路地裏の奇襲 その1
「……あぁ、そいつならうちに泊まっていったよ」
「! 本当ですか!」
サラちゃんたちと別れ、数件目の宿への聞き込み。僕はそこでようやく手がかりを掴んだ。思わず大きめの声を出した僕の様子に、気だるげな店主が少し驚きを見せる。
「ああ。見た目がそこそこ印象深かったから覚えてるよ。確か……なんかやけに朝早く出てったな」
朝に出て行った……そのまま真っ直ぐ"機関"の出張所に向かったのだとすれば、クエストの台帳で見た受注時間とも一致する。間違いない。イブリスだ。
「こちらでは、宿泊客に特定の経路の馬車の割引券を配っていますね。彼がどの馬車の割引を受けたか、わかりますか?」
「ちょっと待ってくれ……ああ、これだ。この馬車」
店主は馬車の経路図を取り出し、宿帳と照らし合わせてひとつの経路を指さして見せた。方角は、この街から更に東へ。確実にアヴェントから遠ざかっていく道だ。
これで行き先は分かった。すぐにでも二人と合流して同じ方向の馬車に乗ろう。
「そうか……ありがとう。いい情報を貰えました」
「いいってことよ。しかしそいつ、一体何をやらかしたんだ? "機関"の人まで探してるたぁね」
「……? 僕らまで……とは?」
「いや、さっき同じ客の話を聞きに女の子がひとり来たんだよ。流石に一般人のようだったから、話はしなかったがね」
「女の子? ……それは、白髪の魔導士の子や、茶髪のメイドの子でしたか?」
いんや、と店主は首を振った。サラちゃんやフロワではない。……あの二人以外の誰かが、ここへイブリスを探しに来た?
少し考えてみても僕に心当たりはなかった。そもそもアヴェントの人々は彼に関する記憶を持っていないのだから、彼を探そうとも思わないはずだ。となれば……彼を探すような連中など、ひとつしかない。
……別行動をしているのはマズいな。
「協力ありがとうございます。では、僕はこれで」
僕はひと言礼を言うと、店主の返事も聞かずに店を出て二人の元へ走りだした。……何もなければ良いのだが。
* * *
私たちは、聞き込みの最中に話しかけてきた男性の後ろについて歩いていた。
男性は言った通りどんどんと人の少ないところへと向かっていく。さっきまで人の少ないところを探すほうが難しかったけれど、今は人とすれ違うのが難しいくらいだ。
それでもしばしば人の顔は見ていたけれど、やがてそれすら無くなり、私たちは完全に人の気配のない路地裏へと足を踏み入れた。
男が足を止める。つられて私とフロワちゃんも止まる。
「さァて、この辺でいいかな」
男が私たちの方へと振り返り、不健康そうな顔にあくどい笑顔を浮かべた。
「サラさん!」
「うん!」
その瞬間、私たちは動いた。
私が杖を構え、魔力の塊を放つ。フロワちゃんは私の隣で盾を展開し、魔力の塊を追うように男にとびかかった。
「おっと……?」
けれど男は驚きつつもその攻撃を両方とも回避。相変わらずやる気の無さそうな表情のまま私たちを指さして問い詰めてくる。
「なんだァ、いきなり襲いかかってきて? まだ何もしていないだろう……?」
「ええ、まだ何もされていません。ですから、何かされる前に先手をうたせて頂きました……私たちが気づいていないとでもお思いですか?」
フロワちゃんが明確な敵意を込めた目で男を指さした。いや、正確には、男の額のあたりを。
違う誰かが見ても、その額には何もないんだろう。けれど、私たちなら気づくことができる。男の額のあたりにある『あるもの』が認識しにくくなっていると言う事に。
「あァ……なんだ、バレてたのか。なら仕方ない……」
男は気だるげな声を出すと、首をコキコキと鳴らしながら術を解除する。すると、今まで認識しづらかった額にかかっていたフィルターのようなものが消え、男の額に歪な形の角が現れた。
――悪魔の証である角だ。
「おっかしいなァ、それなりに上手く隠せてたはずなんだけど。どうしてわかった?」
「知り合いにひとり、悪魔が居ますからね……角を隠してる感覚は見慣れてます!」
言わずもがな、カイリさんの事だ。あの人が普段、街中で行動するときには魔術で角を隠しているから、その"感覚"には慣れている。だからこそ、私たちはすぐにこの男が悪魔の軍勢のひとりであることを見抜けたんだ。
「念のために聞いておきますが……私たちに接触した目的を答えていただきましょうか」
「――『カルテット』」
「『カルテット』……?」
「そう。今さァ、ひとつ枠が空いてるんだよね。だから自分らも『カルテット』になろうと、色んな奴らが手柄を狙ってる……ここまで言えばわかるかなァ?」
「……なるほど、貴方たちと同じくイブリス様を追う私たちを始末し、手柄を上げようと言う事ですか」
「ご名答~」
フロワちゃんが答えると、男はゆっくりと拍手をする。
悪魔の軍勢の目的はイブリスさんだ。彼が私たちの元から離れてしまった以上、悪魔にとって私たちは邪魔者でしかない。この悪魔はそんな私たちを排除して、『カルテット』の空き枠……つまり、カイリさんの抜けた枠に滑り込もうとしているんだ。
「2対1だけど、たかが子供だ。まァ大丈夫だろう」
男は余裕たっぷりの様子で魔力を解き放った。目に見えるほどの黒い魔力が現れ、オーラのように男の体に纏わりつく。
最初の不健康で気だるげな印象を残しつつも、その目には確かな殺意を宿して私たちを睨む。私たちも男を警戒したまま、視界の端でお互いを見た。
「それじゃ……できるだけ痛くしないから、そのままじっとしててくれない?」
「丁重にお断りします」
「私たちはこんなところで止まるわけにはいかないんです!」
「だよねェ……」
私たちの返事を聞いた男は、頭をポリポリと掻きながら手を前にかざす。すると黒い魔力がその手に集まっていき、ひと振りの黒い剣となった。
「それじゃ、めんどくさいけど……」
「ちゃっと殺るか」





