帰郷と再会、あるいは出会い
「サラさんの……」
「故郷……?」
ようこそ、私の故郷へ。
堂々とそう言い放ったサラに、フロワとラディスは思い切り目を丸くする。
「この村が、本当に君の故郷なのか?」
「嘘なんてつきませんよ! あの森の光景、見覚えがあるなって気が付いて。この村に居たころ、よく遊んでた森にそっくりだったんです」
サラはそう、嬉しそうに話しながら、村の光景を懐かしむように辺りを見渡している。
思えばラディスは、サラの生まれや育ちについてほとんど聞いたことがない。アヴェントから少し離れた、辺境の村から冒険者へ憧れて来た、というくらいは聞いていたものの、それくらいしか知らないのだ。
一方のフロワは、普段の雑談の中で少しはこの村のことについて聞いていた。サラの故郷は、森の中の村であると。なるほど確かに、ここから見える範囲だけでも、村の色々な所が以前サラから聞いた特徴と一致している。
「そうだったのか……ありがとうサラちゃん、助かった! 完全に日が落ちる前に人のいる場所に来られた」
「はい! まさか、こんな形で帰ってくることになるなんて、思ってもいませんでした」
「宿のようなものはあるのですか?」
「小さな宿がひとつあるけど、ふたりならきっと家でも泊められると思う! だから良かったら、うちに来ませんか?」
純粋な瞳でそう提案するサラに、ラディスは少しばかり頭を悩ませた。
偶然とはいえ、彼女にとっては里帰りだ。少しくらいはゆっくりとしていきたいだろう。
だが、今は予断を許さない状況であるのも確かである。こうしている間にも、イブリスは自分たちからどんどん離れていっているかもしれないのだ。
ここは下手に両親と顔を合わせずに宿に泊まっておいて、心残りができないようにするべきなのではないだろうか。
「サラちゃん、ここは……」
心が痛むのを抑えて、断ろうとしたラディスであったが、思わずその言葉を止める。ラディスにそうさせたのは、視界に入ってきたフロワの表情だった。
フロワはいつも通り、あまり表情を浮かべていないように見えるものの、その奥には確かな期待の色があったのだ。今までラディスの側にいた時、彼女がこんな表情をしたことが今まであっただろうか。
彼女にとっては、サラは唯一の友人だ。そんな友人の家族や育った家は、気になって当然だろう。見方によってはふたりの仲をより深める、いい機会だとも言える。
――それに、個人的に確かめておきたいこともある。
「いや、わかった。家の人に話を通してもらえるかい?」
「はい! それじゃあ一緒に!」
「ああ、待ってくれ。いきなり僕らまで押しかけたら混乱させてしまうかもしれないから、まずはサラちゃんだけで行ったほうがいいんじゃないかな?」
「そう、ですかね? ……そうかもしれません。それじゃあ、少し待っていてもらえますか?」
「ああ、よろしく頼むよ」
「はい! えへへ、いきなりだから、びっくりするだろうなぁ。待っててね、フロワちゃん!」
「はい。楽しみにしています」
サラは悪戯な笑顔を浮かべて、村の奥へ走り去っていく。最後のやりとりからして、サラもフロワを招くことを楽しみにしていたのだろう。ラディスの判断は間違ってはいなかったらしい。
どちらにせよ、あまり長くはとどまれないだろうが、ここ最近の出来事を考えればいい息抜きにはなるはずだ。
「さてと」
ラディスは地図を開く。既にあたりはかなり暗くなっていたためにほとんど読めないが、光を発する魔石――白属性の魔力を使ったものだ――を使い、明かりを確保した。
「私たちが襲撃された道は、この道でしょうか」
フロワがイーストヴェントの町から道をなぞり、森の中に通る道を示す。
「ああ。それで、この村が……確かホーランドと言っていたね。ここだ」
今度はラディスが魔石の光を動かして、今居る村を指した。間違いなく、襲撃を受けた道から森を挟んだ場所だ。それなりの時間森の中を彷徨っていたはずだが、思っていたよりも距離は離れていない。
「この距離なら、どうにか取り戻すことができそうですね」
「ああ、来るまでの道に馬車跡があったから、馬車が通っていることは間違いないだろうしね。ただ、問題はいつ来るかだけれど……ん?」
サラを待つ間に今後の話をするふたりだったが、ふとラディスが地図から目を離す。
おそらく村の者だろう。ひとりの女性が、ラディスとフロワのことを見ていた事に気づいたのだ。
肩程まで伸びた黒髪のその女性は、身軽な格好をしており、腰には使い込まれた木製の剣を携えている。
「えっと、旅の人……? もしよければ、案内しようか?」
女性はふたりに近づいてくると、そう提案した。旅の人であるか問う言葉に自信がなさげなのは、フロワのメイド服がとても旅をしている人の服装に見えないからだろう。
「ああ、えっと……大丈夫。この村出身の知り合いの家に泊めてもらえそうなんだ」
「そうなんだ! あ、でも、この村にあなた達みたいな知り合いが居るって人、居たっけなぁ……?」
不思議そうな顔をするその女性は、まじまじとラディスの顔を覗き込む。暗い中でも、かなり距離が近づいたことで、女性の瞳が綺麗な赤色をしていることがわかった。
しかし、やけに積極的に距離を詰めてくる人だ。ラディスは苦笑いしながら、思わず一歩下がる。
「……なんでしょうか、この感覚は」
フロワはそんな光景を無言で見つめながら、言いようのない既視感を感じていた。
当たり前の話ではあるが、この女性と会うのは初めてである。だというのに、この女性が発する雰囲気だけはよく知っているような気がするのだ。
「あぁーーー!!」
そうしてラディスが困り顔で女性とやり取りをしている最中、甲高い叫び声がふたりの声を遮った。ついでラディスと女性の間に、小さな影が割って入る。
言うまでもなく、叫び声の主、そしてその影の正体はサラである。サラはふたりを無理やり引き離すと、女性のほうを向いて両手を腰に当て、ぷんすかと頬を膨らませながら仁王立ちした。
「えっ……サラ!? あんたどうしてここに! 帰ってきたの!?」
「うん。帰ってきたというか、偶然寄ることになったというか……」
サラの姿を見た女性は目を大きく見開いて、驚きの声をあげている。どうやらサラとこの女性は知り合いのようだ。
まあ、村に住んでいる人物なのだから、顔見知りに会うことくらいはあるだろう。と、ラディスもフロワもこの時点ではその程度に考えていた。
だが、その考えは次のサラの言葉で一気に吹き飛ぶこととなる。
「というか! 家に居ないと思ったらこんなところに居たなんて! 私の仲間達に迷惑かけないでよ、お姉ちゃん!」
「「お姉ちゃん!?」」
ラディスとフロワ。ふたりの声が綺麗に重なった瞬間であった。





