裏切者の問答 その1
『悪魔の巣』への突入作戦より2日後、"機関"本部・会議場。
"機関"のトップたちが集まっており、今まさに議会が行われようとしている。だが、今日は違うメンバーが多数居た。
俺……イブリスとそのパーティ。そして『カルテット』を裏切ったという、グース・ペンネという悪魔だ。
俺たちは"機関"のお偉いさんがたと共にテーブルについている。流石に場所が場所なだけあって緊張感が絶えない。
フロワはこういう雰囲気に慣れているのかしっかりとした姿勢で座っているが、サラちゃんはどうにも慣れない様子で、この部屋に入ってからずっと一言も話すことなくそわそわとしている。
一方のグースは俺たちの座る円形のテーブルに囲われるように、その中心に座らされていた。これから尋問でも受けるような配置だが、当の本人は退屈そうにあくびをしている。緊張感のかけらもない。
「さて、始めるか」
初老の男が議会の開始を告げた。俺の記憶が正しければ、この男はジェラル……"機関"総務部の代表だ。
「待ってくれジェラル。どうやら客人がやけに多いようだが?」
諜報部門代表のパイロが、"客人"。即ち俺たちに視線を向けてそう言った。
「グース・ペンネ……そこの『カルテット』の裏切り者は良い。今日の議題にも入っている。だが何故黒の魔術師の一行が居る?」
パイロは邪魔者を見るような目で俺たちを見る。
ある意味で予想はしていた反応だ。一介の冒険者が"機関"の議会に参加することなど普段は有り得ないことなのだから。その上、参加しているのが悪評の絶えない黒の魔術師なのだから尚更だろう。
パイロの視線に怯えたのか、隣に座っているサラちゃんが視界の端で身もだえしたのが見えた。
「そう冷たい目線を向けんでくれ。ちゃんと許可は得ている」
無論俺たちも勝手にここに入ってきたわけではない。俺はすぐさまパイロに反論する。
「……そうなのか?」
「当然だ。彼らがここに居るのは……」
「ジェラル、その説明は僕が」
ジェラルの言葉を遮って、ラディスが立ち上がった。
「ここに居る皆さんはご存知の事かと思いますが、悪魔たちの狙いはそこの少女……サラ・ミディアムスです」
部屋中の視線がサラちゃんに向く。注目が集まるのが少し照れくさいのか、彼女はほんのりと頬を赤らめた。
「今回の襲撃でクロウ・ロ・フォビアからこの事が明言され、狙いが彼女であることが確定しました。こうなった以上、サラちゃん、そしてそれに同行するイブリスとフロワには情報を手にする権利があります。自らの身を守るためにもね」
そういう事だ。情報は何よりも強い盾に成り得るもの。自らの置かれている状況、敵が次にどう出てくるかという予測。あらゆる情報でこの先の行動が変わるのだ。
――しかし、"それに同行する"か。元々サラちゃんから弟子にしてくれと頼みこんできた(らしい)というのに、今や俺が同行者扱いだ。
まあ言葉のアヤなんだろうが、今後の戦いにおいてもサラちゃんが重要なファクターなのは間違いないだろう。
兎に角。館から帰還した後、議会に参加したいという事をラディスと話し合って申請を出してもらい、今に至るというわけだ。
「心配しなくても基本的に俺たちは聞くだけだ。多少の質問はするとは思うが、議会の邪魔はしない」
「……ちゃんとした理由があるならいい」
パイロは素っ気無くそう言って俺たちから目を背けた。
クエスト前にルツァリから話を聞いた時も思ったことだが、どうにもこいつとは仲良くなれなさそうだ。
「あ、あああ、相変わらず、疑り深いな。パイロ」
「しっかりとした根拠に基づいた情報しか信じないようにしてるんでな」
「諜報部門の代表としちゃあそれで間違っちゃいないだろうけどねぇ」
「話はそこまでだ。いい加減本題へ移るぞ」
ジェラルの言葉で、皆が手元の資料へと視線を移した。俺たちの元へも配られていたので、皆に倣ってそれに目を通す。
「今回の緊急クエストだが、戦闘部門や冒険者の皆が大まかには成功と言える戦果を残してくれた。精鋭たちを厳選したこともあり、奇跡的に死者はゼロ。怪我人こそ多数出てはいるがこれは快挙と言って差し支えないだろう」
「すごい……」
サラちゃんが小さな声で感嘆した。確かに『悪魔の巣』へ突入して、しかも『カルテット』を相手にして被害が軽微というのは素晴らしいことと言える。
「戦闘部門代表ラディス・フェイカーの救出の成功、そしてあの『悪魔の巣』からの悪魔たちの撤退……具体的な戦果を挙げればこの辺りだが、それ以上に重要なことがある」
全員の視線がテーブルの中心に集まった。
それ以上に重要なこと……ここにいる誰もが、もうわかっている。
「お、ようやく俺の出番か? 待ちくたびれたぜ」
『カルテット』の裏切り者、グース・ペンネ。
「まま、待たせた……な。グース・ペンネ……」
「ありゃ。あんた吃音症? 大変そうだな」
「……き、気遣い、おお、恐れ入る」
警務部門代表、ミリスに返答するグースからは、相変わらず緊張感が微塵も感じられない。こいつ、自分が尋問される側だってわかっているのか? 律儀に礼を返すミリスもミリスだが。
「グース・ペンネ。君が今日の議題のメインだ。質問攻めになるだろうが覚悟しておけ」
「あいよ……ああ、だけどその前に一ついいか」
「……なんだ?」
「そのグースって名前、本名じゃねぇんだわ」
「……何っ?」
――その驚きの声は、誰のものだったか。一人ではなく、複数人の声が重なったものだったかもしれない。
いずれにせよ、突然の告白にその場にいる者全員が眉をひそめた。本人と……ラディスを除いて。
「あくまで悪魔としての名前っつーの? あ、シャレじゃないぞ今のは。兎に角そいつぁ俺の名前じゃあない」
「悪魔としての名前! そんなものが!?」
"機関"のお偉いさんの紅一点、アリムが目を輝かせて叫んだ。
「ああ、あるんだよ。まあそいつについては後で詳しく話すとして……俺の本当の名前はカイリだ。カイリ・コウナギ。次からはそう呼んでくれやしないかね」
グース改めカイリの頼みに、しばしの沈黙が訪れる。議会のメンバーたちはどうするべきかとしばらくの間互いに目を合わせあっていた。
「……わかった。では、希望通りその名で呼ぶことにしよう」
「おっ! ありがたい。あの名前あんまり好きじゃないんだよ、スパゲティみたいで」
「……」
ジェラルはカイリのフリーダムさに頭を抱えた。
「サラちゃん、館であいつと対峙したんだろう? ずっとあんな感じなのか?」
「はい……なんというか、完全に相手のペースに呑まれちゃうんです」
サラちゃんの話だと、館ではマトモな戦闘はせずに軽いお茶会だけやって終わったらしいが……会話が常にこんな調子だと、戦闘とは違う意味で疲れそうだ。
「フロワは?」
「右に同じです」
即答だった。そのとき一緒に対峙したフロワも奴のペースには苦労させられたようだ。
「では……カイリ。改めて尋問を始めさせてもらおう」
「よっしゃ、ドンと来い」
さて。先行きが不安だが、これで有力な情報が得られるかどうか……





