停戦
伝令が派遣され、右翼からストルペリン伯とナルナーソン、左翼からナルファスト公とプテロイルが招集された。これにカゼルデン副伯を加えた6人で交渉に臨むことになった。
ダウチャヌイは、カチェトメト兄弟とレテシュリー、若い貴族2人の6人だった。
王子というが、ダウチャヌイはさほど若くなかった。30歳を過ぎているだろう。大公たちは意外に思ったが、ダウチャヌイも若手で構成された帝国軍首脳部に驚いているようだった。一瞬、何か言いたげな顔をしたが、思うところがあったのか、伏し目がちに微笑を浮かべて頷いた。
「それで、敗軍の将は休戦の条件として何を提示するのか」とストルペリン伯が切り出した。
「ストルペリン伯、殿下は降伏したわけではない。愚弄するような表現は控えよ」と大公がたしなめた。
大公の言に、ダウチャヌイは軽く目礼してから本題に入った。
「単刀直入に申し上げる。これ以上の戦闘は無益だ。よって互いに兵を引くことを提案する」
ダウチャヌイは、帝国の6人の顔を順に見据えながら堂々と言い放った。言外に、「条件を付けるつもりはない」と目で主張している。
ストルペリン伯は納得しなかった。
「ワルヴァソン公国軍もナルファスト公国軍も、この交渉が終わる頃には戦列の再編が完了する。戦闘を続ければ帝国軍は貴公らを半包囲できるだろう。圧倒的に有利な状況で、兵を引く理由がない」
「停戦案が受け入れられないなら是非もなし。我が軍は最後の一兵になるまで抗戦して1人でも多くの帝国軍を道連れにするまで。帝国は、その犠牲に意義を見いだせるのか?」
帝国軍の勝ちは見えているだけに、これ以上の損失は無意味だった。戦闘を継続したとして、得られるものは何もない。損得勘定にうるさいストルペリン伯は、面白くなさそうに顔をしかめて押し黙った。
代わって、ナルファスト公が発言した。「ロメルト・クリズルを討ち取る、というのはなかなかに魅力的だ」
「王国の大貴族どもを喜ばせるだけだ。私を倒しても、無傷の大貴族どもが残っている。ポルトヴィク王国と泥沼の戦争を継続することがお望みか」
「……」
「バンフェチャヌ城を押さえとしてドニエレプル川以西を占領下に置き、ポルトヴィク王国軍に勝利。帝国への凱旋条件は十分に満たしたのではないか?」
「殿下はどうなさる」。大公は無表情で問い掛けた。
「私は、寡兵をもって帝国の大軍の侵攻を食い止めた、と喧伝する。王国への言い訳としては十分だ」
領土的には、ドニエレプル川以西を得るというのが落としどころだろう。さらに東まで占領したところで守り切れない。
「王国はそれで納得しますかな?」と、大公はつぶやいた。ダウチャヌイには、どうやら期するところがあるように感じる。
「建前上は勝利者として歓迎してくれるだろう。だがいつ寝首を掻かれるか知れぬ。私はな、東で自立しようと考えている」
ダウチャヌイの発言に、カチェトメト兄弟らは驚愕の表情を浮かべた。家臣にもまだ話したことがない腹案だったらしい。
「王国には愛想が尽きた。自分で平定した土地に、自分の王国を作る。どうだ、東西からポルトヴィクを攻めるというのは」
「故国を捨てて帝国と共に滅ぼそうというのか」。ストルペリン伯の目つきが鋭くなった。
「故国と呼ぶに値する国であったらな……」
ダウチャヌイは複雑な表情を浮かべた。その言葉は、自嘲なのか嘲笑なのか、諦観か、後悔か。多くのものに裏切られた者だけが作れる声だった。信頼できる家臣だけが、彼を支えている。彼らがいなかったら世捨て人になっていたかもしれない。
ダウチャヌイの顔と声から何かを悟ったのか、ストルペリン伯は「後は大公の好きにしろ」と言わんばかりに顔を逸らした。ナルファスト公も、大公に向かって軽く頷いて判断を委ねた。
「殿下、我々もこれ以上の戦闘継続に意義を見いだせない。兵を引くことに同意する」
大公はそう宣言すると、席を立って自分の馬に向かった。ストルペリン伯とナルファスト公がそれに続き、他の3人が撤兵条件の委細を交渉するために残った。といっても取り決めるべきことは大してない。負傷者の応急処置が終わるまでは現在地にとどまること、ドニエレプル川以西を帝国領とすること、本交渉をもって停戦成立とし、帝国軍のドニエレプル川渡河をもって両国の交戦状態を終了することなどが確認された。




