黒のプロローグ:Ⅰ
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昔々、まだ世界に色が無かった頃。
あるところに、ヴァイス、アルプス、そしてコハクという三人の、それはそれは仲の良い少年少女が居ました。
三人はとても平和に暮らしていましたが、ある時、世界征服をたくらむ魔王が現れました。
魔王は手下の悪魔たちを世界中に放ち、世界は恐怖で支配されていきました。
それを見た三人は、勇気を持って魔王を討伐することを決意したのです。
…
……
………
長い旅路を経て、三人は遂に魔王の元へたどり着きました。
魔王の強さは今までの敵とは段違い。三人はなすすべもなく、ぼろぼろになっていきます。
しかし皆の諦めない心が、奇跡を起こしました。
魔王の力とヴァイスの魔法がぶつかりあったその時、アルプスは祈りました。どうか私たちに勝利をと。するとふたつの力が弾け、世界に"色"があふれたのです。
"色"の力はコハクの剣に宿りました。剣からは今までに見たことが無いほどのパワーがあふれ出しています。コハクは力を宿した剣を、強く、強く、魔王に振り下ろしました。
"色"の力は魔王を切り裂き、魔王もまた、七色の光となって消えていきました。三人の勝利です。
色があふれた世界で、三人は英雄として、街の人々に歓迎されました。
そして平和になった世界の空には、七色の虹がかかっていました。めでたしめでたし……
――『白黒物語』より。
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「大丈夫……外には怪しい人影はないです、多分」
私は外を覗き込んでいた頭を引っ込めると、カーテンを閉めて外からの視線をシャットアウトした。
半ば逃げ込むような形で入った宿。とりあえず追手が居る様な様子はない。ラディスさんとフロワちゃんもとりあえず一息ついたような様子だ。
「よし、あまりゆっくりはできないけれど、ここで少しだけ様子を見よう。休憩と……今後の行動の相談も兼ねてね」
ラディスさんは少しばかりリラックスした様子で椅子にそっと座った。フロワちゃんはラディスさんと向き合うようにベッドに腰かけ、私もその隣に腰かける。
「主様は、何か手がかりを?」
「ああ、ばっちりだ。イブリスの次の行き先が分かったよ」
「――! 本当ですか!」
この状況の中に飛び込んできた朗報に、私は思わず黄色い声をあげる。
ラディスさんは私をなだめると、とある宿屋の店主さんから聞いたというイブリスさんの情報を教えてくれた。この町から、更に東へ向かう馬車に乗っていったと。
良かった。悪魔に襲われるのは想定外だったけれど、あの人へは着実に近づいているんだ。
それからしばらくは、互いの状況報告が続いた。
あの悪魔が接触してきたこと。あの悪魔を殺した"誰か"の特徴……勿論誰にも心当たりなんてあるわけ無くて、確認程度で終わってしまったけれど。
「僕もいつかは悪魔からの接触があるとは思っていたけれど……まさかこんなにも早いとは」
「前途多難ですが、どちらにせよ旅を続けていくうえで避けられなかったことです。今はただ、やり過ごすことを考えましょう」
「……そうだね」
「……? ラディスさん?」
私は少し疑問を含ませながらラディスさんの様子を伺った。なんだかさっきから、度々何かを考えこむような素振りを見せていたからだ。
どうかしたんですか? と、私はそれとなく尋ねてみた。
「ああ、すまない。その……この話を話すべきなのか、迷っていてね」
「この話、とは?」
私に変わって今度はフロワちゃんが尋ねる。
ラディスさんはすぐには答えず、座ったまま前のめりになって額を押さえ、再び考えこんでしまった。とても簡単に話せることではないんだろう。私もフロワちゃんも、それ以上は何も言わず、彼が次の言葉を紡ぎ始めるのを待っていた。
――この時、ラディスさんが何を話そうとしているのか、私には少しだけ予想が出来ていた。いや、もしかしたら予想なんてものじゃなくて……ただの"期待"だったのかもしれないけれど。
「……うん」
ラディスさんが決心したような声を出して顔を私たちの元へ向けたのは、それから十数秒してからの事だった。
私たちふたりの目をしっかりと見ている、真っ直ぐな瞳。私たちは固唾をのんで次の言葉を待つ。
「いい機会だ、ここで話しておこう。君たちにはこれを知る権利……いや、義務がある」
「――イブリスの過去と正体について」
紡がれた言葉は、私の期待通りのものだった。
「イブリスさんの、過去……」
何故、あの人は黒属性を扱えるのか。
何故、記憶が保てないほどの瘴気を宿しているのか。
何故、悪魔たちがあの人を狙うのか。
――防衛線の時に現れた、悪魔の軍勢の王……統率者と名乗る存在は、一体何なのか。
全てを語る。その覚悟が、ラディスさんの表情から読み取れた。
「さて、何から話すべきか。……そうだね。サラちゃん、『白黒物語』の本は持っているかい?」
「え? は、はい。ここに……」
私は戸惑いながら、自分の鞄から『白黒物語』の本を取り出す。……以前アヴェントの街でイブリスさんが買ってくれた、私の宝物だ。
私はそっとラディスさんに本を渡す。彼は私からこの本を受け取ると、優しくぱらぱらとページをひと通りめくって、閉じて、また最初のページを開いた。
「丁度いい。ならこれになぞらえて話していこうじゃないか」
――私とフロワちゃんが、同時に目を丸くした瞬間だった。
「……失礼ですが、主様。それは」
「ただのおとぎ話です。って、言いたいんだろう? 言っておくがそれは違う」
ラディスさんは少し食い気味にフロワちゃんの言葉を否定する。
「これは今でこそおとぎ話として伝わっているが、歴とした史実だ。……最も、結末がかなり違っているから正確には"史実を基にした創作"と言うのが正しいかな」
そして、至って真剣な眼差しでそう言って見せた。
こんなこと、街中で言っていたら道行く人から指をさされて笑われるだろう。けれど、ラディスさんの声色、表情、瞳……何もかもが、嘘は言っていないことを物語っている。
「そしてこの『白黒物語』こそが……イブリスと呼ばれている彼の過去に深く関わっている物語なんだよ」
そして、ラディスさんは語り始めた。
遠い過去、イブリスさんに、そしてこの世界に、一体何があったのかを。





