呪われ王子と異国の姫⑧
『王女殿下、私と取引しませんか──』
交通手段が馬車しかなければ、意外に慣れてくるものだ。
それより狭い密室を、婚約者と二人きりにされたほうが苦行かもしれない。ニーナが気を遣って同乗を断ったのだ。おかげで王都までの長い道のりを、リオネルとずっと一緒に過ごさなければいけなくなった。
あの日のことは、お互い何も言わなかった。
顔を合わせた時も普通に挨拶を交わして、これまでと変わらなかった。それでも、リオネルに触れられそうになると体が強張ってしまう。
今までしてこなかった男女の意識を、するようになったということかもしれない。ただ、あれからキスどころか軽いスキンシップもなくなってしまった。
それより今は、蕾玲との取引が先だ。
『王太子殿下は、病に倒れられたわけではないのですね。つまり公女様を巡って公子様を殺しかけ、今は王宮内で謹慎されている、と……』
蕾玲が私たちの探していた呪術師であることをリオネルに伝えると、ダミアンも含めて話し合いが行われた。
宮廷裁判所での出来事は国王よりかん口令が敷かれ、外部には漏れてはいなかったようだ。
ただ、オーティスの治療をお願いする以上は、蕾玲たちに情報を共有しないわけにいかなかった。
すると、蕾玲は驚き、昊然は『悪女かよ』とため息をこぼした。そういうのはイザベル本人に言ってほしい。
『私たちは王太子殿下の治療をしてくださる方を探していました』
『ハッ、治療? 洗脳の間違いだろ』
『昊然、少し黙っていてください。公女様の話が本当なら、王太子殿下は罪を犯した者です。……もしかしたら、この治療を最も求めているのは、ご本人かもしれません』
オーティスは愛する人を傷つけ、親友を殺しかけた。
報告によれば、彼は窓の外を見つめたまま、食事もろくにとらず、無気力に過ごしているという。
──まるで、何かの術にかかってしまったかのように。
もしイザベルへの執着と記憶を消し去ることができたら、それが彼にとって最大の罰になるのではないか。
それに、イザベル自身も今のオーティスの姿を望んではいないはずだ。
『私たちは王太子殿下を治療し、以前の彼に戻ることを願っています。王位を継ぐのは、彼以外考えられません』
『公女様たちの意向は分かりました。ですが、王太子殿下の治療となると、立場を隠して忍び込むのは難しいと思います』
リオネルに王位を継ぐ意思がないことを伝え、オーティスから王太子の座を剥奪する気がないことを打ち明けた。
すると、私たちの切実さが伝わったのか、蕾玲も一緒に考えながら意見を出してくれた。
『ええ、そこで我が国と友好を築くために、使節団を派遣し合うのはいかがでしょうか? まずはこちらの国から使者を送って、ウ・ランカ国の国王に提案を申し出るのです』
『なるほど。使節団の派遣には、公女様と交流のある私の名を上げてくだされば、陛下も同行を許してくださるでしょう。陛下にとっては、後ろ盾となる国を得ることのほうが重要ですから、喜んで私を送り出すはずです』
まるで自身を商品のように話す蕾玲に、私は頷くことしかできなかった。けれど、この計画がうまくいけば、蕾玲を自由にしてあげられるかもしれない。
そんな期待を込めて、私たちの話し合いは数日にわたって続いた。
連日頭痛がするほど念入りに計画を立てていき、大詰めを迎えた頃──。
蕾玲たちはその話を持ち帰るために、早めにウ・ランカ国へ向けて出発したいと申し出てきた。同様に、私たちも計画を実行するために王都へ戻らなければいけなくなった。
「私は領地の視察もありますし、ここに残ります。それに、ウ・ランカ国に派遣される使者には、私も同行するようにします。姉上は、父上たちに説明をお願いします」
「やっぱり行くの……? 危険かもしれないのに……」
ダミアンは計画の内容を知っている一人として、ウ・ランカ国へ行ってくれることになった。王都よりグラント公爵領から出発するほうが近く、計画が円滑に進むように使者たちにも話をつけるようだ。
姉のイザベルに似て、ダミアンも日常会話程度ならウ・ランカ語を話せた。もちろん、国の代表として通訳も同行させるというが、それでも情報が少ない国だけに心配は尽きない。
「心配してくれるのは嬉しいですが、僕はリオネル公子の方が心配です。……いい加減領地へ帰らないと、公爵夫人がここまで乗り込んできますよ」
そう言って、ダミアンは束になった手紙をリオネルに渡してきた。確認するまでもなく、それはストラッツェ公爵夫人からの怒りが込められた手紙である。
私はその手紙が、開封と同時に吠え出さないことを願った。
「リオネル、貴方は領地に……」
「ベルが王都に戻るっていうなら、俺もそうする」
さも当然のように言ってきたが、私は言うことを聞かない息子を持った夫人を思うと、了承できなかった。公爵夫妻は王都に残っていて、息子のリオネルに領地を任せたのに、途中でこちらへ来てしまっている。
私は痛む頭を押さえ、ため息をついた。
そんな姉の姿を見かねて、ダミアンが口を出してきた。
「実際、あちらの国と繋がりを持つには、両公爵家が王室を脅し……いえ、違いましたね。両公爵家が揃って王室に働きかける必要がありますから、リオネル公子にも王都に戻っていただき、公爵夫妻に説明しなければいけないかと」
「だよな」
何が「だよな」だ。私が睨みつけるように見上げると、リオネルはサッと視線をそらした。
こういうときは、私より子供ではないか。
結局、リオネルも私と一緒に王都へ帰ることになった。
私たちは蕾玲たちの出発を見送った数日後、準備を済ませてグラント公爵領を後にしたのである。
★★
グラント領から王都まで続いた長い旅も、明日には終わると知らされたとき、どっと疲れが押し寄せてきた。
野営のために馬車を降り、護衛の騎士や使用人たちが用意してくれた焚き火の前に腰を下ろす。
ぱちぱちと燃える音を聞きながら、ぼんやり火を眺めていると、隣にリオネルが座ってきた。
「……なぁ、ベル。王女たちと別れる時、あの野郎と話してただろ?」
王都が近づくにつれて、リオネルの口数が減っているのには気づいていた。
あえて触れなかったのに、最後の夜になって彼の方から切り出してきた。
「ウ・ランカ国に日本のような食べ物や植物があるか尋ねただけよ」
「あいつはお前を襲ってきた奴だぞ?」
「でも、それは和解したじゃない。……私の心配してくれるのは嬉しいけど、今のはただの嫉妬に見えるわよ」
リオネルの心配はいつだって嬉しい。
けれど、彼には少し過保護なところがある。
身を挺して守ってくれたことが何度もあったけど、今は少しぐらい肩の力を抜いてほしいと思ってしまった。
けれど、リオネルのそれは心配でも何でもなかった。
「ああ、そうだよ。嫉妬してた……悪いか」
「わ、悪いかって……悪く、は……ないけど……」
リオネルは昔から、そういうストレートなところが反則なのだ。
──私にはできなかったことだから。
けど、イザベルになって自分自身に自信がついてきたからこそ、負けていられなかった。
いつまでも、眩しすぎる好きな人の姿を眺めるだけの私は終わりにしたい。
「そ、そういうリオネルこそ! 蕾玲王女殿下に見惚れていたじゃない。気遣いとか、らしくないことして!」
「それは……っ」
「どうせ、あの黒髪を見てアキのことを思い出したんでしょ!」
「いや、違……っ」
「──でも、残念ね。王女殿下とは結婚できないわよ! 貴方の妻になるのは、私! この先も私だけなんだから……っ!」
以前の私に嫉妬する日がくるとは思わなかったけれど。ただ、やられっぱなしというのも癪に障り、仕返しをしたくなったのだ。
なのに、リオネルは口元を片手で押さえ顔を真っ赤に染めた。
「──っ! ……ああ、この先もベルだけだ」
……感情が高ぶってしまったようだ。
リオネルのその反応に、正気に戻った私は自分が何を口走ったのか気づいて我に返った。
しかも、かなりの大声で。
周囲でばっちり聞いていた同行者たちから、祝福するような温かな拍手が送られてくる。
「待っ、ちが……そ、んな……っ、いやあぁぁー!」
とんでもない醜態をさらしてしまい、私は恥ずかしさのあまり悲鳴を上げながら馬車に逃げ込んだ。
こんなはずではなかったのに。
もう嫌だ。
──リオネル、許すまじ(3回目)
コミカライズ・講談社マンガアプリPalcy▼
https://palcy.jp/comics/2261





