メイドの秘密
「はーい、準備できましたよ~」
「わぁ……!」
私は机の上に並べられた料理の数々を見て、思わず声を漏らした。
お肉に、お魚。そして野菜。なんだってある。どれも見るだけで美味しいとわかる出来栄えだ。
「こ、これ、全部リリーさんが?」
「ふふふ、勿論よ」
リリーさんは自慢げな表情で私の問いに返事をする。
何を隠そう、ここに並んでいる料理は全てリリーさんが作ったのだ。私も手伝おうかと思ったのだけれど、リリーさんが「気持ちは嬉しいけれど、私だけで十分よ~」と言って断られてしまった。
リリーさん一人だけでこれほどの料理を用意したのだから、本当に私の手伝いなんかいらなかったようだけれど。
――ちなみにこんな時に真っ先に名乗りを上げそうなフロワちゃんは一切手伝いの提案をしなかった。というか相変わらず、リリーさんからは距離をとっている。
本当に、リリーさんとフロワちゃんの間に何が……?
「じゃあ、料理も出揃ったようだし……早速乾杯といこうか。イブリス、酒は飲める?」
「……そうだな、折角だし、いただこうか」
隣ではイブリスさんがルツァリさんからワインを淹れてもらっている。
「ふふ、じゃあサラちゃんとフロワちゃんにはジュースですね~」
勿論、私たちはまだお酒を飲めないので、リリーさんがジュースを用意してくれる。
「……お待ちください」
と、ジュースがコップに注がれようとしたところで、フロワちゃんがストップをかけた。
「私とサラさんの分は……私がお注ぎします」
フロワちゃんはそう言って、リリーさんが持っているものとは違う、卓に置かれたジュースを手に取った。
「あら、別に気をつかわなくてもいいのよ? 私がやるから~」
「いえ、私が。リリー様には前科がありますので」
「前……科?」
フロワちゃんは問答無用で私のコップにジュースを注いでくれる。続いて、自分のコップにも同じジュースを注いだ。
リリーさんは少しだけむすっとした表情で、持っていたジュースの瓶を卓に戻す。
「とりあえず……飲み物は皆に行き渡ったようだな。ではイブリス、乾杯の音頭を頼む」
「……俺なのか?」
ルツァリさんからの、突然の無茶振り。イブリスさんはグラスを掲げながら、困惑した表情を浮かべる。
「パーティのリーダーは曲がりなりにも君だろう? 折角、こうして集まって食事をしているんだ。交流会という意味でも……パーティをまとめる人間に音頭をとってほしくてね」
「はぁ……まあ、いいだろう。あんまり気の利いたことは言えないぞ?」
「心配するな、こういうのは雰囲気が大切なのさ」
イブリスさんはやれやれと一言呟いて、改めてグラスを掲げる。
「じゃあ、まあ……新しい仲間も増えたって事で……食事の場も設けてくれたわけだし、後の戦いのためにも仲を深めるとしよう。こんなもんでいいか? じゃあ……乾杯!」
イブリスさんの音頭で、一斉にガラスのぶつかる音が鳴り響く。
どこか締まらない挨拶ではあるけれど、それはそれでイブリスさんらしいのかも。
私はジュースを少し飲んだ後、早速、目の前の食事に手をつける。もうお腹がペコペコだ。
「んー、美味しい!」
「ふふふ、喜んでくれて何よりだわ」
その豪華な見た目に違わず、味も格別。思わず頬を押さえて唸ってしまうほどだ。
「確かに……こりゃあ美味いな。こいつを一人でこしらえたのか……たいしたもんだ」
「はい、お褒めいただき光栄ですわ」
「……」
……やっぱり、イブリスさんに対してはなんだか態度が冷たいよね。
この街の冒険者たちのように、イブリスさんに偏見を持っているような感じではない。なんだかもっと……根本的なところから来る態度の冷たさを感じる。
「そういえば、まだちゃんとした紹介をしてなかったな……リリー、こっちへ来てくれ」
ルツァリさんは手招きをして、リリーさんを呼ぶ。リリーさんも素直にそれに従った。
ルツァリさんの隣へついたリリーさんは、私たちの方向へ向き直って、姿勢よく立つ。
「先程本人から自己紹介はあったが……彼女はリリー・ロセウス。私がこの家のメイドとして雇っている」
「ふふ、改めて、よろしくお願いしますね~」
リリーさんは笑顔で私たちに手を振る。
「ああ、誤解のないように言っておくが……こいつは私のことをことあるごとに"お嬢様"と呼ぶが、別に私は良い所の生まれではないからな。リリーが勝手に呼んでいるだけだ」
「ふふふ~、そっちのほうがメイドって感じが出るじゃないですか、お嬢様~」
「い、いきなりくっつくんじゃない……」
にやにやしながらルツァリさんに抱きつくリリーさん。
すぐに引き剥がされたけれど、本気で嫌がっているわけじゃない。どうやら二人の仲は良好なようだ。
「メイドまで雇っているたぁ……流石、金持ちなこった」
「ははは、そう嫌味なことを言わないでくれ。見てのとおり、この家は一人で住むには広すぎるからな。掃除も一人じゃ追いつかないから……どうしても手伝いが必要だったんだ」
「別に嫌味ってわけじゃあない。あえて言うなら安定した生活への妬みだな」
「イブリス様、あまり変わっていないような気がしますが」
「気にするな」
ルツァリさんの言うとおり、この家に一人で住むのはちょっと寂しすぎるかな。元々家族で住む予定だったのなら、不釣合いな広さになるのは仕方ないことだけれど。
「――さて、ところでリリー」
「……はい」
――突然、ルツァリさんのリリーさんを見る目が鋭くなった。場の空気が、途端に張り詰める。
訪れる静けさ。ルツァリさんの目は、先程までクエストで見せていた時よりも、威圧感を放っている。
リリーさんも体を強張らせてルツァリさんと目を合わせる。私ですら、ルツァリさんの雰囲気に押されて体が固まってしまうのだ、リリーさんの緊張感はとてつもないものだろう。
いきなりどうしたんだろう。つい今まで、ほのぼのとした雰囲気を保っていたのに。
「お前、あのジュースに……媚薬。仕込んだだろう?」
「……へ?」
「は?」
間抜けな声を上げたのは私とイブリスさんだ。
張り詰めていた場の空気が、一気にしぼんでいくような感覚に襲われる。
「あら~、ばれちゃいました?」
「お前の考えることは大体わかる。フロワにも前科があると言われていただろう」
リリーさんは悪びれもせずに、媚薬が入っているというジュースを手に取る。
……あれ、リリーさんが私たちに淹れてくれようとしたジュースだ。
「……おい、どういうことだルツァリ。まさかそのメイドが……サラちゃんたちに、媚薬を盛ろうとしたと?」
イブリスさんが震えた声で聞く。恐怖とか、そういう感情じゃない。"困惑"だ。困惑で声が震えている事が、私にはわかる。だって、私も困惑しているから。
「いや、すまない。本当に。リリーは家政婦としては優秀なんだが……ちょっと性癖が特殊で……」
性癖が、特殊?
……必要以上に私の頭をなでてきたことといい、媚薬を私たちに盛ろうとしたことといい、イブリスさんへの態度がやけに冷たいことといい……
も、もしかして、リリーさんって……
「もう……あと少しで、サラちゃんもフロワちゃんも"可愛がって"あげられたのに……」
「――!」
ま、間違いない……!
この人……そういうタイプの人だ!
「……は?」
イブリスさんが唖然としている。この人、家に来てから驚いてばかりだ。
いや、驚いているのは私もなのだけれど。もう少しで……その、私の、貞操が……
「ってちょっと待って!? フロワちゃん、さっき前科って……もしかして!」
「……言わないでください」
フロワちゃんが俯いて、元気の無い声を出す。
「以前、フロワがラディス様と一緒にうちへ来てくれたことがあるんだけれど……その時にも同じ事をやってね。当時のフロワは全く警戒していなかったから……」
ルツァリさんはその先の言葉を言わなかったけれど、フロワちゃんの様子から簡単に想像がつく。
――飲んでしまった、のだろう。当時のフロワちゃんは。
「ああ……心配ない、その後は未遂に終わった。食事の後、明らかにフロワの様子がおかしかったからな……私が見張っていたので、リリーが襲おうとしたところを取り押さえることができた」
うん、それってつまり、襲われかけはしたってことだよね。
……なるほど、それならフロワちゃんがリリーさんに苦手意識を持つのもおかしくない……というか、苦手を通り越して完全にトラウマでしょう、これは。
「リリー、あの時から散々言っていたよな? "やめろ"と。今日も自重しろと……言っておいたはずだが?」
「いやぁ~……サラちゃんがすごく可愛かったのと、フロワちゃんにリベンジしたくて……つい?」
その台詞を発してから、リリーさんが家の外に追い出されるまでに、30秒もかからなかった。
「うわぁぁぁ! お嬢様ぁ! い、入れてください! この時間の外は寒いです!」
「駄目だ、しばらくそこで反省していろ」
「す……凄い早業……!」
「流れるようだったな。ちくしょう、こんなので感心しちまう自分を殴ってやりたい……」
リリーさんを玄関に引っ張っていき、外に投げ出すまでの流れがあまりにも早すぎて、私とイブリスさんは思わず感動してしまった。イブリスさんに至っては頭を抱えるレベルで。
一方のフロワちゃんとルツァリさんは、玄関の外で泣き叫ぶリリーさんに冷たい目線を送っている。
で、でも……リリーさん、あのままで大丈夫なのかな……? リリーさんも言ってたように今の時間、外は冷えるし、風邪引いちゃうんじゃ……?
「あ、あ……で、でもお嬢様からのこの仕打ち……なんだか癖になりそう……」
あ、心配した私が馬鹿だった。この人、そういう属性も持ってるんだ。
「さ、食事に戻ろう」
「……あのままでいいのか?」
「鍵は開けてあるから、そのうち気づいて戻ってくるだろう。万が一気づかなくても食事の後に入れてやるさ」
「えっ?」
……そういえば、リリーさんを放り出した後、ルツァリさんが鍵をかけたところを見ていない。
ということは、今リリーさんは勝手に締め出されたと勘違いしているだけってこと?
「……ま、頭を冷やすいい機会だ」
ルツァリさんは冷静な目で、ガンガン叩かれる玄関の扉を一瞥した。
……今日のお泊り、どうやら色々と波乱がありそう。





