黒のプロローグ:Ⅱ
かつて、この世界に『色』というものは無かった。
白と黒。それがこの世界を彩る全てのもので、人々はそれを不思議にも思わなかった。今や当たり前となっている様々な魔法も、かつては現在"白属性"と呼ばれているものしか存在しなかったのだ。
では、その『色』は、そして『魔法』は何故生まれたのか?
全ては、悪魔の軍勢が侵攻してきたことが始まりだった……
この世界に悪魔の軍勢が現れたのは、今より遥か昔の事。正に、世界に『色』の存在しなかった時代だ。人類を滅ぼし、世界を取り込まんとする悪魔たちに多くの人が怯え、多くの人が嘆き……そして、多くの人が戦った。
ヴァイス・ミュオソティスという名の青年も、悪魔と戦った"勇者"の1人である。
ヴァイスは親友であったアルプス・マグノリアという少女とコハク・シラサギという少年と共に、悪魔の軍勢から世界を守るべく……悪魔たちの王を討つ旅に出たのだ。
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「ヴァイス。アルプス。そして、コハク……」
「聞き覚えがあるだろう?」
「『白黒物語』の英雄たち……なら、この物語の魔王っていうのは……!」
「そう。悪魔たちを統率する者……統率者のことだ」
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人類と悪魔の戦いの勢いはおさまることなく、何年も続いた。その間、ヴァイスたちも旅をしながら、ひたすらに悪魔たちと戦い続けた。
進み、新たな場で戦い、勝利を掴み、そしてまた進む。着実に実力を付けて行ったヴァイスたちは、やがて人類軍の筆頭として統率者に挑むほどの立場になっていた。
――そして、運命の日はやってくる。
それは、ヴァイスたちが決戦に挑んだ日。統率者と対峙した日の事。
統率者の強さは他の悪魔たちと一線を画していた。統率者の指揮下にある悪魔たちの連携、そして統率者本人の強大な黒属性魔法。3人はどうにか渡り合いながらも、苦戦を強いられていた。
やがて皆の体力も尽きかけた時。ヴァイスがアルプスからの強化魔法を受け、統率者からの魔法を迎撃しようとしたその時、"それ"は起きた。
窮地に陥っているが故の馬鹿力であったのか……ヴァイスの魔力が、普段よりも遥かに大きな力を得た。そして、その白の力と統率者の黒の力がぶつかった時、互いの魔力が弾けたのだ。
瞬間、白により中和された黒は様々な『色』となって拡散する。空へ、木々へ、大地へ、海へ、河へ、動物へ、街へ、人々へ。
――世界に『色』が飛び散った。
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「そうして、世界に色が生まれたのですか?」
「そういう事さ」
「ここまでは、おとぎ話の『白黒物語』と同じですね」
「この後はコハクが『色』の力……今で言う青属性の力を得るのも同じだ。けれど……」
「そこから先は、物語と違う?」
「ああ。物語では、これで魔王を倒してハッピーエンドだ。けれど……」
「……ヴァイスたちは、それでも統率者には勝てなかったんだ」
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世界に飛び散った『色』の力は、すぐそばに居たコハクにも宿る。それにより、彼の魔力は青く染められた。
おとぎ話として後世に伝わっている話では、これからヴァイスたちの反撃が始まる。――しかし、実際はそうもいかなかった。それどころか、状況はますます悪化していったのである。
コハクに宿った青の力が、そばに居た統率者の影響を受け、暴走を始めてしまったのだ。
青はコハクの得物である刀を媒介として、彼が過去に振るって来た"斬撃"をその場に呼び寄せ、辺り全てを斬り刻み始めたのである。
敵味方など関係が無い。生命か非生命かなど関係が無い。形あるもの全てを斬り裂く斬撃。1秒前に呼び出された斬撃が、その1秒後にまた呼び出される。それらは統率者への攻撃にもなるが、それ以上にヴァイスたち――コハク本人も含めて――へ与える傷のほうがはるかに大きかった。
ヴァイスたちの全滅は時間の問題。だが間もなくして、その状況は打開された。
――アルプスの、命を賭した最後の攻撃によって。
飛び散った『色』の影響を受けていたのはコハクだけではない。『色』が生まれた瞬間、アルプスもほんの少しだけ赤の力をその身に宿したのだ。そしてコハクの青の力と同じく、赤の力は統率者の影響を受け暴走しつつあった。
だが彼女はその暴走を逆手に取ったのだ。赤の属性は力の増幅・強化を得意とする。アルプスはその特性にいち早く気づき、自らの白の魔力を大幅に強化したのだ。
暴走していることによる、通常よりも遥かに強力な強化。更にアルプスは自身の生命力までも糧として、最後にして最も強力な魔法を繰り出したのである。
そうして彼女が放ったのは一筋の光線。細く、一見するとか弱い光に見えたが、その威力は今までに見たこともないほどに強大なものだった。
大きく増幅された白の力を、極限まで細く凝縮した光。それは統率者の身体を貫くと、その身体の内側で強烈な光となって弾け、辺りを白く染める。そして……
――それでもなお、統率者は倒せなかった。――
アルプスの最期の一撃で、確かに統率者の肉体は滅びた。だが……その魂と力は、滅することが叶わなかったのである。
肉体が消え去ったことで統率者の影響も消え、コハクの魔力の暴走もおさまった。しかし、統率者はすぐさま肉体を再生しようとしている。
残されたヴァイスとコハクには統率者の魂と力までを滅ぼすほどの力は残されていない。かろうじて出来たことはそのふたつを白の魔力で閉じ込め、ヴァイス自らの身体に封印することだけだった。
帰還した彼らの活躍は、表向きには統率者を倒したものとして処理された。人類に希望を与えるための、世界を騙す嘘だった。
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「……以上が、ヴァイスたち3人と統率者との戦いの真実だ」
"彼"はそこまで話すと、少し大きめのため息をついてちょっとばかりの休憩を挟んだ。
沈黙が訪れる。フロワちゃんも私も真剣な表情をひとつも崩さず、けれども口に出す言葉を探すように、ただ"彼"をみつめ続けていた。
そしてしばらくの後、私は心を決め、大きく深呼吸をして口を開く。
「統率者を討伐した。その嘘の記録はすぐに世界に伝わって、その話を元に『白黒物語』というおとぎ話が生まれた。そうですね? ラディスさん……いいえ」
「コハク・シラサギさん」
「……ああ」
私がその名を呼ぶと、ラディスさん……改め、コハクさんは深く、噛みしめるようにしっかりと頷く。
「もう君たちにもわかるだろう。彼が一体何者なのか」
「……はい。にわかには、信じがたいことですが……」
今度は、私たち2人が深く頷く。
「"黒の魔術師"、イブリス・コントラクター。彼は……」
「彼の名は、ヴァイス・ミュオソティス。かつて統率者と戦った、"勇者"だ」





