↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術の師匠はフリーター  作者: 五木倉人
師弟、運命の分岐点
154/169

白のプロローグ:Ⅰ

「……本当に行っちゃうんですか?」



「はい……元気でね、セレナさん」



私は心配そうな顔をした受付のセレナさんから、自分の冒険者証を受け取った。



私が今行った手続きは、いつものようなクエストの受注ではない。"所属拠点の変更"……私という冒険者が拠点とする街を、このアヴェントの街から無所属へと変更したのだ。



冒険者にとって拠点を登録しておくことはかなり大事なことだ。例えば、冒険者が入ることのできるギルドは同じ街を拠点としているギルドのみだったりする。……まあ、これは私にはあまり関係ないけれど。



他にも、拠点の街なら住む部屋を優先的に割り当ててくれたりとか、お店によっては買い物が少し割引されたりとか……とにかく、冒険者にとってはメリットばかりだ。



そんな所属拠点をわざわざ"無所属"にすること。それはつまり、その人が街を出て、放浪の冒険者となることを意味する。



「どうして突然……? 確かに最近のこの街は悪魔との戦いが激しいですけど、なにも無所属になるなんて……」



「旅に出るんです」



「旅?」



「はい。人探しの旅を」



私はそれ以上は言わなかった。



本当は伝えたい。イブリスさんが居なくなってしまったんだって。でも、私は言葉をぐっとこらえる。きっとセレナさんの中にも、もうイブリスさんは存在しないから。



「……そう、ですか」



……気が付くと、目の前のセレナさんの目にはキラキラと光を反射する雫が溜まっていた。



「って、ちょっとセレナさん!?」



私だって明るい気分じゃあないけれど……まさかセレナさんが泣き始めるなんて、どうして予想できるだろうか。



私が慌ててカウンター越しにセレナさんの肩に手を当てると、彼女は軽く涙をぬぐって無理やり笑顔を取り繕って見せる。



「だ、大丈夫! 思わず……寂しくなるなって考えちゃって」



……私とイブリスさんがクエストを受けに来ていた時間は毎日ほぼ同じ時間。だから、受付は同じ時間に働いているセレナさんになるのがほとんどだった。



イブリスさんは彼女の記憶に居なくても、きっとそのことは心に焼き付いているんだと思う。だから、こうして涙を流してくれたんだ。



こんな風に、私たちのことで悲しんでくれる人が沢山いるんだ。私がくよくよしていちゃいけない。



だから私は、とびっきりの笑顔で、とびっきりの元気で、セレナさんにこう伝えた。



「絶対に……絶対に、帰ってきますから!」



それは、必ずあの人を連れて戻るという、私の決意の言葉でもあった。


* * *


イブリスさんが街を出てから、既に3日が経っている。



この3日間、街に異常はない。防衛線の残火も少しづつ落ち着いてきて、冒険者たちもほとんどがまたクエストをこなす生活に戻っている。



今のところ悪魔の軍勢が襲撃してくる気配もなし……きっとこれは、悪魔たちの"目的"がこの街からいなくなったからだと思う。悪魔たちからすれば、今すぐにこの街に手を出す理由なんて無いんだ。



「サラさん、手続きは終わりましたか?」



「うん!」



受付を去り、"機関"本部の待合スペースへと足を運んだ私を、机を囲んだフロワちゃんとラディスさんが出迎える。



フロワちゃんはいつもの可愛らしいメイド服。けど、その隣に座るラディスさんはいつもとはずいぶん印象が違っていた。



いつもは"機関"の制服に身を包み、しっかりとした印象を受けるラディスさんだけれど……今日は、いや、今日から(・・・・)は動きやすさを重視した旅人の服だ。



この服である理由は、今から旅に出るから……というのもあるんだけれど、実のところそんな単純な理由が全てではない。



「……なんだか、変な感じですね。ラディスさんがもう、ただの冒険者だなんて」



「ははは。実のところ僕もあんまり実感が湧いてないんだ……でももうあの制服を着なくていいと思うと気が楽だよ。あれには色んなプレッシャーがついでに乗っかってくるからね」



ラディスさんは、今や"機関"の人間じゃない。ただの1人の冒険者なのだ。



――さっきも言ったように、イブリスさんが街を出てから3日が経っている。いや、3日も(・)経っている。



本当はすぐにでも街を出てイブリスさんを追いかけたかったけれど、そうもいかない事情がいくつかあった。



まず、フロワちゃんの怪我。本人は平然としていたけれど、少なくとも出歩けるようになるのを待つ必要があった。私だってフロワちゃんには無理をしてほしくなかったし。



そしてもうひとつ……それが、ラディスさんの立場だった。



ラディスさんは"機関"のトップの1人だ。当然そんな人が、私用で何日もこの街をあけるわけにはいかない。街の人たちの記憶が残っていれば、イブリスさんを追うのも"任務"と言えたのかもしれないけれど。



そこでラディスさんが取った選択が、"機(・)関(・)"の(・)ト(・)ッ(・)プ(・)を(・)退(・)く(・)というものだった。



私は何もそこまでしなくても、と思ったんだけれど、どうやらラディスさんはあの立場にそこまでこだわりはないらしい。



まあそれはそれとして、トップの1人が急に退任すると言い出したのだから、今の"機関"はとにかく大慌て。引継ぎとか通知とか、昨日までのラディスさんは大忙しだった。このあたりの処理が3日で済んだのはかなり奇跡的だよ……とは、ラディスさん本人の言葉だ。



ルツァリさんが"機関"戦闘部門の主任を引継ぎ、ラディスさんは晴れて引退。今や1人の冒険者というわけ。



「……それじゃあ、出発しましょう! フロワちゃん! ラディスさん!」



そして今日。フロワちゃんの怪我も多少動いても問題ないくらいまで回復し、ラディスさんも重役を降り……私も、旅立つ準備ができた。



この街に来てから、まだ1年も経っていないはずなのに……良い事も悪い事も、楽しかった事も大変だった事も、この街には2年や3年も居たようなほどに思い出が詰まっている。



私はそんな思い出たちに想いを馳せながら、拳を強く握りしめ、私は真っ直ぐに前を向いた。



「イブリスさんを、必ず連れ帰ります!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。