-Quartet- Ruf The Rokh その2
「ルツァリ……さっき異常は感じないと言っていたが」
「どうやら制限されたらしいな。何かの行動を……」
ルフの手に握られたリング。そこにかかったルツァリの『鍵』。それがルツァリの行動を制限する『鍵』であることは、容易に想像できた。
何を制限されたのか、今のところそこまでは予測がつかない。剣を一振りしてみるが、特に問題は無さそうだ。
だが――だからこそ、それが怖い。
何を封じられたかわからないこの状況では、そう簡単に攻撃を仕掛けられないのだ。いざ攻撃しようとした時に攻撃ができなかったら即座に窮地に陥るのだから。
「†動かぬ者は何も得ず†」
ルフは挑発的な言葉と共に右手の人差し指で鍵をクルクルと回している。動かぬ者は何も得ず……『攻撃を仕掛けなければ、何もわからないぞ』と。
だがイブリスとルツァリは動かない。蝋燭の火が揺れる地下空間に、チャリン、という鍵の音が響くばかりだ。
当然である。いざ攻撃を仕掛けたときに動けなかったら……その時点で、こちらの不利は確実なのだから。
「――くっ!」
しかし動かないわけにもいかない。今度はイブリスが攻撃を仕掛けた。
ルフへ向けて銃を撃ちながら、走って距離を詰めていく。
初手に魔法を使ってしまってはだめだ。また吸収されてしまう。だが、銀の銃弾による攻撃なら吸収はできず、一発当たるだけでも悪魔であるルフには効果的なダメージを与えることができる。牽制としては十分すぎるほどだ。
「†神聖なる弾丸……†」
ルフからしてもそれは脅威である。一発、二発。弾丸それぞれをしっかりと視認し、確実に回避する。
だが、この状況はルフにとっての脅威と同時に好機でもある。接近戦となれば、イブリスにも『鍵』を叩き込むチャンスなのだ。
狙うはカウンターである。
三発、四発。
「†最後の砲声†」
――五発。
「――!」
「†弾倉に残るは虚無。汝、最早脅威に非ず†」
最初にルフへ魔法を放った時を含め、イブリスが放った弾丸はこれで合計六発……弾切れである。ルフは攻撃手段を失ったイブリスへ、急激に接近する。
「油断したな?」
「†――!†」
その瞬間、イブリスは身を翻した。身に着けているマントが、ルフの視界を奪う。
確実に攻撃を決めようとしていたルフが怯んだその一瞬。イブリスは即座に弾丸を装填した。ただし、一発だけ。
全弾装填するためにはそれなりの時間が必要だ。しかし、一発なら。一発だけならば、この一瞬の隙でも十分。
「……"chasE"!」
マントが視界から消えた瞬間、イブリスの魔法が放たれた。銃弾が黒いオーラとなり、ルフへ襲いかかる。この至近距離であれば"absorptioN"の発動は間に合わないはずだ。
「†っ! 回避……っ!†」
ルフは少し焦りの表情を見せつつも身体をひねらせ、それを紙一重で回避する。長髪の先端が、少しばかり黒いオーラに飲み込まれた。
惜しくも避けられてしまったが、これで終わりではない。"chasE"は消滅するまで敵を追い続ける魔法なのだから。
黒いオーラはUターンし、再びルフへ向かって迫っていく。
「†"absorptioN"!†」
流石にある程度の余裕ができたか、今度は戻ってきた魔法を吸収されてしまった。
これで正真正銘の弾切れ。一見すれば、攻撃は失敗である。
――だが、違う。
「感謝するぞ、イブリス――!」
そもそもイブリスの目的は、攻撃ではなかったのだ。
イブリスが戦っている間に、ルツァリがルフへと接近していた。今のイブリスの魔法により、ルフに生じた大きな隙。その隙をついて、ルツァリが攻撃を仕掛ける。
イブリスの攻撃の目的はルフへのダメージではなく、ルツァリへの繋ぎだったのである。
「捉えた……!」
ルツァリは"absorptioN"の霧を突き抜け、ルフの懐へと潜り込む。
そしてそのまま、思い切り振りかざした剣を――
「――!? え、"Emerald Blade"!」
――振りぬくことはなかった。ルツァリは何故か一瞬怯み、攻撃方法を魔法に切り替えたのだ。
風の刃、かまいたちを巻き起こす魔法。ルツァリが剣の攻撃の追撃としてよく用いる魔法だ。
「†っ……!†」
咄嗟の切り替えとはいえ、隙をついたことに変わりはない。ルフは風の刃を回避できず、体中に次々と切り傷が刻まれていく。
「よし……! "fanG"!」
「†ッ!†」
この間にイブリスのリロードも完了。かまいたちに怯むルフへと、再び魔法を放った。黒いオーラが牙となり、ルフの脇腹を掠める。
脇腹にはえぐれたような大きな傷がつき、赤い血が流れ出る。
「はっ……大打撃だな?」
「†『爆ぜよ、漆黒の火種』†」
「ぐっ……!?」
更なる追撃を加えようとしたイブリスだが、突如起こった爆発により、後方に吹き飛ばされてしまう。
黒い爆炎を伴った爆発。ルフの手によるものである。
小規模とはいえ、その爆発を至近距離で受けたのである。その勢いはイブリスを壁へたたきつけるのには充分であった。
「う、ぐっ……!」
壁にたたきつけられたイブリスはそのまま地面に倒れ、苦しそうな声を上げている。
「イブリスッ!」
「†『焼き尽くせ、煉獄の黒炎』†」
倒れるイブリスへと、ルツァリが駆け寄った。
その間にも攻撃の手は緩まない。黒い炎が上がり、二人の元へどんどん迫っていく。
「"Emerald Wind"……!」
ルツァリはそれに対し、魔法で風を起こして対抗した。向けられた風は、こちらへ迫ってくる黒炎を押し返している。
消火はできそうにないが、これでしばらくは持つだろう。ルツァリは未だ倒れ、苦しむイブリスの様子を見る。
「大丈夫か、イブリス?」
「ダメージのほうは、問題ない……ぐっ、だ、だが……」
イブリスは、自分の腕と視線を送る。
「――! これは!」
「どうやら……さっき近づいたときにやられていたらしいな」
――その腕には、既にルフの『鍵』があった。
一体化もほぼ完了している。イブリスとルツァリ、二人が確信すると、『鍵』はすぐに消え去った。
「†黒の魔術師、第一の制約†」
黒い炎の向こうからルフの声が聞こえる。手に持たれたリングには鍵が一本増えているようだ。
「まいったね、俺もか。更に動きにくくなっちまったな」
イブリスはため息交じりに呟きながら立ち上がった。痛みはまだあるが、致命的なものではない。
「ルツァリ」
「ああ、私の"制約"の正体は分かった……これだ」
ルツァリはイブリスの目の前に剣をかかげて見せた。
「――剣か。なるほど、それでさっきわざわざ魔法で攻撃したわけだ」
剣による攻撃、それがルツァリに課せられた"第一の制約"である。
素振りはできたことを考えると、あくまで制約は攻撃だけに限られるようだが。
「†騎士の刃……我には届かず†」
「余裕だな、ルフ・ザ・ロック……っ!」
イブリスは銃をルフへ向けるも、厳しい顔をして動きを止める。
引き金が引けないからだ。どれだけ引き金を引こうと思っても、かけている人差し指に力を入れても、引き金が引けない。まるで引き金そのものがガチガチに固定されているようだ。
「どうした、イブリス?」
「いい知らせなんだか、悪い知らせなんだか。俺の"制約"も分かったぞ……」
狙いをルフから逸らした瞬間に、弾丸が発射された。今までてこでも動かなかった引き金が、いとも簡単に動くようになったのだ。
『ルフを銃で撃つこと』。それがイブリスに課せられた制約だった。
「どうやら俺たち二人とも、魔法だけで戦わなきゃあいけなくなったらしいな」
イブリスは二発分、空いた弾倉に弾を込めなおしつつ、あたりを見回す。
ルツァリの放った風ももうやんだ。黒い炎は依然勢いを失わず、二人へじりじりと迫ってきている。
この場所から魔法を撃っても"absorptioN"で吸収されるだけだ。この炎の壁はどうにかして越えなければ。
「ルツァリ、この炎、どうにかできるか?」
「……火の手を弱めるくらいなら」
「十分だ、頼む!」
「よし……"Emerald Wind"!」
ルツァリが再び、魔法で風を巻き起こした。
先ほどと同じように、炎が押し返され、揺れる。
「――今だ!」
風により揺れる炎が、少しだけ小さくなったその瞬間。イブリスとルツァリが駆け出した。
そして黒炎の壁に接触する瞬間、思い切り地面を蹴って跳躍する。
炎を抑制するための風……魔法による突風が二人の追い風となって、二人の体を思い切り押した。
「†無意味†」
「"Emerald Wind"……!」
黒炎の壁を越えた二人に、ルフが迫る。
着地したばかりでまだ体勢を整えられていない今、近づかれては先手を取られるのは確実だ。ルツァリが再び突風を起こし、ルフを妨害しようと試みる。
「†『弾けよ、暗黒の炎』†」
だが、そう簡単にはいかない。
ルフは自分の後方で黒い爆発を発生させた。イブリスたちが風を利用したのと同じように、ルフも爆風を利用して自分の移動に大きな勢いをつけたのだ。
どうやら爆風のほうが勢いは強いらしい。ルフはルツァリの風を受けながらも、着実にイブリスたちへと迫る。
「"blasT"!」
だが体勢を整える時間は十分確保できた。イブリスは即座にルフへ魔法を放つ。
魔法を放つのにも(自分の体を通すとはいえ)ルフへ向かって銃を撃つ必要があるが、こちらは問題なく行えるようだ。
「†『凍てつけ、黒き魔術』†」
しかしイブリスの放った魔法は、ルフが呟いた瞬間に黒い氷に包まれて防がれてしまった。
「氷まで使うのかっ!」
「†『飛来せよ、冷酷なる矢』†」
「ぐっ……!」
これにより、狙いはイブリスへ。ルフの周囲に黒い氷の矢が現れ、イブリスへと飛来する。
「危ないっ! イブリスっ!」
「ぐぁっ……! このっ!」
ルツァリが魔法を使い、風で矢を数本吹き飛ばす。だが、一本は間に合わず、イブリスの足へと突き刺さった。
イブリスは怯みつつも、左手を通し、ルフへと再び魔法を放とうとした。が……
「――何?」
――引き金が、引けない。
ルフへ撃とうとした時と同じだ。引き金がガチガチに固まって、引けなくなっている。ついさっきは問題なく撃てたというのに。
……嫌な予感がする。イブリスは足に突き刺さった氷の矢を見た。
「これ、は……」
そこには、『鍵』が仕込まれていた。ルフは凍らせた『鍵』を飛ばしていたのだ。
『鍵』はひとりでに動いて氷の矢から抜け出し、イブリスの体と一体化している。
「――うああああ!?」
「†黒の魔術師……第二の制約†」
ルフの持つリングに、鍵がもう一つ、加わる。
イブリスの魔法が封じられた、決定的瞬間だった。
(´-`).。oO(明けましておめでとうございます……本年も応援していただけると嬉しいです)





