EMQ:『森林の館』攻略-終結
「……グース」
「よう、元気そうだなクソピエロ」
ドスの効いた声で名を呼ぶクロウに、グースは茶化すようににやついて返答した。
「ほれ、何やってんだサナちゃん。さっさとこっち来い」
「……サラです」
とりあえず、私に危害を加えるつもりが無いのは確かみたい。私は急いでイブリスさんたちの元へ向かう。
そうはさせまいと、後ろからクロウのツタが迫ってくるけれど、グースが銃を使って動きを止めてくれた。
「サラさんっ!」「サラちゃん!」
全力で走り、勢い余って少し躓いてしまった私を、フロワちゃんとイブリスさんが受け止めてくれた。
「少し、遅かったんじゃないか」
一方でラディスさんは前方、グースの隣へと躍り出る。
「おいおいそりゃこっちのセリフだぜ剣聖サン。もう終わってるかと思って来たのに、あんたらが駆けつけたばっかりだったんだからサァ」
「必要なら援護してくれって頼んであったのに、サボってたのかい?」
「いやいや、ちゃんと働いたぜ? あんたが救出されるのに十分な時間を稼いだうえであの子らをここに寄越して、ちょっと休んで」
「サボってたんだね?」
「まあこんだけ時間稼いだら大丈夫だろうと思ったからもう少し休んでここに……」
「サボってたんじゃないか」
緊迫した状況だというのに、二人は友達同士がふざけて交わすような会話を繰り広げている。ラディスさんが砕けた話し方をしていることから、かなり古くからの付き合いであることが容易に想像できた。
「おいラディス、こいつぁどういうことだ?」
二人の会話に割り込んでイブリスさんが疑問を投げかける。彼も二人の関係については知らないみたいだ。
「あーあー、詳しい説明は後だぜイブりん」
「イブり……っ!?」
「とりあえずはあのクソピエロをどうにかしないとな」
私はクロウを見る。
仮面のせいで相変わらず顔は見えないけれど、それでもどこか怒りに震えているような雰囲気が醸し出されていた。
「突然割り込んできたかと思えば裏切った……とは。気でも狂いましたかグース」
「狂っちゃあいねーよ。俺ぁ元々"こっち側"さ」
クロウはツタを、グースは銃を。それぞれの戦闘手段をちらつかせ、互いにけん制し合いながら言葉を交わしている。
グースの口調は軽いけれど、場の空気はとても緊迫している。どちらから動くか探っているような状況……私を含め、誰も手を出せそうにない。
私は心を落ち着かせようと、フロワちゃんの手を強く握った。向こうからも同じようにしっかりと手を握り返してくる。この重い空気、押しつぶされてしまいそうなのはフロワちゃんも同じだ。
「なぁ、クソピエロ。ここはひとつ退くってのはどうだ。剣聖サンは救出したし、加えてこの人数差だ。こりゃ明らかにそっちに不利だゼ?」
互いに動かないこの状況に痺れを切らしたのか、グースが撤退の提案を出した。
確かに私たちも消耗しているから、ここで戦闘を一旦終わらせるのは嬉しい提案ではあるけれど……でも、クロウがここで退くとは考えにくい。
そう、思ったのだけれど。
「ン・ン・ン・ン……なるほど。確かに少々分が悪いですね。裏切り者まで出ているのですから。ここは退くこととしましょうか」
「――えっ?」
その提案は、予想外にもあっさりと受け入れられた。
次の瞬間、部屋を分断していたツタの壁は朽ちて消え去り、部屋の反対側があらわになる。
「ぬおっ!?」「へぁ?」「何だっ!?」
「……あら?」
ツタの向こう側からは、イーグル・アイと戦うレオさん、ルツァリさん、リリーさんの三人が姿を現した。
――あと二人は?
部屋の隅に目をやると、傷だらけで倒れるリアスさんとそれに寄り添うセルテさんが視界に入った。
セルテさんはリアスさんに回復魔法を施しているようだけれど、その手は少し震えている。きっとイーグル・アイの手にかかってしまったんだろう。
「どうしたの、クロウ? ……グースまで」
「撤退です、イーグル・アイ。戦闘を中断してください。ここも放棄します」
「あら、闖入者まで来て面白くなってきたところなのに」
「残念ながら全く面白くない知らせがありますよ。さあ、ルフを連れてさっさと行きましょう」
仮面の奥の眼光がグースを突き刺すように睨む。"全く面白くない知らせ"の内容は容易に想像できた。
クロウとイーグル・アイは空間の一部を歪ませてその中へと入って行く。どうやら異次元とこの場所を繋ぐ門のようなものらしい。
「追わなくてよろしいのですか?」
「ラディスの救出って目標は達成してんだ。追う理由はねぇ」
隣でイブリスさんとフロワちゃんがそんな会話を交わしている。
イブリスさんの言うとおりだ。ラディスさんはこうして無事に戻ってきたし、どうやらこの館も放棄すると言っている。
元々クエストの目的はラディスさんの救出と、この館の攻略。その二つだけだ。『カルテット』の討伐までは含まれていない。
結局異次元へと消えている二人を追う人は一人もおらず、皆ただただその姿を見つめるだけだった。
「……それ以前に、今は知らなきゃならん事が多すぎる」
悪魔たちの姿が完全に消えてから、イブリスさんが言葉を続ける。
その瞳はここに残った唯一の悪魔……『カルテット』グース・ペンネを、見定めるように見つめていた。
「帰ってからキッチリ説明してもらうぞ、ラディス」
「……わかっている。だがこれだけは言わせてほしい。彼は味方だ」
ラディスさんはイブリスさんの眼を真っ直ぐに見つめながらそう言った。
グースは、味方だ。その言葉を強調するように。
「ああ、わかった。それも含めて説明してもらうっつってんだ。あといつもの猫かぶりが解けてんぞ」
「猫かぶり? 一体何のことでしょうか?」
「……なんでもねぇ」
……真剣な顔をしていたラディスさんが急に笑顔になった。優し気な、私たちがいつも見ている表情だ。
「さあ皆、帰りましょう。敵に捕まるなど、ご迷惑をおかけしてしまいました。このお礼とお詫びは、また後日」
その言葉を皮切りに、皆が次々と部屋を後にする。皆、ラディスさんと軽く言葉を交わしながら。
ぴしっとした敬礼をするルツァリさんと、それに続くリリーさん。気を失ったリアスさんを背負い、軽く挨拶をしていくレオさんに、震えを抑えながらも笑顔を向けるセルテさん。
「二人も、ありがとうございました。身の危険を犯してまで来てくれるとは……感謝の言葉しかありません」
「あ、いえ、そんな!」
「仕える者として、当然のことです」
イブリスさんとグースを除く皆を見送ると、ラディスさんは私たちに微笑みかけた。
「色々なことが起こりすぎて、混乱していることでしょう。帰ったら必ず説明します」
「はい。でも、今はそれよりも……ラディスさんが無事でよかったです」
「そりゃこっちの台詞だ、馬鹿娘ども。来るなっつったのに……」
「ご、ごめんなさい……」
イブリスさんから厳しい言葉。やっぱり勝手にここに来たことにはかなり怒っているみたい。これはラディスさんからの説明の前に、説教を覚悟しておいたほうがよさそうかな……
「まあまあ、結果的に皆無事で終わったんですから」
「やれやれだ……それじゃ俺たちもさっさと行くとするか。このままじゃ置いて行かれちまうし……待ってるお客さんも居る」
イブリスさんが指す"お客さん"……グースは、未だに部屋で私たちの会話が終わるのを待っている様子だった。
「ん、お話は終わりかい?」
「ああ、行こう。帰りの馬車は……」
「主様の馬車を拝借して来ています。そちらを使いましょう。他の皆さまも悪魔と一緒には乗りたくないでしょうから」
「手厳しいねぇ」
「当然だ」
皆、口々に言葉を交わしながら部屋を後にする。
この静かな部屋が、短いようで長い、長いようで短いこの戦いの終わりを見つめていた。





