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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第4章『ヴァニパル戦線』
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(27)『戯れに神々を欺く愚者』

「次が来るので気を付けて下さいね、アルヴァレイさんっ」


 樹上に潜んでいたブラズヘルの兵士をその木ごと(身体能力のみで)薙ぎ倒して昏倒させたヘカテーは、すぐにヴィルアリアとルーナの護衛担当の俺に向かって警告を飛ばしてくる。

 ヘカテーの『不特定多数の周囲の心を覗く』能力は戦場では『周囲にいる意識生命体を探知できる』のと同義だ。しかし、強い相手――特に自分が何を考えているのかわからないくらい戦闘に集中しなければならないような敵を相手にする時はマトモに頼れないらしいが。

 しかし、ただでさえ人を超えた身体能力を持つヘカテーや、まして人知を離れた能力を体現するルシフェルを苦戦させるような敵はそうそういないだろう。


『何だかとても自己顕示欲の強そうな方の()()が頭の中にガンガン響いて……うぅ、最悪です……』


 ヘカテーの露骨に嫌そうな声がさりげなく頭の中に響いてくる。

 自己顕示欲……というと、オマケで自信過剰も付いてきそうな気がする――などと考えながら周囲を警戒していると、ヘカテー側の木の陰から唐突に大きな影が現れた。


「なんだ、コイツら……。こんなガキどもにやられてんのかよ、アホが!」


 頭の妙に角ばった髭面の大男は現れるなり周囲で気を失っている他の兵士たちを見てそう言うと、その後ヘカテー・俺・ヴィルアリア・ルーナと視線を泳がせると、ハンと鼻で笑って見せた。

 その肩には、2メートルほどの長さの大きな両刃剣が担がれている。その刃は、見るからに血糊に(まみ)れ、既に何人も手にかけてきたことがわかる。身に付けていた鈍い銀色の鎧には返り血らしい飛沫が跳ね、乾くことなく赤く染め上げていた。


「そんな体たらくでよく今まで生き残れたよなぁ。おめぇらみてえなガキどもが何でこんな戦場にいるかはしらねえが、この俺がお前らを殺してやるんだ、悪く思うな」


 勝手なことをベラベラと喋り続けていた大男はその両刃長剣を大きく振りかぶり、一番近くにいたヘカテーに斬りかかる。


「俺の名を憶えておけ、小娘! 俺の名はルオス! ルオス=グレイグスだッ!」


 大男の怒声じみた雄叫びが轟き、後ろからヴィルアリアの小さな悲鳴が聞こえる。

 しかし大男は、その選択自体が間違っていることに気付いていなかった。


「ぷっ……」


 その大男の姿に突然堪えきれない、といった様子でヘカテーが吹き出した。


「あぁん!?」


 人を小馬鹿にするように笑い、しかもそれを必死に堪えようとするフリをして相乗効果を狙っているらしいヘカテーに対して、斬りかかった出鼻を思いがけない形で(くじ)かれた大男はこめかみに青筋をビキビキと浮かべて睨み付けてくる。

 しかしヘカテーはその反応を意に介することもなく、くすくすと笑いながら、男の握っているその両刃剣を指差した。


「何ですか、その剣っ」


 血染めのためにかなりおどろおどろしい様相を呈している大剣を見て、よくそんな表情を作れるな――――と思ったが、今は下手に口を出すよりもむしろヘカテーに合わせておく方が後ろの2人を守る意味でもやり易くなると判断して薄い笑みを浮かべておく。

 内心の感情と別の表情を作るのは、基本的に感情を隠すのが苦手なリィラと感情を隠す気のない鬼塚との旅の中で、交渉の矢面に立たされやすくなって体得した技術だ。

 思えば、ある意味商人らしい才能が少しはあったという話だが。

 閑話休題(それはさておき)


「てめぇ……俺を侮辱する気かァ?」


 ヘカテーの笑い声と自身の怒りでどんどん理性が削られていく大男。

 しかしヘカテーはまったく動じることもなく、今ようやく大男の存在を再認識したかのような挙動を見せると、


「あ、ごめんなさいっ。つい笑っちゃった後に言うのもアレですけど、随分刃の表面に細かい傷が付いた剣を使ってるんですね。たぶん30000アウルムぐらいの、()()の剣ですよね、その()()()()

「俺の剣が、安物のナマクラだと……?」


 男の顔は怒りと屈辱で真っ赤に染まり、青筋はいまにもはちきれそうだった。


「えぇ、ですからそう言っています。業物でしたらある程度、振れば血糊も払えるはずですし、()()()()その剣欠けてますよね?」


 スーッと目を細め、冷たい視線を大男の剣に向けるヘカテー。


「て、てめぇぶっ殺してやる!」

「それ、さっきも聞きましたけど……」


 きょとんとした表情で大男に向かって首を傾げて見せるヘカテー。その華やかな容姿と自然な演技は称賛に値する。

 末どころか現在進行形で恐ろしい。


「どうも怒らせてしまったみたいです、アルヴァレイさん。どうしましょう?」


 大男に無防備な背中を(さら)して、こっちに向き直るヘカテー。余裕なのはわかったから前だけは向いててくれ。


「ッらあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!」


 大男が背後からヘカテーとの間合いを詰め、大きく振りかぶった上段構えから躊躇(ためら)いなくヘカテーに血塗られた両刃剣を振り下ろす――。

 その瞬間、ヘカテーの身体に巻き付き、腰から吊り下げられた黄金の鎖がジャラッと音を(かな)でて揺れ、白銀の髪がその動きに合わせて(なび)いた。


「構成抜刀『戯れに神々を欺く愚者フール・ジ・アポカリプス・ゲーム』」


 ヒュウッ――と風切り音を伴いながら、大男の剣が地面すれすれにまで達する。

 しかし、その剣はヘカテーに一筋の傷を付けることも叶わなかった。軽やかに、わずかに身体をズラしたヘカテーにギリギリのところで(かわ)されているのだ。

 次の瞬間、くるりとその場で回転しながら大男とすれ違うように交錯したヘカテーは、手にしていた()()を横薙ぎに振るった。

 白刃が、大男の腰を――――抜ける。

 男の背後にすり抜けたヘカテーはフッと短く息を吐くと、左手に縦に携えていた鞘にその芸術品と言えるほど透き通った光沢を放つ刀身を納める。

 その鞘口と(つば)がチンと短い音を綺麗に響かせると、それこそ抜き身の刀のような雰囲気を纏っていたヘカテーは、自然と閉じていた目をスッと開く。


「……()()()の斬れ味はどうでしたか?」


 ヘカテーは、斬られた瞬間からまるで時が止まっているかのように微動だにしない大男に後ろから声を投げ掛ける。

 そして、次の瞬間――――キンッ。

 何処か呆気ない、乾いた金属音が短く響いて大男の両刃剣の刃が根元で折れ、その先が地面に落ちて一回転してから止まる。

 武器に続くようにぐらりと前に傾いた大男は、ドスンと図体に見合う重い音を響かせてうつ伏せになって動かなくなった。

 しかし刀身が確実に通ったはずの箇所は血を見ることもなく、上半身と下半身が分かれることもない。ヴィルアリアとルーナの目隠しになるよう動いた甲斐もなく。


「ヘカテー、お前何したんだ……?」

「私、と言うよりは()()()()ですよ」


 鞘を引き、銀色の光沢を纏った刀身をわずかに覗かせたヘカテーは、それを俺に見えるように向き直ってきた。


「ティアラの『構成抜刀(ナンバリング)』は()()()()を作り出す能力(チカラ)。この刀、『戯れに神々を欺く愚者フール・ジ・アポカリプス・ゲーム』は人の身体ではなく、人が身体に纏ったモノを殺す刀なんです」


 ヘカテーがそう言った途端、大男が着けていた胴鎧がバキンッと真っ二つに割れ、そこから亀裂が広がっていくつかの破片に砕け散った。続いて、その下に着けていた革服も(はじ)け飛ぶ。

 目の毒だ。


「なるほど、身に着けてる物……か」


 倒れ伏す大男から、何気なくヘカテーに視線を移す。

 身に着けている物――。


『アルヴァレイさん、確かに服も効果の対象内ですけど、私には何を考えてるか全部筒抜けですからね……?』


 ――ごめんなさい、不可抗力です。

 ヘカテーのジト目がズキリと痛い。


 ――パチパチパチ。


「「ッ!?」」


 突然聞こえた戦場に不似合いな拍手の音に即座に反応し、ヘカテーは音のした方向を探るように周囲を見回す。

 しかし、周りに人影はなかった。


「この辺りには誰もいないはずですッ」


 ヘカテーがそう叫びながら、困惑の表情で俺に――ヴィルアリアとルーナの元に駆け寄ってくる。


貴女(あなた)、強いわね」


 くぐもったような、しかし妙に響く声が近くの木の陰から聞こえてくる。その声は女性の声だった。


「素晴らしい力だわ。その才能があれば大抵の人は下せるでしょうね」


 ことによると褒めているような台詞――だが、そこに褒めているような感情は見られない。


「でも、フフフ……手練れとは違うようだけど」


 微かな笑い声。


「姿を――」


 姿を見せなさい、とでも言おうとしたのだろうが、ヘカテーの言葉は途切れた。

 無理もない。

 ヘカテーが言い切る前にその声の主が姿を現したのだ。それもヘカテーの前方わずか数十センチのところ――――まさに至近距離に。ヘカテーが後ろに跳んで間合いをとろうとし、そして硬直した。今、ヘカテーと俺の後ろにはヴィルアリアとルーナがいる。下がれないのだ。

 まさに瞬間移動とでも言うのだろうか、高速移動では説明がつかないほどの極端な自然体で突然空間に現れたその人物の姿にはリィラに似た凛々しさを感じずにはいられなかった。

 簡素な装飾の金属とレザーの鎧を着て、その上に頭からローブのようなものを被っている背の高い女性だ。髪の色は見えないが、一挙手一投足を見ていると、神族のような印象を受ける――――が、神族かと言われればどこか違和感が残る。


貴女(あなた)、誰!?」


 ヘカテーの問いかけに対して、その女性がクスリと笑った、気がした。その女性の顔を見ることはできなかった。しかし、何となくそんな雰囲気を感じたのだった。


「私?」


 そう言って、その女性は自分を指差す――――黒い仮面で素顔を隠しているその顔を。

 そして、女性はふふふ……と含みように笑って言った。


「ブラズヘル側の雑兵の1人だと思ってもらっていいわ――――()()()

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