-Quartet- Goose Penne その1
冒険者一団が館の扉を破り、突入する少し前の事。
「はぁ……はぁ……」
館の廊下を、二人の少女が走っていた。サラとフロワである。
フロワが先行し、サラは手を引かれて息を切らしながらそれに続く。
「サラさん、後ろは」
「はぁ、はぁ……! だ、大丈夫……追ってきてはいないみたい……!」
「そうですか……」
サラの言葉を聞いたフロワは走るのをやめて振り返った。確かに、何かが追ってきているような様子はない。とりあえず、必死で走る必要は無さそうだ。しかし念のため、歩みは止めない。
「で、でもまさかいきなり『カルテット』と会っちゃうなんて……しかもよりによってイブリスさんの記憶のカギを握ってるかもしれない人に」
二人がこの館に――半ば強制的に――侵入した直後、二人の前に『カルテット』の一人、グース・ペンネが現れた。
当然、二人だけでの対処はあまりにも危険だ。遭遇した瞬間、フロワはサラの手を引いて逃げ出し、今に至るというわけである。
「グース・ペンネのあの様子……ツタの罠といい、どうやら私たちが来ることは見透かされていたようですね」
「そんな、じゃあイブリスさん達も……!?」
「何らかの障害に阻まれることは確実でしょう。あのツタのような罠か、下級悪魔たちの襲撃か……それとも私たちと同じように、『カルテット』と遭遇するか」
「――!」
大勢で来るのではなかったのか――グースはそう言っていた。『カルテット』は明らかにこちらの動向を掴んでいる。
向こう側も突入に対する警戒はしているはずだ。グースと同じように、他の『カルテット』がこの館のどこかで待機している可能性も高い。
実際、この少し後にイブリスたちがルフ・ザ・ロックと地下で接触するのだから。
「サラさん……イブリス様の事が心配なのは私も同じです。しかし、今は自分たちの心配をした方が良いかと」
「……そうだね。とにかく今は皆と合流することを考えないと」
言葉を交わしながら、フロワが曲がり角の先を覗く。
「ああ、なんだ。まだ別で来るのかよ。そりゃそうか、女の子二人だけなわきゃないわな」
――そこには、階段に腰かけたグースが居た。
「え……っ!?」「――!?」
「おかえり。どうだった、この屋敷の観光は。立派なもんだろ? 結構気に入ってんだここ」
グースが追ってきていた気配はない。
では、違う道を通って先回りされたのか? 違う、そもそもグースがここから動いた様子がないのだ。
グースがサラたちの元へ来たのではない。サラたちが、グースの元へ戻ってきてしまったのである。
「っ! サラさん!」
「きゃっ……!?」
フロワはすぐにサラの手を引いて、道を引き返して駆け出した。
何故だ、何故戻ってきてしまった? あの階段のあるホールからできるだけ離れていくように走っていたはずなのに。どこかで方向を間違ったのか?
「ふ、フロワちゃん! 大丈夫、来てないよ! 追ってくる気はないみたい!」
そう言うサラの言葉も耳に入らない様子で、フロワはひたすら走り続ける。
先ほどとは違う道を通って、確実にホールから遠ざかる方向へと。
「うん、そうだな。追う気はないぞ」
「――!?」
「そんな、また!?」
が、しばらく走った後にやはり同じホールへと戻ってきてしまった。間違いなく、先ほどとは違うルートを通ったというのに。
「ほら俺、"フェニミスト"だからさ。ん? "フェミニスト"か? まあいいや。とにかく女の子追いかけるなんて趣味は持ってないもんでね。追いかけずとも嬢ちゃんたちから戻ってきてくれるしな」
「くっ……!」
「あ、また行くのか? 何回やっても同じなんだがね。それともまだこの屋敷の探検がしたりないのか?」
後ろから話しかけてくるグースの言葉になど耳はかさず、サラとフロワは再び駆け出す。
一回目とも、二回目とも違うルートを取り、とにかく眼前に控える"危険"から離れなければと。
……だが。
「……やはり、ですか」
「だーから言っただろ。何回やっても同じだって」
どんなルートで廊下を進もうとも、必ずこの階段ホールへと戻ってきてしまう。
「ど、どういうこと……? どうして絶対ここに来ちゃうの!?」
「何かされているのは確かなようです。ここに誘導されるよう、地形が変化しているのでしょうか」
「ブブー! ざんねーん! 地形が変わった? 違う違う。お嬢ちゃんたちがここに通じる道を自ら選んでるんだぜ?」
グースは階段に腰かけたまま、手に持った羽ペンで二人を指し示す。
「私たちが、自ら……?」
「あり得ません。私たちは間違いなく、全て違う道を通ってきました。ましてや自らこの場に戻ってくるなど」
グースの言葉に、サラは不安そうな目で、フロワは敵意を隠さない目で返答した。
自らこのホールに戻ってきている、とは一体どういうことなのか。二人には同じ道を通った覚えはない。そしてその全てが全く違う方向に向かっていた。
仮にこのホールに通じる道が複数あるとしても、正反対の方向へ向かってここへ戻ってくるのは説明がつかないのだ。
「違う道を、ねぇ……よっと」
グースはにやにやとした顔で階段から立ち上がり、二人の元へ少しずつ歩き出す。
「人の"記憶"ってのはさ……当てにならなねぇもんだ。だが人ってのはその"記憶"を頼りに行動を決定しちまう。自分の"記憶"は間違いないんだって信じて疑わない。それが事実とどれだけ異なっててもな」
「何が……言いたいのですか」
「君らは自分の"記憶"を頼りに道を選んだ。今までにどの道を通ったのか……その"記憶"を頼りに道を選んだ。そうだろう? メイドの嬢ちゃん。いや、答えなくていい。答えは確実に『イエス』だからな。そうして何度も違う道を通って、それでもこの場所に戻ってきてしまった。と、君らはそう思っている」
だが、実際は違う。と挟んでグースは続ける。
「君らはずっと同じ道を通ってきてたんだよ。君らがすでに通ったと"記憶"していた道はぜーんぶ通ったことのない道。逆に通ったことのないと"記憶"していたのは全部通ったことのある道。君らは間違った"記憶"を頼りに同じ道を選び続けて、そしてこの場に戻ってきていた……そうなるように、俺が記憶を書き換えた」
「――!?」
「記憶の……書き換え!?」
グースが口にしたのは、恐るべき"力"だった。
"機関"はグースの能力を記憶の"消去"だと予測していたが、違ったのだ。実際はそれよりももっと恐ろしい能力……記憶の"改ざん"。
サラが覚えている限り、記憶を書き換える魔法そのものは黒属性魔法に存在していた――以前ステレオンギルドからの刺客を相手にイブリスが使っていた――はずだが、この能力はその魔法など比較にはならない。
魔法を使われた様子などない。それどころか、サラたちは触れられてすらいないのだ。
記憶を書き換えられたことに気づけない。自分の記憶全てを疑わなければいけない。余りにも強力な力だ。
「さて……二度目になるが改めて自己紹介だ」
グース・ペンネが本を開き、羽ペンを構える。
「グース・ペンネ。能力は記憶の改ざん。悪いがここは通さねぇし、逃がしもしねぇよ」





