呪われ王子と異国の姫⑥
「リオネル、米ですって! これは他国に奪われる前に、私たちが真っ先に交易を結ぶべきよ! だって米よ!」
「ああ、米だ! ナツキに戻ったときに、記憶を共有したせいで……ああ、くそっ、米食いたい! スパイスの利いた濃いタレには、パンじゃなくて米だ!」
米と聞いた途端、私とリオネルは鼻息を荒くして興奮した。
この世界に来た当初は、イザベルの記憶に引きずられていた。けれど最近は、私自身の感覚が戻ってきて、味覚や嗜好まで変わってきたのだ。
今では、すっかり自分好みの食事を求めるようになっていた。
『ちなみに、お米の生産量は!? 交易品にできそうですか!?』
『え、ええ……飢餓などに備え、さらに生産量を増やしました』
乗り出す勢いで尋ねると、蕾玲は少し身を引きながら答えた。
備蓄できるほどの余裕があるなら可能かもしれない。
私が感激していると、昊然が呆れたように眉をひそめた。
『お前ら、米に対して執着すごくないか?』
『そういう貴方こそ、この旅で米が恋しくならなかったの?』
主食だったものが、ある日を境に消えてしまったのだ。なのに、それを毎日食べていた記憶はあるのだから厄介だ。
不躾な態度で訊ねられ、私も売り言葉に買い言葉で返してしまった。
『昊然は国を出た翌日には、米が食べたいと騒いでいましたよ』
『お嬢~なんでバラすかなぁ』
そうでしょうとも、と私が頷くと、昊然は不機嫌そうに舌打ちした。
そこへ、離れたところで控えていたニーナが小走りでやって来た。
「お嬢様、ダミアンお坊ちゃまが帰られたようです」
「分かったわ、知らせてくれてありがとう」
ダミアンが帰ってきたとなれば、これ以上込み入った話はできない。だが、彼もまた公爵家の跡取りだ。交易の話をするなら、私よりもずっと適任だ。
『王女殿下、どうやら私の弟が帰ってきたようです。もしよろしければ、今後の話もございますし、しばらく我が屋敷に滞在なさいませんか? 必要なものはすべてご用意いたします』
『……それは、とても助かります。公女様のご厚意に感謝し、お世話になります』
一瞬悩む素振りを見せるも、蕾玲の視線がテーブルに向けられたのを見て、どうやらここの料理を気に入ってくれたようだ。
笑顔で快諾してくれると、昊然も『酒場の食事もうまかったけど、こっちは比べものにならねぇからな』と言っていた。公爵家のシェフたちを甘く見てもらっては困る。
彼らを屋敷に招き入れると、そばにいたリオネルが小声で尋ねてきた。
「……本当にいいのか?」
「というより、彼らを野放しにしているほうが危険だと思うの」
「……たしかに」
異国の王族と護衛を放っておけば、裏でどんな動きをされるか分からない。それなら、こちらの目が届く範囲に留めておくほうがいい。
リオネルは深く頷き、「警備と監視の件はダミアンにも伝えておく」と言ってくれた。
ダミアンに蕾玲と昊然を紹介した後、客間への案内は執事に任せた。
その間に私は、公爵家の図書室へ向かった。
ウ・ランカ国について、記憶に頼るのではなく、自分の目で確かめておきたかったからだ。
しばらく書物を読み漁っていると、窓の外が茜色に染まってきた。
ニーナが夕食の時間を知らせに来てくれなかったら、夜まで読みふけていたかもしれない。
それほどまでに、【ウ・ランカ国】は興味深い国だった。
夕食は蕾玲たちを招いての小さな歓迎会となった。
ドレスに着替えていると、リオネルが迎えにきてくれた。彼もダミアンと共に、護衛体制の強化などで忙しくしていたようだ。
エスコートされながら食堂へ向かうと、すでにダミアンが来ており、笑顔で出迎えてくれた。
それから少し遅れて、蕾玲たちがやって来た。こちらで用意したドレスと礼服は、彼らには窮屈そうに見えた。けれど、二人ともエキゾチックで、大人の色香が漂っていた。
五人で囲んだ食卓は、それだけで華やかだった。
……いや、正確には、テーブルを彩る料理が豪華すぎたのだ。
どれも手の込んだ見た目も美しいディナー料理に、エールまで用意された昊然は上機嫌で『料理を作ったシェフを持ち帰りてぇな』と言ってきたが、丁重にお断りしておいた。
最初のうちは、当たり障りのない話題が続いた。
だが、香ばしい香りを放つラム肉が運ばれてきたあたりで事件は起きた。
リオネルが、ナイフとフォークを手にしたまま、ぼそりと呟いたのだ。
「……米が、食いたい」
その瞬間、場の空気がぴたりと止まった。
ダミアンが首を傾げる一方、事情を知っている者たちは動きを止めた。
「パンも悪くないが、肉の脂と味の濃いタレを受け止めるには、やっぱり白い米が必要だよなぁ」
リオネルが嘆息すると、「米」を知らないダミアンが目を丸くして私を見てきた。
「コメという穀物よ。私たちがウ・ランカ国と交易を結びたい最大の理由なの」
「姉上がそんなに欲しがる物とは……まさか金貨より価値が?」
「ある意味、それ以上ね」
私が真剣に答えると、ダミアンは勢いよく立ち上がり、「では今すぐ我が公爵家で買い占めましょう!」と叫んでいた。
蕾玲は米の圧力をかけてくる私たちに、たじたじになって「自国に戻ったら相談してみます!」と言ってくれた。申し訳ないことをしてしまった。
その横では昊然が、十杯目のお代わりエールを頼んでいた。
★ ★
濃いディナータイムが終わり、部屋に戻った私は入浴を済ませ、ニーナに髪を乾かしてもらいながら欠伸をこぼしていた。
今日は色々あったせいか、いつもより疲れていた。今ならすぐに眠れそうだ。
「お嬢様、どうかごゆっくりお休みくださいませ」
そう言ってニーナが出ていくと、私は誘われるようにベッドへと向かった。
──その時、部屋の扉がノックされた。
こんな遅い時間に誰だろうか。
眠気を堪え、扉に近づいて「どちら様?」と声をかけると、「俺だけど」と返された。私はその声に何の疑問も持たず、扉を開けていた。
「リオネル、どうしたの?」
「……なぁ、今日はお前の部屋で過ごしちゃダメか?」
「え、ダメってことはないけど……」
婚約前から共に夜を過ごしたこともある。
ましてや今は正式な婚約者同士だ。誰に咎められることもない。そう思った瞬間、妙に胸の奥がくすぐったくなった。
けれど、リオネルは真面目な顔で言ってきた。
「護衛は増やしたけど、あの男がまたベルを襲ってこないか心配なんだ」
私の身を案じて来てくれたのに勝手に舞い上がってしまい、慌てて火照る顔を手で仰ぐ。
「そっ、そうね。分かったわ」
「俺はソファーで休むから、ベルは安心して眠ってくれ」
リオネルを部屋に招き入れると、彼は薄暗い部屋を見渡して異常がないのを確認すると、ソファーを指差した。
三人掛けの大きなソファーとはいえ、彼の体格では足がはみ出してしまうサイズだ。とても安眠できる場所ではない。
「ソファーじゃ体を痛めてしまうわ。私のベッドなら広いし、一緒に使えばいいじゃない」
私のベッドなら、二人並んでも余裕がある。それに片方が窮屈な場所で休んでいるのに、自分だけ広々としたベッドを使って眠るのは気が引けた。
なのに、リオネルは苛立ったように髪をかき上げた。
「……ベル。お前、本当に俺のこと、婚約者として見てくれてるか?」
「な、なによ急に」
「さっきだって、俺だと分かった途端、何の警戒もせず扉を開けたじゃないか」
そう言って、リオネルは怒りをにじませながら私に近づいてきた。
──なんで、怒ってるの。
一体どこで怒らせてしまったのか、反射的に後ずさって離れようとするも、それより先に掴まってしまった。
両手をとられて引き寄せられると、そのまま強い力で抱きしめられる。
胸板に押しつけられるようにして顔を上げると、薄く開いた唇に乱暴な口づけが襲ってきた。
「リオ、んんっ……!」
顔を反らせば、遠慮なく口の中に舌が入ってきて、私の舌に絡みついてきた。苦しくなって抵抗するも、すればするほど腰に回された腕に力が入ってきつく抱きしめられる。
「ん、ふっ……は、待っ……!」
何度も深く口づけられて、脳に酸素が回らなくなっていく。その先を考えないようにしても、求めてくるようなキスに、鼓動が激しく脈打った。
二人の溶け合った唾液が口の端から零れ、足に力が入らずリオネルの服にしがみついていた。
ようやく顔を離してくれると、リオネルは私の口についた唾液を拭いながら、熱を帯びた目で見つめてきた。
「──俺はお前とこういうこと、いっぱいしたいからな」
私たちがもう子供じゃないことは知っている。それでも、ずっと私の幼馴染みだと思っていたのに、そこには私の知らない男の顔をした幼馴染みがいた。
突然の変化、ではない──。
私がきちんと見ようとしなかっただけで、リオネルはいつだって私を求めていた。それに気づきながら、見ないふりをしてきたのかもしれない。
何か言わなきゃと思っても、掛ける言葉が思いつかなかった。
そのまま抱き上げられた瞬間、思わず小さく声が漏れた。
心の準備もできていないままベッドへ運ばれていくと、期待より怖さのほうが勝っていた。自然と体が強張ってしまうと、リオネルは私をベッドの上に寝かせた。
それから布団を引き寄せ、私の体にかけた。
「そういうわけだから、良い子はさっさと寝てくれ」
リオネルはため息交じりに「おやすみ」と言って、さっさとベッドから離れていってしまった。
ついさっきまで婚約者がどうのこうの言って唇まで奪っておきながら、これではまた子供扱いではないか。
「もう、知らないっ!」
肝心なところで一線を引くのは、自分だって同じくせに。
私は恥ずかしさと怒りがこみ上げ、布団をかぶって声にならない声を上げていた。
──リオネル、許すまじ(2回目)
コミカライズ・講談社マンガアプリPalcy▼
https://palcy.jp/comics/2261





