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ボクの最強魔法は、君の手の中でしか目覚めない  作者: muttyan


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第 1 話: ボクの魔力は、君の手の中でしか目覚めない

# 第1話:ボクの魔力は、君の手の中でしか目覚めない


「おいみのる、今日も『不発』か?」


 辺境の村、ルミナスの広場。

 村の冒険者であるヒゲ親父のバルガスが、大笑いしながら俺の頭をがしがしと撫で回した。


「うるさいな、バルガス。たまたま体調が悪かっただけだよ」

「はっはっは! 八歳児が体調不良を言い訳にするんじゃねえ! 魔力測定器をぶっ壊すほどの魔力があるってのに、いざ魔法を使うと『ピピッ、魔力値ゼロ』だもんなぁ。お前は本当に『神童』なのか、『ただのバグ』なのかどっちだ?」


 ただのバグ、というのは割と芯を喰っている。

 俺の名前はみのる。前世は「みのる」というしがない日本の高校生だったが、トラックに轢かれる寸前の幼馴染をかばって死に、気づけばこの魔法とスキルの世界「エルドラド」に転生していた。


 転生直後、ステータスを確認した俺は、ベッドの上で一人、枕に顔を押し付けて無様に悶え喜んだ。

 なんと俺には、あらゆる魔法の出力を変更できるオリジナルスキル『カスタマイズ』が備わっていたのだ。しかも、システム上の上限はなんと【1000倍】――のはずだった。

 前世でラノベを読み漁っていた俺は確信した。「勝った。おれTUEEE異世界ライフが始まる!」と。


 だが、現実は残酷だった。

 俺の体には魔力がある。それも、測定器の魔石が真っ黒に焦げるほどの意地悪な量の魔力が。

 なのに、いざ火を出そうとしても、風を起こそうとしても、体の中の魔力はピクリとも動かない。蛇口が完全に錆びついて開かない水道管のように、俺の魔法は一向に発動しなかった。

 前世の高校生の意識がある身としては、八歳児の集団の中でただ一人、魔力測定器をショートさせながらも火打ち石一つ着火できないバグキャラとして生温かい目で見られるのは、胃に穴が空きそうな屈辱だった。

 結果、村での俺の評価は「期待外れの偽神童」だった。


「いいじゃない、バルガス。みのるに魔法が使えなくたって、私が守ってあげるんだから!」


 そう言って、バルガスの前に仁王立ちになったのは、同い年の幼馴染であるセリアだった。

 燃えるような赤髪を二つに結ったセリアは、八歳にしては大人びた顔立ちで、すでに剣士としての非凡な才能を見せ始めている。


「おお、セリア。お前がみのるの『盾』になってやがるってか。相変わらず仲が良いこった」

「当然よ! みのるは昔から頼りないんだから、私が前衛で守ってあげなきゃダメなの!」


 セリアはふんっと鼻を鳴らし、腰の木剣をぽんぽんと叩いた。

 俺より頭半分低い女の子に「守ってあげる」と宣言されるのは、前世高校生の自意識としては情けなさと羞恥心で胸がかきむしられる。しかし、彼女の燃えるような赤い瞳には、純粋な好意と『私が守る』という使命感しかなかった。それが余計に俺の胸をチクチクと刺すのだ。


「ほら、みのる。今日は裏山へ薬草を取りに行く約束でしょ。遅れると日が暮れちゃうわよ!」

「わかってるって。……じゃあな、バルガス」

「おう、魔獣には気をつけるんだぞ!」


 バルガスに見送られながら、俺たちは村の境界を示す柵を越え、裏山の森へと入っていった。


 森の中は、木漏れ日が差し込んで静かだった。

 セリアは慣れた手つきで薬草を見つけ、背中のカゴに入れていく。


「ねえ、みのる。本当に気にしなくていいからね」

 ふと、セリアがしゃがんだまま、小さな声で言った。

「魔法が使えなくたって、みのるはみのるだもん。私が強くなって、悪い魔獣は全部やっつけるから」

「……セリア。ありがとう」


 しゃがみこむセリアの小さな肩が、わずかに上下しているのが見えた。強がってはいるが、その足元はまだおぼつかない。俺は自分の奥歯を強く噛み締めた。その無力感が、喉の奥をザラザラと乾かしていく。動かない魔力の蛇口を呪いたくなった。

 早くこの錆びついた魔力の蛇口を開ける方法を見つけないと、いつまで経っても女の子の後ろに隠れる情けない男のままだ。


 そう思った、その時だった。


 ――ガサッ、と。


 頭上の太い枝が大きくしなり、そこから「黒い影」が降ってきた。


「――っ!?」


 セリアが瞬時に木剣を抜き、俺の前に立ちはだかる。

 地面に降り立ったのは、全身が黒い霧のような毛並みに覆われた、体長三メートルを超える巨大な狼だった。


 赤く光る二つの眼。むき出しになったナイフのような牙から、どろりとした涎が滴り落ちる。


「シャドウ・ウルフ……!? なんでこんな浅い森に……!」


 セリアの小さな背中が、小刻みに震え出した。

 シャドウ・ウルフ。Aランクに指定される、単独で一地方の守備隊を壊滅させかねない凶悪な魔獣だ。八歳の見習い剣士と、魔力ゼロの子供が立ち向かっていい相手ではない。


『グルルルル……』


 黒影狼が低く唸り、獲物を品定めするようにこちらを睨む。

 セリアは必死に木剣を構えるが、その手はガタガタと震えていた。勝てる見込みなんて、万に一つもない。


「みのる、逃げて……! 私が時間を稼ぐから、早く……っ!」

「馬鹿言うな! お前を置いて逃げられるわけないだろ!」

「ダメよ! みのるは魔法が使えないんだから、ここにいたら死んじゃう!」


 黒影狼が前脚を踏み込み、跳躍の姿勢に入る。

 死の影が、目の前に迫っていた。


「嫌……! みのるを死なせたくない……!」


 セリアが涙目で叫び、後ろ手に俺の「左手」を力任せに握りしめた。

 その瞬間、俺の左手のひらに、セリアの小さく汗ばんだ手の熱と、小刻みに震える脈拍がダイレクトに伝わってきた。

 心臓が跳ね上がる。だが、驚いている暇はなかった。


 セリアの体温が俺の左手から染み込んできた刹那、八年間びくともしなかった魔力の蛇口が、内側から激しくねじ切られたのだ。

 ゴウッ! と、俺の体内で、魔力だまりが火山のように大爆発を起こす。

 全身の血管を熱い奔流が駆け巡り、脳裏に直接、俺のオリジナルスキル『カスタマイズ』のインジケータが浮かび上がった。


 普段は灰色に沈んでいた視界の端のインジケータが、セリアと繋いだ左手から流れ込む魔力によって真っ赤に点火し、出力ダイヤルが【等倍・1.2倍・1.5倍・2倍】と激しく回転した。しかし、その先の【10倍】【100倍】【1000倍】の領域は真っ赤にロックされ、ノイズが走って選択できない。

 (くそっ、何でだ!? ロックされてる!? 今使える限界は、たったの『2倍』か……!)

直感で、本能で理解した。

今なら、放てる。セリアと手を繋ぎあっている今だけ、俺はあの錆びついた魔法を、解き放つことができる!


 黒影狼が空中へ飛び出すのが見えた。

 考える時間はない。


(限界の2倍だ! いっけえええええ!)


 俺は心の中で叫び、前方に右手を突き出した。

 イメージするのは、初級の風魔法『空気弾』。本来なら、小鳥を驚かせる程度のそよ風の塊だ。


 しかし、俺の手の平から放たれたのは、そんな生温いものではなかった。


 ――ズガァァァァァァァァァァン!!!


 天地が裂けるような轟音が響き渡った。

俺の手元から放たれた空気の衝撃波は、ただの初級魔法のはずなのに、猛烈な突風となって前方に向けて放射された。


襲いかかってきていた黒影狼は、その圧力波に直撃し、悲鳴をあげる暇もなく数十メートル後方まで吹き飛ばされ、太い巨木の幹に激突した。鈍い骨折音が響き、狼はそのままぐったりと崩れ落ちて絶命する。

凄まじい風圧は黒影狼の背後の木々をも何本かへし折り、大地の土を抉り取ってようやく収まった。


後に残されたのは、なぎ倒された巨木と、地面の草が根こそぎ剥ぎ取られた荒々しい爪痕だけだった。


「……え?」


 セリアが、木剣を握ったまま硬直している。

 俺もまた、自分の右手を見つめて呆然としていた。


 今のは、俺の魔法、なのか?

 これが、初級魔法の『2倍』……? たったの2倍で、これなのか?


「あ、あれ……?」

 セリアが腰を抜かし、へたり込んだ。その拍子に、俺の左手から彼女の手が離れる。


 その瞬間、全身を満たしていた圧倒的な魔力の奔流が、嘘のように消え去った。

 体の中を確認すると、魔力は再び「錆びついた蛇口」の奥に引きこもり、完全に沈黙している。


(……待て。セリアが手を離した瞬間、あれほど荒れ狂っていた魔力の奔流が、一瞬で消えた)

(セリアの左手と繋がっていたあの瞬間だけ、俺の奥底に眠っていた狂暴な魔力が目覚め、離れた途端に元の錆びついた水道管に戻った……)

(まさか、嘘だろ……?)


「ちょっとちょっとちょっとー!!! 今の何ぃぃぃ!?」


 突然、上空からけたたましい羽音が響き、頭の上に何かが着地した。

見上げると、手のひらサイズの可愛らしい女の子が、背中の四枚の羽を激しく羽ばたかせながら俺の髪の毛を引っ張っていた。


「いったた! なんだお前!?」

「あたしはチル! この森の花の妖精よ! お昼寝してたのに、ものすごい突風が吹いてびっくりして起きたじゃない! っていうか、あんた今の何!? たった2倍の出力であんな凶悪な魔獣をブッ飛ばすなんて、元の魔力量がイカれてるわよ!?」


 妖精のチルは、俺の顔の前に回り込み、ジロジロと俺を見つめた。


「みのる、どうしたの……? 顔が真っ赤だよ?」


 セリアが不思議そうに俺を見上げている。

俺は心臓のけたたましい鼓動を抑えながら、彼女に語りかけた。


「いや……セリア、ちょっと、もう一回手を繋いでみてくれないか」

「え? うん、いいけど……」


 セリアが不思議そうに小さな手を伸ばし、俺の左手をそっと握る。

ドクン、と魔力が体内に満ち満ちる。視界が急速にクリアになり、大気の魔素が俺の指先に吸い寄せられるのを感じた。


 間違いない。俺の最強魔法を発動する鍵は、セリアの手だ。


(……いや、最強なのはいい。出力2倍の魔法でこれだけ無双できるのも最高だ。もし将来、ロックされている『1000倍』まで解放されたら、一体どうなってしまうんだ……?)

(だが、そのための条件が【女の子と手を繋ぐこと】だなんて――! これから戦うたびに、俺は女の子と手を繋じて赤面しなきゃいけないのか!?)


 恥ずかしいバグ。

その事実が、前世高校生の俺の胸にグサリと突き刺さる。生きるためとはいえ、戦場で自意識をズタズタにされながら手を握り合わねばならないのだ。


「どう、みのる? 魔法, 使えそう?」

「……ああ。セリアのおかげで、完璧に使えそうだ」


 俺は耳まで熱くなるのを感じながら、彼女の小さな手をぎゅっと握り返した。


 しかし、この時の俺はまだ気づいていなかった。

この『手繋ぎ』という狂ったバグが、左手(攻撃)だけでなく、右手にも別の「鍵」を隠していることを。

そして、その右手の鍵を持つ少女が、前世の記憶を抱えたまま、すぐ近くまで迫っていることを――。


 最強だけど、世界一恥ずかしい、俺たちの異世界冒険(手繋ぎ)ライフが、今ここに幕を開けたのだった。

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