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魔術の師匠はフリーター  作者: 五木倉人
師弟、運命の分岐点
145/169

-Quartet- Obbligato

「くふっ――!」


「†潔く散れ、弱き者共†」


体に大きく刻まれた傷を押さえ、吐血するミリスに、氷の剣を携えたルフ・ザ・ロックが冷たい視線を投げかける。カイリがイーグル・アイに対して敗走した頃、アリムとミリスもまた、ルフに対して苦戦を強いられていた。


「いやいや、まいったねこれは……」


アリムが誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いた。ルフの腰にあるキーリングには、既に数本の鍵がぶら下がっている。二人の行動が封じられている証拠だ。


アリムは火炎放射器の使用と、爆弾の投擲を。


ミリスは魔法による攻撃と、体術による攻撃を。


それぞれ主となる攻撃手段を完全に封じられている状態である。無論、状況は圧倒的不利。いつも怪しげな笑みを浮かべているアリムも、この場においては口角が下がっていた。


周囲に居るはずの冒険者たちは、先ほどの戦闘でアリム自らが遠くへ追いやってしまった。『"子供たち"の性能試験の邪魔だ』――と。正に自業自得である。


「ミリス、打開策は?」


「ない……わけでは、ない」


"機関"上層部である二人は、当然ながら『森林の館』でのイブリスたちの戦闘の話を伝えられている。行動を封じられた状況で、イブリスがルツァリの武器を使ってルフに一矢報いたこともだ。


即ち、互いの武器を交換して攻撃にかかる事。最も前述の通りミリスが主とする攻撃は魔法……交換のしようがない。残る手段は、アリムの"子供たち"をミリスが使用することだ。ミリスの言う打開策とは、それである。


最も、そんな隙があればの話だが。


この戦場は開けた草原。道具の受け渡しなどをすれば簡単にルフに感づかれる。武器交換をあちら側が警戒していないはずがないのだ、怪しい動きを見せればすぐに手を打たれるだろう。爆弾ならばまだしも、巨大な火炎放射器となると尚更である。


「†猛攻、息つく暇も無し†」


「ああもう! 作戦会議くらいさせてくれてもいいじゃないの!」


ルフが氷の剣で斬りかかり、アリムはそれを火炎放射器のノズルで受け止める。


かたや男性の悪魔、かたや人間の女性。当然ながら力の差は歴然である。すぐにアリムが押されはじめ、ノズルはギシギシと音を立てて今にも折れそうだ。


「こ、の……!」


じわじわとアリムを追い詰めるルフに、今度はミリスが迫る。


この土壇場でミリスが試みたのは、禁じられているはずの体術による攻撃。助走により勢いをつけ、無理やりにでも封印を突破しようと思い切り拳を振るう。


「†無意味。汝、制約から逃れる事叶わず†」


だが、やはりと言うべきか、ミリスの拳はルフへは届かなかった。振るわれた拳はルフに当たる直前になって見えない壁に阻まれるかのように動きを止めたのだ。どれだけ力を込めようとも、拳とルフの距離は縮まらない。


「ぐ、おぉ……」


「†煩わしい。去ね†」


「くっ……!」


ルフは冷たく言葉を投げかけ、ミリスを蹴り飛ばす。ミリスは吹き飛びこそしたものの、咄嗟の防御によりダメージを最小限に抑えた。


一方、ミリスへの蹴りの瞬間に力が緩んだアリムは鍔迫り合いから抜け出し、すぐに距離を取る。


「†……?†」


様子見の退避。一見すると当然の行動に思えるが、ルフはそれに違和感を覚えた。


ミリスに蹴りを入れた瞬間、鍔迫り合いの力が緩んだのは全て計算通り。ルフはあえて隙を作り、アリムの攻撃を誘ったのだ。だがアリムはそれに乗らず、距離を取ることを選択した。


一矢報いるよりも体制を立て直すことを優先したのだろうか。まあ、大した問題ではない。どちらにせよ、二人がルフに逆転することは不可能に近いのだから。


ルフは落ち着いて、次の攻撃を仕掛けようと一歩踏み出した。


「おっと、足元注意……」


「†――!†」


ルフが自分の判断の間違いに気づいたのは、その瞬間であった。


足元に、ふたつの爆弾が落ちていたのである。


「投げちゃあいない……ちょいと落として(・・・・)きただけさ」


アリムはルフの隙をしっかりとついていたのだ。ただし、ルフに感づかれない方法で。彼女は距離を取る瞬間、さりげなく足元に爆弾を落としておいたのだ。当然、落とすだけなのだから制約には引っかかっていない。


「†っ!†」


ルフは即座に異空間を介したワープを行い、爆弾から退避する。


「ミリス!」


「わかって、いる!」


そのルフの行動を視認すると同時にミリスが魔法を使い、地面を操作した。


爆弾の落ちている地面を急激に隆起させ、ルフの方向へ爆弾を弾き飛ばしたのだ。こちらも魔法を直接攻撃に利用しているわけではないため、問題はない。


爆弾はすでに起爆状態。ルフの元へたどり着くころには、丁度爆発するはずである。二人とも、そう信じて疑わなかった。


「†無駄――!†」


だが、それでも、ルフのほうが一歩先を行っていた。


ルフは飛来した爆弾たちに、一本ずつ鍵を突き刺したのだ。ルフの持つキーリングに即座に鍵が追加され、二つの爆弾は爆発することなく、そのまま地面にたたき落される。


爆発が遅れたわけでも、不発弾を投げたわけでもない。爆発が完全に封じられているのだ。


「何!?」


「うっそでしょ……まさかあの鍵、無機物にまで(・・・・・・)制約を課せられる(・・・・・・・・)わけ?」


二人が驚きの声をあげている間に、ルフは地面に転がった爆弾を軽く蹴り飛ばした。爆弾は正確な狙いでアリムとミリスの元へ一つずつ飛んでいく。


そして二人の目の前まで近づいた瞬間――ルフのキーリングから、鍵が二つ、消失した。


『――!!』


二人は瞬時に何が起こったか……いや、次に何が起こるかを悟り、即座に爆弾を弾き飛ばす。


アリムは火炎放射器のノズルを使ってミリスが居る場所の反対側へ。ミリスは地面を隆起させて遥か上空へ。別々の場所へ飛ばされていった爆弾は、ほぼ同時のタイミングで爆発を起こした。


「†……称賛。素晴らしき反応速度である†」


どうにか攻撃を防いだ二人に対し、ルフはゆったりとした拍手を贈る。


「†万事休すか?†」


冷たく、鋭い言葉と共に。


「……」


「はは……」


ミリスは何も言わず、アリムは苦笑いを返す。


同じ手は二度と通じない。ルフの言うとおり、今の不意打ちを成功させられなかった時点で二人の勝ち筋はほぼ潰えたのだ。


「†逆らえば苦痛なる死。受け入れれば安らかなる死……選べ。汝らの義務である†」


ルフは氷の剣を構えながら二人に近づいていく。抵抗して苦しみながら死ぬか、大人しく殺されるか。その選択を迫るように、二人とルフの距離はゆっくりと、確実に縮まっていく。


二人はどうにか打開策を考えつかないかと頭を高速回転させつつも、その足は自然に後ずさりしていた。


一歩、また一歩。土を踏む静かなはずの足音が、いやに大きく聞こえる。


「†さらばだ、弱き者ども。死ぬがよい†」


時間切れだ。ルフが氷の剣を振りかぶり、二人がどうにか防御しようとした。


――その瞬間。


「†――!†」


「っ!? な、なん、だ……?」


周辺の空が黒雲で覆われ、アリムとミリスの体を強い悪寒が襲った。


同時に周囲に黒い霧のようなものが立ち込める。この周辺は薄いものの、ある方向へ向かうにつれて次第に濃くなっている。


「ちょちょちょ……これ、瘴気!? 一体何が!?」


そう、これは悪魔の瘴気だ。だが、どうにも様子がおかしい。


大量の悪魔が居る戦場なのだ、瘴気が発生することくらい珍しいことでもない。問題はその規模だ。


様子を見る限り、発生源はそれなりに遠くだ。遠すぎる(・・・・)のだ。これほどの距離まで伝わってくる瘴気は、今までに観測されたことはない。


「†嗚呼……!†」


ルフの様子もおかしい。剣を下ろし、瘴気の発生源を甘美な表情で見つめている。


「†覚醒の時……来たれり! 今こそ! 我らが悲願が!†」


そしてそう叫ぶと、二人には目もくれずに発生源へと走り出してしまった。


「……助かった?」


「我らが、悲願……? 一体、何の、ことだ……!」


「考えたってわからないでしょうよ。とりあえず今は瘴気に巻き込まれた人らの救助を!」


「……ああ」


九死に一生……どうにか生き残ったが、息つく暇はない。二人は状況の把握と冒険者たちの救助のため、すぐさま瘴気の中へと潜り込んでいった。

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