突撃、女騎士の家
「さあ、ついたぞ」
「え……つ、ついたぞって。こ、これ……!」
住宅街の一角。ルツァリさんに連れられてきたその"家"を見て、私は驚きの声を上げた。
……いや、目の前に建っているこれは、"家"というよりも、軽い"お屋敷"と言えるのではないだろうか。
流石に本当のお嬢様が住んでいるような大きなお屋敷よりは小さいけれど、2階建てで、それなりに広いお庭までついている。
「……確かに豪邸だなこりゃ」
唖然。
私もイブリスさんも、口を開けて目の前にそびえる豪邸をただただ見つめている。
「そ、そこまでの反応になるとは……」
「だから言ったではないですか、豪邸だと。それも、五本の指に入るほどの」
ルツァリさんが照れくさそうに頬を指で掻く。
フロワちゃんやイブリスさんの言うとおり、これは正に豪邸と言えるだろう。
ルツァリさんが部屋もあると言っていたけれど、寧ろ有り余っているレベルなのではないだろうか。
「こ、これ……ルツァリさん、家族で住んでるんですよね?」
そうだ、きっと家族も一緒に暮らしてるんだ。そうであってほしい。
「いや、両親は故郷だ。私自身、結婚もしていないから、家族と住んでいるわけではないな。本当は家族も呼ぶつもりでこの家を買ったんだが、『アヴェントまで行くのは遠い』と言われて断られてしまったよ」
そうであってほしかった。
でも、元々家族みんなで住むつもりだったのならこの大きさも理解できる。ルツァリさんも、一人でこの家を使うつもりはなかったのだろう。
「ところでフロワちゃん」
「はい」
「――どうしてずっと私の後ろに隠れてるの?」
私はフロワちゃんに――私の背中にしがみつくフロワちゃんに向かって言った。
この家についてから、ずっとこんな調子だ。表情や声の調子はいつも通り冷静なままだけれど、私にしがみつくその腕は小刻みに震えている。
明らかに何かを怖がっている様子。フロワちゃんがこんな姿を見せるなんて、いったい何があったんだろう?
「いえ、お気に為さらず」
「いやいや、気にするよ。どう見ても様子がおかしいもん。何かあるなら言ってみて?」
私は振り返ってフロワちゃんと向き合い、両手を握った。
「あ、あの……」
突然の行動に驚いたのか、フロワちゃんが顔を赤らめて私を見る。……すぐに目を反らされてしまったけれど。
手の震えは依然とまらない。私の心の中はもう心配でいっぱいだ。
「ははは、フロワは彼女が苦手だからな」
「彼女?」
フロワちゃんの手がピクリと動いた。ルツァリさんの言う、その"彼女"が、フロワちゃんが怖がっている理由なのかな?
と、いうか、もしかしてこの家、ルツァリさん以外にも住んでいる人が居る?
「なんでもいいが、いつまでここで立ち話をするつもりだ?」
「イブリスの言うとおりだな。ここは冷える、そろそろあがると良い。フロワ、大丈夫だね? 心配するな、彼女には私から自重するように言いつけておくから」
「……はい」
返事をするフロワちゃんの声は明らかに小さかった。
やっぱり、この家にはルツァリさん以外の誰かが居る。フロワちゃんが怖がる誰かが。
「る、ルツァリさん、なんだか私まで不安になってきたんですけど……」
「大丈夫大丈夫。何かあった時は私が守るから」
そうか、なら安心――じゃない! この人、何かあること前提で話してる! 何かって何!?
「い、イブリスさぁん……」
「はいはい、そんな顔するんじゃない……フロワも。ルツァリのやつ、わざわざ不安をあおるようなこと言って、何のつもりだ?」
イブリスさんになだめられる私たちもお構いなしに、ルツァリさんの手で家の扉が開かれた。
――家の中には明かりがついている。
私たちの間に走る、謎の緊張感。家から漏れ出す光の中に、じっくりと目を凝らす。
「――あら、お嬢様。お帰りなさいませ~」
……現れたのは一人のメイドさんだった。
なんだかふわふわした人だ、というのが、私から見た第一印象。
栗色の、ふんわりとしたロングヘアー……という見た目によるところが大きいのだけれど、それ以上にのんびりとした話し方が印象強かったのだ。
「お嬢様とは呼ぶな。何度言わせるつもりだ? 私は貴族でもなんでもないんだから……」
「まあまあ、それよりお嬢様。今日は、お帰りにならないのではなかったのですか?」
「その予定だったんだが、急遽同行している皆をうちに招くことになってな」
「あら、そうなんですか?」
メイドさんがルツァリさんの後ろに控える私たちに気づいたようだ。
「あらあら~、可愛い女の子だこと~!」
……私を見るやいなや、メイドさんはこちらへ駆け寄ってきた。
「私、リリー。リリー・ロセウス。お嬢ちゃん、名前は?」
メイドさん改めリリーさんは、少しだけしゃがんで私と目線をあわせ、自己紹介をしてくれる。
その目元は変わらずふわふわとした雰囲気を保ちながらも、どこか輝いているように見えた。
「さ、サラ・ミディアムスです。よろしくお願いします」
「うふふ、そっか、君がお嬢様の言ってた子なのね~。うん、こちらこそよろしくね。んー、可愛いわね~」
「り、リリーさん、それはちょっと恥ずかしいです……」
リリーさんは私の頭を優しく撫でてくれる。悪い気はしないのだけれど、恥ずかしさは大きい。
と、言うか……なんだか凄く子供扱いされていないだろうか。いや、確かに私はまだ14だから子供ではあるんだけど、それにしても扱いがとても幼い子供に触れるような感じがする。
「……イブリス。イブリス・コントラクターだ」
タイミングを見てイブリスさんが自己紹介を挟む。
どうやら私の話が伝わっていたみたいだし、イブリスさんは――良くも悪くも――私以上に有名な人だから、自己紹介はなくても誰だか知られていそうだけれど……
それでも社交辞令は大事。リリーさんが名乗ってくれたんだから、名乗り返すのが礼儀というもの。
乱暴な言葉使いが多くても、イブリスさんはその辺はキッチリしている。
「え、ああ、はい。よろしくお願いします」
……あれ、なんだか投げやりな感じが。気のせいかな……?
「……よろしく頼む」
イブリスさんもどこか心に引っかかったような顔で返事をした。
「あれ? そういえばフロワちゃんは?」
リリーさんに頭をわしゃわしゃと撫で回されつつ、私は辺りを見回す。
そういえば、私にしがみついていたはずのフロワちゃんがいつの間にかどこにも居ない。
「あら~? フロワちゃんも来てるの?」
「はい。でも見当たらなくて……ルツァリさん、もしかしてあの子、先に上がっちゃいましたか?」
「いや、家の中には入っていないぞ」
家の入り口にずっと立っているルツァリさんがそう言うのなら、間違いないだろう。
フロワちゃんは確かに超人的な身体能力を持っているけれど、流石にこの状況でルツァリさんに気づかれずに家に入るのは無理がある。
と、なればまだこの辺りにいるはずなんだけど……
「あれじゃないのか? というか、あれだろ」
イブリスさんが、私の後方を指差して言った。
振り返ってみると……そこには、大きな盾があった。持っている人は盾に隠れてしまって、こちらからは見えない。
――いや、見えなくたって誰が盾の向こう側にいるかはわかっているんだけれど。
「……あれ、ですね。フロワちゃん、一体どうし……すいませんちょっと止めてもらっていいですかリリーさん」
ずっと私の頭をかき回しているリリーさんを振り払って、何故か盾に隠れてしまったフロワちゃんの下へ駆け寄る。
夜の暗闇の中にそびえる盾。どことなく異常で、シュールな光景だ。
私は魔力を固めた光の球で辺りを照らしつつ、盾の裏側に回りこんだ。
「フロワちゃん、一体どうしたの?」
果たして彼女はそこに居た。盾を持ったまま、その場にうずくまっている。そこまでして身を隠したいんだ……
「フロワちゃーん?」
「サラさん、お気になさらず。わた……フロワという人物はここには居ません、これは野生の盾です」
「いや、無理があるよフロワちゃん」
返事がなかったのでもう一度呼びかけてみると、なんだか支離滅裂な返答が帰ってきた。野生の盾ってなに。
表情は相変わらず冷静だけれど、手の震えが見るだけで分かるレベルで悪化している。
どうにもフロワちゃんの様子がおかしい。もしかして、体調が悪いんじゃ……
「ふふふ、どうしたのフロワちゃん? 久しぶりにその顔見せて?」
「きゃっ!?」
「――!」
いつの間にか、私の背後にリリーさんが居た。
暗闇で、光源はほとんど私が出している光の球だけという中、突然現れるんだから軽い恐怖体験だ。私が驚くと同時に、フロワちゃんは盾を持って私……というかリリーさんから大きく距離を取る。
まるで戦闘中のような身のこなし。盾の向こうから様子を伺うフロワちゃんの表情は、明らかな警戒の色を見せている。
なるほど、フロワちゃんが苦手だと言ってる"彼女"って、リリーさんのことか……
「サラさん、すぐに離れてください。危険です」
「え? は、離れるって……リリーさんから?」
「あらあら、随分嫌われちゃってるみたいね~?」
リリーさんはまた私の頭をなで始める。
この人がそんな危ない人には思えないんだけれど、フロワちゃん、一体リリーさんとの間に何が?
「リリー。曲がりなりにも客人だ、自重しておけ」
「うーん、今回の場合はフロワちゃんが露骨に私のことを避けてるだけだと思うんですけど」
「その原因はお前だろうに……」
ルツァリさんが呆れた声を出す。やっぱり過去に、フロワちゃんとリリーさんの間に何かあったらしい。
「さあ、とにかく上がってくれ。食事の準備をしよう」
「……お、おじゃまします」
なんだか漠然とした不安を抱きながら、私たちはルツァリさんの家へと上がった。





