15話 質素な生活をしている伝説の殺し屋
「それじゃあいただきま〜す」
コウジがそう言うと、お椀に盛ったご飯を箸でつまみ、口へ運んでいた。
お昼の12時過ぎになり、ケイコと桃子も同じちゃぶ台を囲んで昼食をとっていた。
ちゃぶ台の上には、焼き魚と肉じゃがと、白菜の漬物があり、人数分のお米を盛ったお椀とお味噌汁が置かれており、
桃子は肩身狭そうにしながらも2人に気を遣いながら、ちょびちょびとご飯を食べていた。
今更ながらであるが、食事を食べながら初めて明るい場所でケイコの顔を目の前で見ていた。
昨日、暗い車内の中では分からなかったが、明らかに美人であった。銀色のような輝かしいセミロング、切れ長な鋭い目にシャープな顔のライン、また商店街で見かけた時に思っていたが身長170cm近くあり、顔立ちもスタイルも外国人のような見た目をしていた。
ただ、ケイコ特有の迫力のせいで、下手したら180cmあるのでは?と思えるような雰囲気を纏っていた。胸もエプロンの上からであるが、明らかにFカップある自分よりも大きかった。ともかく、どこからどう見ても芸能界でも生きれるほどのスタイルを持った美人であるということに今やっと気付いた。
「ケイコ・・・今月はあとどれくらい働きに出るんじゃ?」
「後・・・4日は働きに出るわ。それで8万円は家計に入るわね」
「そうかそうか・・・じゃあワシもそれに合わせてお仕事入れるかのぉ・・・」
どうやら今月の稼ぎについて話し合っているようだった。それにしても、こんな美人の妻を持っているヒロシを横目で見ていると、どうしても不釣り合いに見えてしょうがなかった。
「(お金ないのかな・・・)」
凄腕の殺し屋夫婦とは思えない会話だったため、桃子の箸を持つ手が止まっており思わず目が泳いでいた。その目線の先にある頭上の壁には「平和」と墨で書かれている和紙があった。先ほど寝ていた部屋にあったものと同じ物が飾ってあった
「(仏壇に飾ってあったものと同じのだ。殺し屋なのに平和・・・?)」
「ん?どうした桃子。食べんのか?」
コウジが桃子の様子を見て声をかけた。
「あ、いやその・・・思ったよりもギリギリな生活をしているなと思って・・・」
コウジに急に声をかけられたため、元々聞くつもりもなかった懐事情について、失礼ながらも聞いてしまった。
「ん〜?あーいんや・・・ワシたちはもう殺し屋家業は積極的にはやっとらんからのぉ」
「私たちは日雇いのアルバイトやパートで生活してるのよ。生きるだけなら月に10万円くらいあれば十分だから・・・その分だけ働くのよ」
ケイコも漬物を食べながらコウジと一緒にそう答えた。
「(懸賞金かけられるほど有名な殺し屋なのに、お金ないんだ)」
桃子は不思議そうに2人の顔を見比べながらお味噌汁を啜っていた。
そんな2人の会話を聞いていると、自分が大学生の頃に「とある事情で」していたガールズバーでのアルバイトで稼いでいた時が、月に8万円前後だった頃を思い出していた。
その当時、有名国立大学に在籍していたこともあり、周りの同級生は仕送りなどで収入に余裕があることは珍しくなかった。なんならお金がなくアルバイトをしていた自分のことを、一部の周りの同級生にバカにされたこともあったため、その当時のことをふと思い出していた。
「あの時・・・お金があったらなぁ・・・」
ボソッと独り言を言ったのがコウジに聞こえたようだった。
「どうしたんじゃ?」
「あ・・・い、いえ・・・なんでもないです・・・」
桃子は誤魔化すように白米を口に流し込んだ。
「大方・・・有名な殺し屋なのにも関わらず、金に余裕のない生活をしていることに納得してないんでしょ?」
そうケイコが吐き捨てるよう言いながら、自分のお椀におかわりのご飯を盛っていた。
「うっ!ごほっごほっ・・・!」
ケイコの指摘が半ば図星だったため、桃子はかき込んだご飯が器官に入り、むせていた。
「そうなのか桃子?一般的に殺し屋はお金を持ってるイメージなのかのぉ?」
「さぁ・・・それは私も分からないわ」
2人が不思議そうに会話をしていたが、少なくとも本業目線では特に裕福なわけではないということはこの会話で自分にも十分に伝わった。
「ごほっごほっ!いやそういうことじゃないんですけど・・・そんなお金にギリギリな生活をしているのなら、また得意な本業に戻るとかしないのかと思いまして」
2人の様子を見るに、踏み込んでも問題なさそうな会話なようだったため、お金に困ったことのある立場として、ハッキリと自分の中にある疑問をぶつけてみた。
「たしかに稼ぐだけなら殺し屋に戻るんじゃけどのぉ・・・そもそもワシ達はお金目的でこの業界におらん」
「え?そ、そうなんですか?じゃあなんでこんな危ない業界に元々いたんですか?」
お金以外にも大事な目的がこのお仕事に果たしてあるのだろうかと疑問に思い、思わず質問をした。
「それは・・・自分の命を守るためよ」
「・・・え?」
ケイコの言葉に桃子はつい固まってしまった。
「もちろんこの業界にいる人間の9割くらいはお金目的だと思うけどのぉ。ワシ達が生まれた環境がすでにそういう裏業界だったんじゃよ。ただ目の前を生きるためにする。その内容がたまたまこれだっただけじゃよ。確かにお金は当時、沢山もらえたがのぉ」
コウジが焼き魚をつつきながらそう答えた。
「お金は確かに沢山もらえるけど、その分リスクも高いわ。自分が仕事中に死ぬかもしれないし、今みたいにいろんなところに命を狙われるかもしれないからね」
「それにのぉ・・・稼げてもそのお金をすぐに使うわけにはいかん。所詮危ないお金じゃ。使ったら最後、居場所がバレて誰かしらに殺されるかもしれん」
「・・・」
2人が生きてきた環境が自分とは根本的に違うと感じていた。2人の生きてきた世界は夢も希望もない、生きる以上に贅沢をしたいとかもない殺伐とした世界でここまで生き残ってきた人たちであるということが理解できた。
「さっきも言ったが、もう引退して10年以上にもなる。その時は数億ほど蓄えはあったが、日本で生活するための手続きや追手を追い返すための武器の調達、畑の土地代とか様々なものに使ってのぉ・・・もう貯金も残っとらんよ」
「お金を安全に使うために色々とマネーロンダリングの手続きもしたし、大変だったわね、あれ」
「おお、ハリーにだいぶ手数料ぼったくられたわい」
2人が日本に移住した時の当時の出来事を思い出していたようだった。
「あ、あの・・・ハリーって誰ですか?」
昨日、車の中でも聞いた名前だったため、桃子は気になって尋ねた。
「ハリーは元々一緒に仕事していた仲間じゃよ。同じように逃亡しているようじゃけど、ワシ達よりそこまで命は狙われていないから今は日本を中心に調達屋と情報屋をしておる」
「ちょ、調達屋?」
情報屋は単語でなんとなくイメージはついたが、調達屋という単語は聞き慣れていなかったため思わず聞き返した。
「調達屋は武器のような普通じゃ手に入らんものを代わりに持ってきてもらうお仕事じゃよ。あとクライアントからの依頼やその他の連絡係のようなこともしてくれてるんじゃよ」
「安全のために直接他人とは連絡を取らずに誰かしらのクッションを挟んで居るってことよ。私達の住所を知ってるのはハリーしか居ないの」
「そ、そうなんですね・・・」
ここまでの会話を聞いていると、今更ながらここは2人の家というよりも、アジトという響きの方が正しいと思っていた。
この2人は凄腕の殺し屋であると同時に、命を世界中から狙われている。誰にもバレるわけにはいかないからこそアジトなのであるのだが、そんな2人が田舎の古民家に住んでいることに、ものすごく違和感があった。
そのため、もしかしたら畳の下や天上の中にはものすごい武器を隠しているのではないかとも妄想してしまっていた。
「まあそう言うことじゃから、桃子も同じ命を狙われているもの同士として仲良くやろうのぉ・・・」
「は、はぁ・・・え?わ、私・・・?」
急に話が変わったと思ったら、物騒な単語が聞こえたため動揺した。
「あ、あの・・・私も・・・命を狙われてるんですか?」
「はぁー・・・今更何を言ってるの?当然でしょ?」
小さくため息をつきながらケイコは昼食に使用した食器の後片付けをしていた。
「ビルでの殺し合いを目撃した人間を生かす理由を探す方が難しいじゃろ。だからワシ達もお主にペラペラと身の丈事情を話しておるんじゃぞ?」
「あぁあぁあぁ・・・!」
他人事のように見ていた2人の生きるか死ぬかの殺伐とした世界の住人に、いつの間にか自分自身もなっていたという事実にようやく気づき、青覚めながら頭を抱えていた。




