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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第2章『ティーアの悪霊』
37/121

(12)『魔界の理』(改稿済み)

「アルヴァレイさんは元々この世界は3つだったって話は知ってますか?」

「いや、初めて聞いた……」

「この世界を構成する始まりの世界。神界・魔界・人間界の3つです。この世界がそうであるように、その3つの世界にはそれぞれ個別に自然摂理があったんです。例えばですね、ルシフェルは魔界の自然摂理だったんです。彼女は『魔族は如何なる状態でも自意識を失わない』、これは常に正常な意識を保ち続けるというもので、魔族は『正常な眠り』どころか『永久に意識を失う眠り』つまり『死』すらありませんでした」

「魔族が死なない……?」

「とは言っても、外傷を受けると肉体が死んでしまうことはあるんですけどね。今は魔族もちゃんと眠りますし、命だって有限のものですよね。そういうことなんです」

「…………どういうこと?」

「アルヴァレイさんって鈍いんですね。つまり旧界と現界の理が同じとは限らないんですよ。実は魔界と神界と人間界、三つの世界が融合した時に、相反する摂理は融合できないので片方を選んだんです。その時に選ばれなかった理が『旧き理(エンシェントルール)』というわけです」

「結局そのエンシェントルールってのは何?」

「これから説明するので待っててください。そのどこにも存在できなくなった『旧き理』は新界に悪影響を及ぼしかねないんです。それで世界の意志とでも言うべきモノは『旧き理(エンシェントルール)』を『旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)』として新界に生み落としたんです。ルシフェルの理としての名前は『崩れぬ自我(アブソルートマインド)』と言うんですけど。その殻となる『旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)』。それがルシフェルなんです」


 ヘカテーはそう言うと、俺の反応を見るように口をつぐんでじっと見つめてきた。

 誰かに状況説明を求めて泣きつきたいところだが、生憎頼りになりそうなのはこの場に自分1人だけだった。


「魔界の『旧き理(エンシェントルール)』は現界に出る時に身体を持たない。誰かの心の一部に住み着いてやっと存在できるんです。で、私はこの身体に元からあった意識、つまりこの身体『ヘカテー=ユ・レヴァンス』の本当の心なんですよ」


 いろいろとぶっ飛んだ話についていけない自分が悪いのかどうなのか。いやはやはてさて、困ったもんだ。

 ヘカテーは俺の当惑する表情を見て、柔らかく微笑む。

 しかしまあ、鎖でがんじがらめにされた女の子が目の前で微笑んでいるというのは、どこか本能的に恐怖を感じてしまう。かなりきつく締めたから肌に深く食い込んでいるはずなのだが、痛くはないのだろうか?


「ヘカテーは比較的まともそうだから聞くけど、何で今ごろ出てきたの?」


 最初からそれを聞きたかったのだが、話の腰を折るのはよくないと思ってなかなか言い出せなかったのだ。


「いきなり名前呼び捨てなんですね。別にいいですけど。今頃出てきたといいますか、やっと出てこれたといいますか。う~ん……やっと出る気になったって言うのが本当なのかな? 『旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)』って不老の上、外傷や病気で身体が動かなくなるまで生きられるんですけど、そのせいで私はここ数百年ほどずっと引きこもってて表にはずっとルシフェルがいたんですよ。だから私も自由にさせてたんですけど。なんとなく……ルシフェルが私の身体に傷をつけられるなんて本当に久しぶりだったから、興味が湧いたんですよ。アルヴァレイさんですよね、さっきの傷って」


 ヘカテーがそう言って手を当てた頬にはもう傷跡は残っていない。

 俺の視線にヘカテーは頬をわずかに赤く染めて、曖昧に微笑んだ。途端、罪悪感にも似た恥ずかしさに顔が熱くなり、視線を逸らす。

 しかしそれでも足りず、いたたまれなくなってついに立ち上がってしまった。


「少しここで待っててくれ」


 誤魔化すように背を向ける。


「もう1人のお姫様ですか?」


 コイツ、自分もさりげなくお姫様にしやがった。と言うか、あの人はお姫様ではなく騎士だ。


「まあそんなとこ」


 あからさまな誤魔化しに、ヘカテーがくすりと笑う声が聞こえた。


「いってらっしゃい」


 本当に『ティーアの悪霊』と呼ばれた女の子なのだろうか。人格は違うらしいが。

 俺は部屋を出ると、灰色一色の廊下を歩き出す。彼女が寝かされているのは部屋を2つ挟んで離れた部屋だったはずだ。そろそろ目を覚ましてもおかしくない、というかそろそろ目を覚まさないと本格的に危ないかもしれない。





 もう1人のお姫様、もとい元騎士のリィラ=テイルスティングはもう目を覚ましているようで、部屋の中から人の気配がする。

 俺が部屋に入ると、まず聞こえたのは食べ物を喰い散らかすような音だった。

 次に見えたのは、部屋の中心に据えられたテーブル、その上に積み上げられた主に肉類が大半の食べ物の山、そしてその隙間からちらちら見えるリィラらしき姿だった。


「それ、何処から持ってきたんですか……?」

「ん? む、お前か……。これは鬼塚が持ってきたんだ。何処から持ってきたのかは知らん」


 訪問者の存在に気づいていなかったのか、声を掛けてようやくリィラはその山からだいぶ血色のよくなった顔を上げた。とりあえず元気そうには見える。

 と言うか、鬼塚は知らない間に何をやっていたんだろう。


「あの……話があるんですが」

「ん? エンシェントうんたらや筋肉なんたら辺りの事情はひととおり聞いたぞ。鬼塚からな」


 何をやっていたんだろうなあ! あの人ってただのギャグキャラじゃなかったっけ!?

 ちょっと待て。そう言えば『旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)云々(うんぬん)の話は鬼塚が出てってからのことのはずだ。

 アイツはいつ何処でどうやって話を聞いた?


「お前はたいがい被害者だ、私のことは気にするな。『悪霊』の存在も、あの能力も、完全に想定外だったものだ。私にもお前にも何もできなかっただけだ」

「あの夜のこと……いつ思いだしたんですか?」

「最初から忘れてなどいない。忘れられるものか。…………お前もあの場にいたのか?」


 リィラは尋ねながらも質問の答えは期待していないというように吐き捨てた。


「はい」


 すまんと一言つぶやいたリィラの声が静かに響き、次の瞬間には首筋にひんやりとした冷たい金属の感触を覚えた。折れた剣の刃先だと気づくのが一瞬遅れるほどの素早さには全く反応できなかった。


「正直に答えろ、クリスティアース。お前はあの魔女の何だ?」


 リィラの眉が鋭くつり上がる。目には鬼気迫る光が宿り、刃を直接握る手からは血が流れて震えている。その姿に胸を引き絞られるような痛みを覚える、が――


「友達です」


 間髪いれずそう答えた。リィラの形のいい眉がピクリと揺らぎ、強張る顔をまっすぐ俺に向けていた。

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