-Quartet- Ruf The Rokh その1
「動くなッ!」
イブリスはルフへと銃を向け、叫ぶ。
「お前……『カルテット』だな。ルフ・ザ・ロック。そうだろう」
目の前の男が『カルテット』の一人であると気づくのに、時間はかからなかった。黒ずくめに長髪、更に前髪で片目を隠すという特徴が、事前に資料で見たルフの特徴と合致していたからだ。
そしてなにより、男の額からは他の『カルテット』と同じように、歪な角が伸びていたのである。
「†肯定。我、白き巨鳥の名を冠す者†」
ルフは起伏のない口調でイブリスに返答する。
「まさかこちらの道に『カルテット』が居るとはね。いや、こちらだからこそか? それとも、正面玄関にも居るのか?」
「どう、だかな。だが他の『カルテット』が違う場所に居るって考えるのが自然だろう。ん? どうなんだ?」
「†沈黙。其の疑問に答えること、我にとって利益のない行為也†」
「……だろうな」
どうやら、何の情報も引き出せそうにないようだ。
だが十中八九、『カルテット』はこの屋敷中に配置されていることだろう。表をよく探さないと見つからなかったようなこの隠し通路にさえこの男が居るのだから。
仮にサラとフロワが"出会って"しまっていたとしたら……
最悪のシナリオが、イブリスの頭に浮かぶ。
「まあいい、質問に答える必要はない。代わりに今すぐそこをどいてもらおう」
「†拒否する。我、冷たき道の番人也†」
ルフはイブリスの要求を即答で突っぱね、もう一度自分の事を"番人"だと語る。
番人――その言葉が意味することは、決してここを通すことはないということ。何があろうと、この先に進ませるつもりはないということ。
「お前の答えなんて聞いてねぇよ! "blasT"!」
ならば手段は一つ。無理やりにでも通るのみである。
「†……! "absorpitoN"†」
イブリスが放った魔法を、ルフの前に現れた霧が吸収した。
やはりイーグル・アイと同じく、黒属性魔法を使ってくるか。タイミングを見極めなければ魔法は吸収されてしまうだけだ。
「†汝らの道、此処で終わる†」
ルフが着ているコートを広げる。
「――!」「……」
――ルフのコートの内側には何かがぶら下がっていた。
それは『鍵』だった。コートの内側を埋め尽くすほどの大量の『鍵』が、ジャラジャラとぶら下がっていたのだ。
「ルツァリ、奴の"能力"は行動の制限だったな?」
「ああ……。イブリス、あの『鍵』には気を付けろ」
イブリスは銃を向けたまま、ルツァリは剣を構えたまま、あえて動かずに様子を見る。
ルフは、鍵を一本取り出し、広げたコートを再び閉じた。取り出された鍵には何も書かれていない、金属製のプレートが付いている。
鍵は右手に。一方で左手には細い、金属のリングがいつの間にか握られていた。
「†我が手に握られしは、制約の鍵†」
――準備完了。
先に動いたのは、ルフだった。思い切り地面を蹴り、イブリスたちとの距離を詰めにかかる。手に持った鍵を、突き出しながら。
「させるものかっ! "Emerald Wind"!」
迂闊に近づかせるわけにはいかない。ルツァリからルフへ向かって、魔法による突風が吹いた。ルツァリの金色の髪が風に靡く。
「†……っ! "absorptioN"†」
「無駄だっ!」
進行方向からの急激な向かい風。前に進むこともできないような、とてつもなく強い風に、ルフは思わず怯んだ。"absorptioN"――魔法を吸収する霧は展開されるが、その霧は風を吸収することなく、ただの霧のように風に散らされるのみだ。
この"風"は"現象"だ。魔法によって引き起こされた、ただの"現象"である。魔法そのものではないのだ。
魔法はこの風の発生源のみであり、風はその源に引き起こされているに過ぎない。だから、この風は"absorptioN"では吸収できないのである。
「畳みかけさせてもらうっ!」
突風にルフが怯んだ隙を逃さず、今度はルツァリが地面を蹴った。剣を刺突の形で構え、ルフへと駆け寄る。
ルフに対する"向かい風"は、ルツァリにとっては"追い風"だ。風の勢いによるエネルギーは、そのままルツァリの攻撃の威力へと昇華される。風の力を借りた、強力な突きがルフを襲った。
「†回避……拘束†」
「っ!?」
だが、そう簡単には行かない。ルフは体を捻らせ、紙一重で突きをかわした。そして金属のリングを腕に通して手を開けると、その手でルツァリの剣を掴み、動きを封じたのである。
ルフの手からは血が出ているが、それはそれ程に強く剣を握っている証拠。実際、片手であるにも関わらずその拘束は非常に強力で、ルツァリがどれだけ引き抜こうとしても剣はびくともしない。
ルフの片手に握られた『鍵』が、ルツァリへ迫る。
「――! ルツァリ! 剣から手を放せっ!」
イブリスが叫ぶが、時すでに遅し。ルツァリの片腕に、ルフの『鍵』が突き刺さった。
「あぐぁ……!? あぁっ!」
突き刺さった場所からは出血する様子はない。『鍵』は身体に吸収されて、一体化していっているように見える。
だが、相応の苦痛は感じるようだ。『鍵』が一体化している間、ルツァリは苦悶の表情と声を浮かべている。
「ちぃっ!」
「†……†」
苦痛に身もだえするルツァリに代わって、イブリスが攻撃を仕掛けた。
銀の銃弾による銃撃。放たれた弾は真っすぐ正確にルフの元へと向かうが、既にルツァリの剣を放していたルフは後方に飛び、それを軽々と回避する。後方へ飛びのいたことで、ルツァリとの距離も離れた。
「大丈夫か、ルツァリ!」
「ああ……どうにか。イブリス、私は一体何をされたんだ……?」
「何か、変な感じはしないのか?」
「今のところは……だが、あの『鍵』は?」
イブリスは拘束から解放され、うずくまるルツァリへ駆け寄った。もう『鍵』の苦痛も感じないらしい。『鍵』は既に、ルツァリの腕から消えていたのだ。
「情けないな……気をつけろと言っておきながら、自分が先に攻撃を受けてしまうとは……」
ルツァリは反省の弁を述べながら立ち上がり、剣を構えなおす。ルフはコートの懐から追加の鍵を取り出した。
「†風を駆る女騎士……第一の制約†」
――ルフが持つリングには、知らぬ間に鍵が一つ、かかっていた。
"デイム・ファーリス・ルツァリ No.1"……ルツァリの名と番号が記された、プレートと共に。





