突撃、あの子の生家
「いやー! あなたがあのラディス・フェイカーさんだったなんて! 会えて感激! です!!」
「あ、あはは……いや、こちらこそ」
サラの姉だという女性が昂った様子でラディスの手をぶんぶんと振り回し、一方のラディスは苦笑いで答える。
「いやー、噂通りのイケメンだね! それにフロワちゃんも凄く可愛い!」
「お、お褒めの言葉ありがとうございま……むぐっ」
かと思えば、サラの姉は今度はフロワのことを思い切り抱きしめた。
「ふたりともサラにはもったいないくらいの仲間たちだね。あの子からの手紙である程度は聞いていたけれど、うまくやっているみたいで良かったよ」
彼女の名はミラ・ミディアムス。先に本人が言っていたように、サラの姉である。
現在、ラディスとフロワの二人はサラの生家に訪れている。先ほどの村の入り口付近でのやりとりからすぐにこの家に案内され、こうして居間でミラと共に寛いでいるところだ。
ちなみにそのサラはというと、現在両親とともに夕食の調理をしている。そのため、この場に居るのは三人だけである。
「いや、こちらもサラちゃんには凄くお世話になっているよ。しかし、彼女に君のようなお姉さんが居るだなんて知らなかったな」
「え? サラから聞いてないんですか?」
サラに姉が居るなどと微塵も思っていなかったラディスとフロワだ。ただでさえサラの故郷に偶然たどり着いたという状況なのに、畳みかけるように新たな情報が舞い込んできたのだから、驚くのも当然と言える。フロワまでもが大きな声をあげてしまうほどである。
確かに、サラの家族構成を一切知らなかったし、まして彼女が一人っ子であるという話だって聞いたことはなかったが。
「というか、なんでまたこの村に? あと、どうしてかの有名な”剣聖”さんがサラと一緒に行動してるんですか? 手紙には本当にざっくりとしか書かれていなかったから、是非話を聞きたいな!」
「ま、まあまあ。落ち着いて」
すっかりミラのペースに飲み込まれてしまっている。方向性は違えど、確かにサラの姉らしい性格だ。
「詳しい話は、サラちゃんが戻ってきてからにしよう。あと……」
「あと?」
「そろそろ、離してやってくれないかい?」
ラディスの言葉に、ミラが自分の胸に目を降ろす。
「あっ」
「むぎゅう」
ミラが短く漏らした声に呼応するように、未だ胸に抱かれたままであったフロワが鳴いた。
* * *
そうしたやり取りもありつつ、しばらく後。
出された夕食を食べ終えたラディスとフロワは、4人掛けのテーブルに腰掛け、サラの両親と向かいあっていた。
ラディス達の隣にはサラが、両親の隣にはミラが、それぞれ立って同じように向かい合っている。
「もう……せっかくのお客さんなのに迷惑ばっかりかけるんだから」「もー、ごめんってば」
サラは頬を膨れさせ、腕を組んで不機嫌そうにミラと言葉を交わしている。どちらかというと、怒りよりも呆れの感情が強いようだが。
「なるほど。それで、サラの師匠さんを探していらっしゃると」
そんな姉妹を尻目に、机上に乗せた手を組みつつ言うのは、サラの父親――名を、ラルドという――である。
つい先ほど、サラの家族には事情を一通り説明した。
ややこしい事情は省いた簡素な説明ではあるが、サラの師匠が行方をくらましていること、その師匠がラディスにとっても大切な友人であることなど、要点はかいつまんで話してある。道中で悪魔に襲われ、ここに行き着いたことも。
「こうしてこの村に来られたのは非常に幸運でした。案内をしてくれた娘さんにも、皆さんにも、感謝しかありません……しかし、僕らは先を急がねばならないのです。ラルドさん、この村を経由する馬車がいつ頃来るのか、教えていただけないでしょうか」
「……ルビィ、地図をとってくれるか」
「ええ、あなた」
ラルドが呼びかけると、ルビィと呼ばれた女性、即ちサラの母親が近くの戸棚から地図を取り出し、ラルドに手渡した。
それを受け取ったラルドは机に地図を広げ、この村の位置を指さす。
「馬車の運行は三日に一度。主に村の商店への商品の仕入れのためにやってきます。朝一でアヴェントの方面からやってきて、ここで商品を降ろしたあと……リグナル・リバーサイドへ進んでいきます」
ラルドは地図上で指を滑らせながら説明を続ける。
「そして折り返し、またこの村で今度はリグナル・リバーサイドからの荷物を降ろしたら、アヴェントへ戻っていく。これがこの村を経由する馬車のルートです」
「リグナル・リバーサイド……主様、確かこの町は私たちの目指していた町でしたね?」
「ああ、同じ方面の馬車が通るなんて、本当に運がいい。ラルドさん、次の運行はいつでしょうか?」
「昨日が運行日でした。つまり、次に来るのは二日後です」
馬車の向かう方面を聞いて明るくなっていたラディスの表情がたちまち曇った。
二日、この村で立ち往生ということだ。イブリスとの距離がますます離れていく。
地図を見るに、歩いて次の町を目指すのもかなりのリスクがあるだろう。
「……二日、か」
悩んでいても仕方がない。ラディスは暗い感情を振り払い、ラルドとまっすぐに視線を合わせて会話を再開する。
「ありがとうございます。では、それまでこの村に滞在させていただいてもいいでしょうか?」
「ええ。大歓迎ですとも」
ラルドはラディスの提案を優しい笑顔で受け入れた。
――確かにタイムロスは大きい。だが、今の状況を考えるとこうして目的地へ近づく手段があるだけでも驚くべき程の幸運だ。
それに二日間、心身をリフレッシュさせるだけの理由ができたとも言える。特に、サラにとっては久しぶりの故郷でゆっくり休めるのというは非常に有意義な時間のはずだ。
暗くなっていても始まらない。前向きに考えるべきであろう。
「そういうことなら、皆さん是非うちへ泊まっていってください」
「ありがとうございます、ルビィさん。では、お言葉に甘えさせていただいても?」
「ええ、もちろん! それなら早速寝床の準備をしておかないと。ミラ、手伝ってちょうだい」
「はーい」
「あ、お母さん、私も手伝うよ!」
「サラはいいの。疲れているでしょう? それにお父さんが寂しがるでしょうから、ここで一緒に居てあげて」
「おいルビィ、何を……」
「あはは、そうかも!」
「サラも、からかうのはやめなさい!」
何気ないやり取りと、響く笑い声。実に微笑ましい、ごく普通の家族の風景だ。
この光景だけを見たならば、サラという少女が今、死と隣り合わせの戦いの渦中に居るとは、誰も思わないだろう。
「……」
――そんなごく普通の光景を、ラディスは何かを確かめるかのごとく、まじまじと見つめていた。





