(23)『釘十字神流』(改稿済み)
宵闇黒乃視点です。
第三世界、特別遺失物取扱課行空支部――。
「くろの」
私――宵闇黒乃はちょうど執務室を出たところで後ろからかけられた声に気づいた。
その声の主は振り向かずともわかる。
何故ならその声は如何にも幼く大人しそうな、かつ少し自信なさげな女の子のものだったからに他ならない。特に私にとって、この声は聞き間違えようがなく、同時に聞き間違えてはいけない声だった。
このオフィスに入れる子供はそう多くはない。
例えば1人は聞いてるだけで苛立つ喋り方をする幼女を模した巨大な兵器格納庫。『戦々狂々』という二つ名を持つチェリー=ブライトバーク=鈴音。
例えば1人は“ですの”という口調が特徴的な、伝説上の海魔クラーケン。隠れた実力者ルーリャ=Ⅴ=ベイルクラーケ。
そしてこの声の持ち主は――――。
「どうかしたの? 神流」
振り返って腰を落とし、相手の目の高さに合わせる。声の主は釘十字神流。
いつも男勝りな話し方をする私でさえ、甘噛みするような声になってしまうのは彼女が幼い女の子だからだ。銀髪に綺麗な紫色の瞳、黒いゴスロリドレスに身を包んで、その腕の中に必ず小さな黒兎のぬいぐるみが抱えているあどけない姿だが、その本質は完全に人外だったりもする。
「ううん。見にきただけ……」
ふるふると首を振るその姿はどう見ても普通の女の子、その正体は呪われた釘。
幾度となく呪殺のためにしか用いられず、その結果、持ち主の身代わりに呪われてしまった。その呪いは、呪いを受けた他者の痛みを引き受けてしまう、というもので常に激痛を伴うため、特別遺失物取扱課で保護、呪いを軽減するため解呪を施したが呪いが強すぎるため管理下に置かれている。
「本当?」
人外でも珍しい紫色の瞳をまっすぐ覗き込み、母親が子供にするように目にかかる前髪を払ってそう問いかける。
実際、私は神流のことを我が子のように思っていた。
神流の過去は私の過去に似ているが、黒乃の過去は神流の過去ほど酷くはない。もしかしたらそれは感情なんて高尚なものではなく、呪われた物同士の共鳴のような反応なのかもしれないが、間違いなく私は、神流に対して今までに感じたことの無い何かを感じていた。これがいわゆる母性というものなのかもしれないが、人ではない自分にそんなものがあるのかどうか疑問にもなる。
少なくとも、自分よりもか弱い存在は守りたくなるというものだろう。
「うぅ? ん、あのね……」
「なあに?」
「チェリーちゃん……どこにいるの?」
おそるおそるという感じで、前髪の間からこっちの様子を窺うようにそう言った。
「チェリー? 今は仕事で出かけてるけど、チェリーがどうかしたの?」
「チェリーちゃんがいっしょにあそんでくれるって言ってたから……」
餌付けでもしようとしてるんじゃないかと心配になった。
お世辞にもあの危険人物ならぬ危険人格は、性格がいいとは言えない。むしろ悪い。最悪と言っていい。彼女はとある人物によって人為的に呪いを植えつけられた――正確には呪いを受けるような環境に人為的に置かれ、結果的にそれは発現した。具体的に言えば、元々戦争地域に立てられていた彼女を、大量殺戮の象徴に仕立て上げたのだ。
そういう意味では彼女も被害者であることに違いはないが、しかし彼女に生まれた人格そのものも確実に格別に外れ、歪んでいたのだった。
人化したチェリーはその人物、グリモアール=ペラペリペルによって魔改造を施され、そしてマトモとは思えない超性能を誇る格納庫になってしまっていた。狂気の科学者グリモワールは今は逮捕・服役しているが、チェリー自体は比較的協力的だったために取扱課に管理されている。とはいえ歪みきった性格はかなり問題なのだが。
そのチェリーが何故か神流と遊ぶ約束をしていたという。
何か裏があるとしか考えられなかった。
「チェリーは今衣笠を迎えに行ってるから、帰ってきてからね」
頭を撫でてやると、神流の表情は綻んだ。
この子の嬉しそうな顔を見ていると、私も胸の辺りが少し暖かくなるのだった。
「きぬがさってこよりちゃん?」
「そうだけど。もしかして私以外は全員ちゃん付けで呼んでるの?」
「う~う。くのうさんはくのうさん」
さすがにあの歳でちゃん付けは本人としても厳しいだろう、そんなことを思った瞬間、背中に激しい威圧感――――今だかつて感じてないほどの強大な殺気を感じ、思わず辺りを警戒する。
「う?」
きょとんとした顔で不思議そうに私の顔を見上げる神流。幼いだけあって何も感じていないのか、あるいはその殺気が私だけに向けられているのか。
理由に思い当たり、
「失礼しました。申し訳ない」
誰へとなくそう呟くと、肌でビリビリと感じていた緊張はすっとなくなった。
え? なに、なに? と首を傾げてきょろきょろと周りを見回す神流の様子に心をほんわかさせながら、神流を抱き上げた。
「はわっ」
突然の抱き上げられたのに驚いたのか、慌てた声をあげる神流。
その反動でバランスを崩しそうになるものの何とか体勢を立て直し、神流の姿勢を安定させる。
「チェリーに会いたい?」
私がそう訊ねると、1拍、2拍3拍4拍。結構長い間を開けて、神流はこくりと頷いた。その間に何を考えていたのか気になるが、神流を見ていると、些細なことはどうでもよくなってくる。
「どうする? 行こうか?」
本当は仕事が山積みだが、ちょうどあのバカどもがちゃんとやっているのか知りたかった所だ。
別に仕事を投げ出したかったからじゃない。衣笠紙縒の戦果は意外なことにすばらしく、彼女がいないと滞る書類もあるということだ。
それに過去に行くにも申請が要り、数々の審査をパスしなければ話を通すことすらできない。暇だから、なんて理由が通るべくもないが、結構面倒な作業になるのだ。
サボる気など毛頭無いが、サボりたいなら神流を遊園地にでも連れて行ってやる。
そろそろ少しだけ説明しておこう。
衣笠紙縒はあくまでも民間人だったが、第三世界においては珍しく魔術の才に秀でていたので今は民間協力者といった立ち位置にある。
現界。
時代ごとにそう呼ばれる世界はあったけれど、こと現在においては神界、魔界、人間界、竜界、機界、精霊界、天界の7つの世界が融合して出来た第3世界のことを指す。
最初に神界、魔界、人間界が融合し、次にその世界と竜界が融合、さらに機界、精霊界、天界が融合したことがわかっている。
これらの情報はある1人の女性からもたらされたものだ。
ロードと名乗った彼女は自らを『旧き理を背負う者』という存在だと公言し、曰く『旧き理』による超能力を行使して見せた。
真偽に関しての賛否両論を経て、その存在は断定された。
そして現在。
暦にして、1973年。
機界からもたらされた技術と理論を下敷きにした時間移動の技術が確立されたが、悪用を防ぐため、計画は凍結された。しかし、その技術の恩恵を受けられる組織として、先進国の一部に作られたのが、『特別遺失物取扱課』のような人知を超えた異形の存在『旧き理を背負う者』についての情報を管理、統制、及び保護、抹殺、研究などを一手に引き受ける特殊部署だ。当然、各国それぞれの名称はあるが。
私は日本の行空市でその執務官を勤めている。
かく言う私も人ではない。
私は元々、愛刀『闇桜』と双つでひとつの剣。つまり、双剣だ。
その名前は『桜花双刀』。
個体名がそれぞれ『宵闇黒乃』そして『闇桜影乃』という。もちろん、影乃の方も人の形をとることができるが、基本的に面倒くさがりなので、私が人、影乃が刀という形をとることが多い、というわけだ。
「行く」
少し悩んでから、神流は一言そう言った。
本当にチェリーの思い通りになついてるなと少し心配になるが、神流は私の前だと本当に楽しそうなのである程度は許すことにした。後はチェリーが何もしないように24時間ずっと監視をつけておくだけだ。
ちなみに過保護な親と同程度のやり口だが、本人はその事に気づいていなかった。もっとも、気づいたところで何かが変わるとは思えないが。
「今から申請してくるから、おとなしく待っててね」
「うん」
妙に心踊るのは、神流と一緒にいられるからだけではないだろう。




