつくんじゃないですか?」
「なるほど」
苦笑いしながらそう言ったルビィに、思わず即答してしまう。
つまりはミラも"一度決めたことは何が何でも突き通す"人間だと言う事だろう。恐らく両親も一度は反対したのだろうが、その時にどんな態度をとられたのか、想像に難くない。
「ち、ちょっと!? どういう意味ですかそのなるほどって?」
「別に。ただ……そうだね、やっぱり姉妹なんだなと、そう思っただけだよ」
「……?」
ラディスの含みを持たせた言い方をしたことに、フロワは少し違和感を感じとる。
「……」
――そして、ルビィはまるでラディスと目を合わせたくないかのように、少しだけ俯いていた。
* * *
「ご馳走様でした!」
「はい、お粗末様でした」
サラが元気よく完食の宣言をすると、ルビィが皿の片づけを始める。
「では、洗い物のお手伝いをさせていただきます」
同時にフロワも席から立ち上がり、ルビィが持ち切れない。
「もう、大丈夫なのに……悪いわね」
「いえ、こういったところで少しでもお礼をさせていただければ……」
「本当にいい子ね。男の子だったら二人の旦那さんに欲しいくらい」
「そ、それは……!」
「なんてね。それじゃあ、お願いできるかしら?」
「……お任せ、ください」
思わぬひと言で羞恥の念に駆られながらも、フロワはルビィと肩を並べて台所へと向かう。
「あ、フロワちゃん!」
が、その背中をサラが呼び止めた。
「はい、どうなさいましたか?」
「お手伝いが終わったら、少し時間をもらってもいいかな?」
「問題ありませんが……一体何を?」
「この村を……私の故郷を、案内させてほしいの!」





