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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第4章『ヴァニパル戦線』
74/121

(10)『ヘカテーの呪いと金の鎖』(改稿済み)

「アルヴァレイさん。あとどれくらいですか?」


 フラムを発って2日、思った以上に山道は険しく、繰り返される起伏と容赦ない直射日光に体力を削り取られ、俺・ヘカテー・ヴィルアリア・ルーナと4人は予定より大幅に遅れていた。

 ちなみにエリアルは1人だけ時間が早いとかで電光石火で行ってしまった。

 現在、午後6時過ぎ。

 集合時間の午前10時を考えると、既に8時間遅刻している。

 準備の1時間を(勝手に)差し引いても7時間。言い訳のしようもない。そもそも現地集合の時点で何処となく引っかかるものもあるのだが。

 さらに悪いことにはひとやすみのつもりがヴィルアリアとルーナが寝てしまい、起きそうになかった上起こすのも忍びなかったため、詳しくはどこかわからない山の中で強制的に野宿決定した。

 ずっと歩き通しだった俺は既に体力が限界を迎えていたため、半ば望んでいた嬉しい予想外だったが。

 ちなみにヘカテーはさすが人外、体力に関してはリィラ級だったが、一般人のヴィルアリアは体力が持つわけがなく途中からはルーナの背の上だ。


「ちょっといいですか、アルヴァレイさん」


 起こした火から少し離れたところに座っていたヘカテーが這うように近づいてきて声をかけてきた。


「ヘカテーは寝なくてもいいのか?」

「うん、あ、えっとまだ眠くないので……。それより時間も空いちゃったので、ちょうどいい機会だと思って。2人とも寝ちゃっているので」

「機会? いったい何の……?」

「私の……のことです……」


 ごまかしたような曖昧(あいまい)な言い方をしたものの、要するに今まで伸ばし伸ばしにしてきた呪いのことだろうと思ってうなずくと、ヘカテーは途端に悪戯(いたずら)っぽく笑った。


「うわっ!」


 突然、ヘカテーに押し倒された。

 ゴツゴツとした山肌を背中への痛みとして感じていると、俺の上に馬乗りになったヘカテーは舌なめずりをしたのが見えた。そこで気づいた――――これまでヘカテーが常に身に着けていた金の鎖がいつのまにかなくなっていることに。


「アルヴァレイさん……。『アルヴァレイ=クリスティアース。私に口付けしてください』」

「はぁ!? そ、そんなのできるわけが――!?」


 気がつくと既にヘカテーの顔が、眼前に迫っていた。

 (いな)

 気づかない内に俺は上体を起こし、ヘカテーの顔に自分の顔を近づけていたのだ。

 身体に力を入れている感覚はあっても力をこめている自覚がない。拘束もなく自在に動いているのに、身体の自由がきかなかった。まるで何かに動かされている人形のように。


「アルヴァレイさん……」


 雰囲気に流されるように静かに目を閉じるヘカテー。

 しかしその間にも俺の身体は勝手に動き、ますます近づいていく。


「ちょっ、待っ――」


 俺の言葉にヘカテーはすっと目を開けて、自分から顔を少し離した。そして、わざとらしく目を潤ませ、か細い声で静かに、


「私とじゃ……嫌、ですか……?」

「いや、そういうわけじゃな――」

「じゃあいいでしょう」


 再び態度をひっくり返し、何事もないかのように目元の雫を拭い取ったヘカテーが目を閉じる。

 依然として身体は言うことを聞かなかった。依然としてヘカテーの言うことに従っていた。抵抗する余地もあったものじゃない。最初からその選択肢が存在しないかのように、彼女の顔に自分の顔を、彼女の唇に自分の唇を近づけていく。

 息がかかるほどの距離に近づくと、それまでは余裕のあったヘカテーの頬が少しずつ紅潮していく。

 そして唇が触れ合う直前、ヘカテーは閉じていた瞼を開き、勢いよく身を引きつつ俺を突き飛ばした。


「はぁ……はぁ……」


 ヘカテーは右手で左胸を押さえてうつむく。

 その左手には背後の地面に置いてあったらしい金の鎖を握っていた。そして突き飛ばされた俺は地面にしりもちをついたまま、息を乱れさせるヘカテーの様子を見守る。


「これが……」


 ヘカテーは紅潮したまま、俺を見つめてくる。小刻みに震える手で金色の鎖を胸元に手繰り寄せて。


「これが私の呪われた能力なんです……。『奴隷人形師(スレイブ・ドールズ)』。名前を知った者を深層意識の思うままに()()()()()()。私がどんなに拒んでも、私がどんなに強く願っても、私の周りでは私の本心通りに動いてしまう……」

「名前……? それ、だけで……?」

「うん……」


 目を伏せ、悲しげにうつむくヘカテーはさらに続けて言葉を紡ぐ。


「私はずっとずっと前、『ラクスレルの人形師』って呼ばれていました……。ルシフェルがまだ私の中にいなかったぐらい昔の話ですけど、私も友達が欲しかったんです……。皆が向こうから近づいてきてくれたんです。たくさん遊んでくれました。話し相手にもなってくれました。それがずっと普通で、当たり前で、楽しかったんです。でも違いました……。全部、全部、全部全部全部!」


 抑えていた、否、抑えようとしていた感情が弾けるように、ヤケ気味のヘカテーの声が響く。


「相手は私のことを友達とは思ってなかった……。私が深層意識で友達が欲しいと思ったから、皆は操られてその通りにしただけだった……。私は……皆に離れるように言ったんです……。でも私の深層意識はその邪魔をした。本心からそう思っているつもりでも、本心は私を裏切った。私から離れる人はいなかったの……。だからね、どうしようもなくなって――――殺したの……」


 ヘカテーの頬を一筋の涙が流れる。

 溢れ出した感情が、涙となってこの世界に形をなし、地面に落ちて再び消える。


「……皆に自殺させたんです。死ねって言ったら、もしかしたら抵抗する人や嫌がる人もいるかもしれないって思ったんです。でも、それなのに……皆、私の目の前で……何の躊躇いも、なく……」


 喉が、胸が詰まるような思いを抱いた。

 まるで石を飲み込んだような感覚。ヘカテーの感情が余すところなく伝わってくる。

 はっきりと、強い感情が。まるで自分にも心を読める能力があるみたいだ。


「この鎖も最初からあった訳じゃないんです……。何百年前かは忘れちゃったんですが、ガダリアさんって言う人がくれたんです。この鎖があれば大丈夫だって、あの人が言ってたんです……」


 それきりヘカテーは黙り込んでしまった。

 気まずいわけではないが微妙な沈黙。そんな沈黙をとりあえず脱したくて、頭の中に突然浮かんだ疑問を何の考え無しに無謀にも口に出した。


「あれ? ヘカテーの本心の通りにってことは、今のって……」

「っ……!? な、なんでもないで――」


 ヘカテーの言葉がぴたりと止まった。

 途端、空気がピリッと震え、皮膚に痺れるような感覚が走った。


「アハッ♪ おいおい、アルヴァレイ=クリスティアース。ヘカテーに何してくれちゃってんのさ、殺すよ? 散々内容物まで全部ぶちまけてあげようか?」

「お前、ルシフェル……?」

「いつでも出られるってこと忘れないでよ、化け物」

「化け物はお前だろ……」

「よくわかってそうでよくわかんないこと言うね、アルヴァレイ=クリスティアース。まぁ今のお前なら()()()()()()()何も変わんないし、いいよいいよ~言わなかったことにしてあげるよ♪」


 相変わらず言うことから何まで自分勝手すぎて意味がわからない奴だ。


「何しに出てきたんだよ……」


 警戒を抜けないのもそのせいだ。


「警戒する必要はないよ、アルヴァレイ=クリスティアース。むしろもっと軽快に。どうせお前じゃ私には勝てないしね、きゃはは♪」

「はっきり言うなよ……」

「事実を言って何が悪い♪ ひまひま~だから出てきただけだよ。ついでにお前の妹とシャルロット=D=グラーフアイゼンの“家族”でも見ようかと思ってね。アハッ♪ そんな目しなくても手を出す気はないから安心していいよ。今はヘカテーに何もかも禁止されてる身だしね」


 ルシフェルはくるんと逆立ちすると、ルーナとヴィルアリアの眠る木陰に目を遣る。


「あっちはさすがに普通だよね♪」

「……何が?」


 2人のどっちを指しているのかはわからないが、少なくともルーナが普通ではない存在であることは確かだ。おそらくヴィルアリアのことなのだろう。


「ところでお前寝ないの? アルヴァレイ=クリスティアース」


 器用にその場でくるりと回転して俺の方に向き直ったルシフェルは、驚くほどにこやかな笑顔でそう訊ねてくる。


「1人は見張りと火の番してなきゃダメだろうが」

「仕方ないな~、私がやってあげるから寝ていいよ♪」

「断る」

「私を誰だと思ってんのさ。1人で大丈夫だよ♪」

「危険人物以外の何に見える……?」

「禁止されてるって言ってるでしょうが、いい加減理解しろこのばーか♪」


 笑顔で毒を吐くな。


「それに夜は私の『理を逸脱した表裏一体エーンリッヒ・ドゥンケルハイト』がちゃんと働いてるから大丈夫」

「エーンリ……なんだって?」

「気にする必要も理解を試みることもないよ。どうせ理解できないだろーし。そろそろお前の相手も面倒になってきたから()()


 殺気出しながら言う言葉じゃねぇとツッコミを入れる暇もなく、突然消失したルシフェルの姿を探そうとした途端に首に重い一撃が入った。


「これ、眠るって言うんだったっけ?」


 背後から聞こえてきた能天気なルシフェルの声を最後に、俺の意識は暗転した。

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