【53】 速水爽香のデビュー戦、ダメでしたねぇ(終)
――福岡県柳川市、ボートレーサー養成所の職員室。
松木四朗教官と、同僚の荘野幸照教官(57)が雑談をしていた。
荘野「松木さん、速水爽香のデビュー戦、ダメでしたねぇ」
松木「まあ、あんなもんだろう」
荘野「周回展示で派手に転覆しちゃいましたよ」
松木「ああ。デビュー戦でフライング気味に一人で『水神祭』やったようなもんだな」
ボートレース界において『水神祭』とは、初勝利を挙げた選手を仲間たちが担ぎ上げ、レース場の水面へ投げ込んで祝福する伝統の儀式である。
荘野「なるほど、そういうポジティブな言い方もありますねぇ」
荘野がニヤリと笑う。
松木「本当の水神祭なんて、何年先になるか分からんからな。ははははは!」
松木はそう笑いながら、ポケットから長財布を取り出して中身を確認し始めた。
その手元を覗き込んだ荘野が声をあげる。
荘野「あれっ? 松木さん、それしか入ってないの?」
長財布の中に収まっていたのは、千円札が2枚――合計二千円だけだった。
松木「あれっ……!? (福沢)諭吉がいないぞ……? なんでいないんだ? どこかへ出かけたのか?」
荘野「福沢諭吉は勝手に出歩きませんよ。野口英世が二人しか留守番してないじゃないですか」
松木「おかしいなぁ……双子の野口英世しか留守番していないとは……」
荘野「いつもならもっと入ってるんですか?」
松木「当たり前だろ!」
荘野「おいくら位?」
松木「30万!」
荘野「嘘でしょう!?」
松木「ははははは!」
荘野「それが松木さんの『夢』なんですねぇ」
松木「ははははは!」
荘野「ははははは!」
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【後書き】
最後までお読みいただきありがとうございます。
デビュー節、爽香にとってはあまりに高く険しい壁でした。
周回展示での転覆に、松木教官との約束……。ラストの道端で泣き崩れるシーンは、作者としても書きながら胸が締め付けられる思いでした。
でも、どん底まで落ちた後は、這い上がるだけです。
松木教官の「ガンバルンバ」という言葉(笑)、そして二千円しか入っていない財布。そんな教官の優しさが、彼女の力になると信じています。
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【選手宿舎と本作品】
ボートレーサーの方々は、ボートレースが始まると選手宿舎の監禁生活が始まり、パソコン、タブレット、スマートフォンがいっさい使えなくなります。これは外部の人間と連絡を絶ち、八百長行為などを防ぐためです。
作者としましては「ボートレース」をテーマとした作品ですので、ボートレーサーの方々に選手宿舎でぜひ読んでいただきたいのですが、スマートフォンなどのデバイスが使えないのが残念でたまりません。
自主出版をして本に出来れば良いのですが、それほどの財力が無いので本当に申し訳ない限りです。m(__)m
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