-Quartet- Ruf The Rokh その3
「†汝に残されしは我が道のみ†」
未だ炎が立ち上る地下室。イブリスに、黒い氷の剣を構えたルフが迫っていく。剣と逆の手に握られた鍵束が、一歩一歩歩くたびに音を立てている。
銃も、魔法も。イブリスの持つあらゆる攻撃手段が封じられてしまった。銃口をルフへ向けても、自分へ向けても、最早意味はない。どれだけ抵抗しようとしても、引き金は絶対に動きはしない。
「ぐっ……このっ!」
このままみすみすとやられるわけにもいかない。イブリスは自分の脚に刺さっている氷の矢を引き抜く。
走る激痛。傷口は相応に深く、出血も酷いがイブリスはそれらに耐えつつ、ルフへ投げつけた。
「†無駄。『獄炎よ、黒き氷塊を消し去れ』†」
しかし、投げた氷は即座に黒い炎に包まれ、蒸発して消えてしまった。
……だが、一応攻撃することはできた。
恐らくルフの能力では『攻撃』などと言った抽象的な行為は封じることはできない。わざわざ武器攻撃と魔法攻撃を分けて封じていることからもそれは明白だ。『武器を使った攻撃』、『魔法を使った攻撃』。具体的な"手段"の指定が必要なのだ。
まだ、攻撃そのものはできる。問題はその手段が無いことなのだが……
「っ! 止まれ!」
「†『氷塊は我が盾となりて』†」
イブリスへと迫るルフにルツァリが風の刃を飛ばすが、黒い氷の壁が現れ、それを阻んだ。当のルフは殆ど気にする様子もなく、着々とイブリスとの距離を縮めている。
足の傷の痛みはまだ引かず、イブリスは動けそうにもない。
「こうなれば……!」
「ルツァリ、よせ!」
たまらずルフの元へと駆け出したルツァリを、イブリスが止めようと叫ぶ。
だがルツァリは止まらない。ルフとルツァリの間に氷の壁が幾重にも現れるが、それを次々と風の刃で破壊していく。
そして全ての壁を破壊し、ルフへの道が開けた瞬間、ルツァリは手に持つ剣を思いきり……投げた。
「――! そうか! これなら剣を使っていても……!」
もし、ルツァリに課せられた制約が『剣を振るうことによる攻撃』ならば。剣を、振るって攻撃することのみを制限していたのならば。
剣を他の方法で使った攻撃は可能と言うことだ。
投げられた剣は宙を裂きながらルフへと真っ直ぐに向かって行く。
そして勢いを失わないまま――ルフの頭の紙一重のところを通りすぎていった。
「†無意味……汝、制約から逃れる事叶わず†」
「ふっ……そう、だろうな……」
やはり、『鍵』による制約は強固なものであった。剣によるあらゆる攻撃は封じられていたのだ。
ルツァリが剣を投げることができたのは、狙いが外れていたからこそ。最初から、"攻撃"にすらなっていなかったのである。
「†ふん……屍と化せ、風を駆る騎士よ†」
ルフは狙いをイブリスからルツァリへと変えた。
ルフにとって、イブリスは今や何の脅威でも無い。銃も打てず、魔法も放てず、そして足の怪我で満足に動くこともできないのだから。
しかしルツァリは未だ魔法という攻撃手段を持っている。ならばそちらから排除するべきだ……それがルフの判断であった。
「はは……こっちへ来てくれたな。イブリスはもういいのか?」
「†"結果"は唯一つ。汝、先に滅ぶか後に滅ぶか。其の過程が変化するだけの事。『天の怒りが森羅万象を焼き尽くす』†」
ルツァリの元へ、幾つもの黒い火球が降り注いだ。火の手が更に激しいものになる。
ルツァリはそれを華麗な身のこなしで次々と避けながら、風の刃で応戦。剣を捨てた分、身軽になっているのである。
「†……っ!†」
「格好を付けているところ悪いが……その"結果"は違うな。私たちはお前を倒し、二人とも無事で先に進む。そしてラディス様を救い出して全員で帰るんだ。それがこの戦いの"結果"だ!」
「†黙れ†」
「ぐぅっ……!?」
ルフが手を振りかざすとそちらからも火球が飛び出した。
とてつもない速さのその火球はルツァリへと直撃すると、小規模の爆発を起こした。ルツァリは衝撃で倒れ、ルフが即刻駆けよって喉元に氷の剣を突き付ける。
「†万事休す……滅びよ†」
「――それは、どうかな」
その刃がルツァリの喉を突き刺そうかという、その瞬間。
「後ろががら空きだ……気を抜きすぎちゃあいないか? ルフ・ザ・ロック!」
「†――!?†」
ルフの右脚に、痛みが走った。
「滅茶苦茶、痛いが……どうにか動けた。そしてやはり! これなら問題なく攻撃できるようだな……!」
――イブリスの攻撃である。
ルツァリとの戦いの最中、ゆっくりとルフへと迫っていたのだ。
足の傷口からの出血も顧みず、その激痛に耐えて、足を引きずり……そして、ルツァリの剣を手にしながら。
そして斬りつけたのだ……隙だらけのルフの脚を。
『銃での攻撃』ができないのならば、『剣での攻撃』をすればいい。至極単純で、簡単な解。ルツァリは無計画に剣を投げたのではなく、イブリスに渡すために剣を投げていたのである。
「†っ……!†」
「形成、逆転だ……っ!」
脚を攻撃されたことによりバランスを崩し倒れたルフを、剣を置いたイブリスが馬乗りになって取り押さえる。
「ルツァリ! 俺を撃て!」
「えっ――!? イブリス、魔法はまだ!」
「良いから早く撃て!」
ルフは新しく氷のダガーを手に持ち、イブリスを突き刺そうとしている。
イブリスはそれを片手で押さえながら、もう片方の手で自分の銃を投げ渡した。
「†『弾けよ、地獄の――!†」
「撃てぇぇぇ!!」
「……っ!」
ルフが爆発を起こそうとした瞬間、ルツァリは銃の引き金を引いた。照準を、イブリスへ向けて。
響く銃声。放たれた弾丸は狙い正確に、イブリスの頭を貫いた。
「思ったのさ……俺は魔法は封じられてないんじゃあないかってな……魔法を発動できなかったんじゃなくて、引き金が動かなかったんだからな。俺の"第二の制約"は魔法の発動なんかじゃあない。自分自身へ向かってトリガーを引くことだったんだ」
イブリスの頭を貫いた弾丸は、黒いオーラとなり。
「ビンゴだ。ルツァリ、巻き込まれるなよ! "flooD"!」
そして、弾けた。
地下室を、黒い怨霊のようなものが覆いつくす。"それ"は渦巻くように縦横無尽に飛び回ると、次々とルフへと襲い掛かった。
「†あぐっ……!†」
たまらず上げられる苦痛の声。ルフの体を怨霊が蝕んでいく。鍵束も怨霊により破壊された。
「ルツァリ、銃を!」
「ああ……!」
二人を縛っていた『鍵』が破壊されたのだ、これで制約からも解放された。
ルツァリは自分の剣を回収しつつ、怨霊の間をかいくぐってイブリスへ銃を渡す。
「†戦略的撤退……!†」
「ぬおっ……!」
一方のルフもただでは終わらなかった。武器の受け渡しの隙を突いて改めて爆発を起こし、イブリスの拘束から脱出。そのまま退避しようとする。
「そう簡単に逃がすかよ……! "invasioN"!」
「†っ! 黒き霧よ……!†」
イブリスは逃げるルフを左手で指し示し、その手を通して銃を発射。魔法を発動した。
最早避ける余裕もないか、それはあっさりとルフに直撃した。だがその直後に黒い霧がルフの体を包み込み、ルフごと消え去ってしまう。
「待て! どこへ行った……!」
「無駄だルツァリ……"miragE"を使われた。もう探せない」
"miragE"の隠蔽効果は絶対だ。気配はおろか、足音すらも聞き取ることはできなくなる。こうなってしまうと、イブリスたちにルフを追う手段はない。
「心配するな、"invasioN"を仕込んだ……毒みたいなもんだ。無理に追わなくてもいいさ。っつつ……」
「! 大丈夫か!? 待っててくれ、今応急処置をする」
足の傷の痛みにもだえるイブリスにルツァリが駆け寄る。ルツァリは布を一枚取り出して、イブリスの傷口に巻いた。
「これで止血くらいはできるだろう。ただ、今はこれ以上は……」
「いや、十分だ。それよりも……」
イブリスは部屋の中を見渡す。
ルフは去ったが、黒い炎は未だ消えることなく燃え続けているのだ。二人が通ってきた地上への道も、奥へ進む道も、ほぼ火の手が回っている。
越えられないほどではない……だが、それはあくまで通常の状態だったらの話。ルツァリは兎も角、足を怪我した今のイブリスには難しいだろう。
「……今は、この状況をどうするかだな」
火に囲まれた部屋の隅で、イブリスは途方に暮れて呟いた。





