10話 戦闘狂
「なっ!ひ、卑怯よ!」
素手で戦うのが最初に決めたルールだったため、桃子はナイフを拾った大男に対してそう叫んだ。
「桃子よ・・・確かに最初は素手で戦って勝てばと言ったがのぉ・・・」
老人は桃子の方を向いて微笑みながら語りかけた。
「ここは戦場・・・生きるか死ぬかの場所に卑怯なんて言葉はないんじゃ。だからあの男の行動は正しいぞ」
「ひぃ・・・!」
その時、桃子は小さな悲鳴を発していた。
その理由は、老人の言った男の行動を認める発言よりも、男が武器を手に持ったことで、狂気的な笑顔をしていたからだった。その表情を見て背筋を凍らせていた。
「(な、何この人・・・この状況を楽しんでる・・・⁈)」
この瞬間、桃子は老人に対して何か得体の知れない生き物のような感覚を持っていた。命のやり取りを楽しんでいる様子そのものが異常者、もっと悪く言うと、快楽殺人者のようなものに見えていたからだった。
「ふぅ・・・ふぅ・・・!」
大男はナイフを構えながら、呼吸を整えるかのように警戒しながら腰を低くしていた。
「まぁ・・・素手じゃとワシを倒すのは無理じゃろうな」
老人はそう言うと、顔を俯かせながらゆっくりと、大男との距離を縮めるように近づいていった。
「フォフォフォ・・・楽しくなってきたのぉ。ナイフが出ると言うことは、お主も本気になってきたんじゃろ?」
そして、俯かせた顔をゆっくりと上に上げた、その表情はより狂気的な笑顔になっており、その表情をそのまま男に向けていた。
「(こ、この人・・・一体なんなの・・・⁈)」
ここまでの戦闘や相手とのやり取りや言動を見るに、自分が生きてきた世界とはまるで違うところにいる生物であり、もはや同じ人間には見えなくなっていた。
「ところでお主・・・」
「・・・?」
ゆっくりと老人が男に対して話しかけた。
「そのナイフ・・・ワシに取られて自分が刺されてしまうことも想定しておるんじゃろうな?」
「っっっ!!!」
老人の言葉を聞いた大男はショックを受けた。
命からがら拾ったナイフのせいで自分が死ぬかもしれない。その可能性を考えないでナイフを拾った自分のバカさ加減に絶望していた。
相手との戦力差は自分が一番よく知っているはずだったのに、果たしてそんな自分がナイフを拾ったくらいであの怪物に勝てるのか?いや、それだけで勝てるイメージが湧くほど甘い相手ではないと言うことは知っているはずだったのに、ただ防衛本能による反社的な行動でナイフを拾いに行った自分の理解の浅さに絶望していた。
「(どうする・・・どうしたらいい⁈)」
大男はパニックになっていた。
この怪物と絶対に戦ってはいけない。戦わずに逃げるにはどのようにしたらいいか。そんなことで頭がいっぱいになっていた。
「桃子や・・・ちなみにナイフを持った相手とは絶対に戦おうとするなよ。まず勝てんから走って逃げて、銃火器を拾って応戦するんじゃ。」
老人は桃子の方に向いてそうアドバイスをした。
その時、
「うおぉーーー!!!」
大男は持っていたナイフを桃子に向かって投げつけた。
「えっ⁈」
桃子は驚いたかのように叫び声の方向を向いた。何が起こっているかが分かっていなかったのだが、大男のいる方向から何かが飛んできているということしか理解できていなかった。
「桃子ぉ!!」
そう老人が叫ぶと、蹴るように桃子の方向へ足を振った。
キンッ!
「キャッ!!」
桃子は目の前で金属音が聞こえたと同時に、思わず驚いて目を閉じたが、すぐに目を開けてみるとナイフと老人の靴が落ちていた。
その時、桃子は大男がこちらに投げつけたものがナイフであり、老人が靴を飛ばしてナイフを撃ち落としたということが理解できた。
「どうやら大丈夫なようじゃが・・・まんまと逃げられたのぉ」
そう言うと、いつの間にか大男はBarからいなくなっていた。
小さくカンカンという音も遠くから聞こえる。部屋を出て非常階段から逃げたようだった。
「これじゃあ、またあいつに小言を言われるのぉ・・・」
そうブツブツと言いながらケータイを持って、電話をかけた。




