呪われ王子と異国の姫④
『ウ・ランカ国』──この大陸において、唯一海に面していない国である。
南部を治めるレクラム国。そこから北へ連なるガロム連邦を挟み、西にウォルテリア国、東にモンタイト国。そして北部の広大な大地を支配する神聖ユニオール帝国。そして、北部の広大な大地を支配する神聖ユニオール帝国。
その中で、ウ・ランカ国はレクラム国を除く三つの大国に挟まれた小国にすぎない。レクラム国とは連邦の麓を共有しているが、それ以外で結びつきはほとんどなかった。
かつてそこは「国」と呼べるものではなかった。
それぞれの国から爪弾きにされた者たちが集まり、幾つもの部族が散在する、無数の小さな集落の集合体だった。
わずかな土地や水を巡って争いが絶えず、多くの命が失われた。周囲の国々は、火の粉が自国へ及ぶことを恐れて沈黙を守った。
十年にも及ぶ血の時代の果て、一つの部族が他を圧倒する力を得ると武力で統一し、隣国から独立を宣言した。
──それが、ウ・ランカ国の始まりである。
建国からまだ二十余年。国としては若く、外部に伝わる情報も乏しい。だが、様々な部族を取り込んだことで独自の文化が栄え、物好きな旅商人がこぞって足を運ぶ場所になっていた。
『改めて自己紹介させていただきます。──私は、レクラム国グラント公爵家の長女で、イザベル・ネヴァ・グラントと申します。それから、こちらが私の婚約者で、ストラッツェ公爵家の長男でリオネル・ビオ・ストラッツェです』
婚約者という一語をわざと強調して口にすると、隣に座るリオネルが肩を震わせて笑いを堪えていた。笑いたければ笑えばいい。それで婚約者を守れるなら安いものだ。
『なんだ、護衛じゃなかったのか』
『彼は公爵家の跡取りで、私の婚約者です!』
護衛だったら連れていけると思ったのか。
私が睨みつけると、男は両手を挙げて降参のポーズをとった。全身の毛を逆立てた猫のように威嚇すると、「落ち着け、ベル」とリオネルになだめられる。その顔は、実に嬉しそうだった。
『昊然、だれかれ構わず挑発するのはやめてください』
『へいへい、話し合いは俺の出る幕じゃねーし。大人しくしてますよ、王女殿下』
あまりに遠慮のない態度に思わず眉をひそめる。
いくら親しい間柄とはいえ、他人の前では王女を立てるのが常識ではないのだろうか。それも文化の違いだろうか。
『失礼いたしました、公女様。先ほど名乗った通り、私はウ・ランカ国の蕾玲です。立場は第六王女で、王の庇護下にある者です。こちらは私の護衛で、王より宝珠を賜った昊然と言います』
庇護下という言葉に合わせて、蕾玲は首元の金の珠へと指を伸ばした。すると、テーブルの上にウ・ランカ国の国章が淡く浮かび上がる。
リオネルに視線を送ると、彼は静かに頷いた。
一方、護衛の昊然は片手を持ち上げて挨拶をしてきた。なんて軽い男だろうか。それでも彼の胸元にある黒い宝珠は、王から認められた証のようだ。
それぞれ紹介が済んだところへ、急な客人にも関わらず公爵家の使用人たちが、お茶と軽食を運んできてくれた。
テーブルにサンドイッチやスコーンなどの軽食が置かれていくと、揃わないうちから昊然が手を伸ばしていた。
それを見て蕾玲が咳払いするも、自らもそっと手を伸ばす。どうやら、どちらも腹を空かせているらしい。
「お嬢様、こちらに茶葉をお持ちいたしました」
「そう、ありがとう」
ワゴンには木箱のキャディボックスが整然と並び、芳香が立ちのぼっている。
私は立ち上がり、スコーンを頬張る昊然へ視線を落とした。
『昊然と言ったかしら。王女殿下のお飲みになるお茶の葉を、代わりに選んでほしいのだけれど』
『俺はエールがいいなぁ』
尋ねてもいないのに図々しくも酒を注文してくる護衛に、隣でサンドイッチを食べていた蕾玲が喉を詰まらせる。
私の横でも、エールという単語は聞き取れたリオネルが、腕を組んで嘆息した。
『お前、護衛だろ』
『俺は酒を呑んでも強いぞ。試してみるか?』
『昊然、貴方という人は! お願いですから他所の国では、問題を起こさないでください!』
さすがに見かねた蕾玲が、昊然をたしなめる。自国でもかなりの問題児らしい。それでも護衛役に選ばれたのだから、相当腕が立つのだろう。反省する様子がないのも、彼の立場が物語っている。
すると、蕾玲は自らワゴンに近づき、茶葉を選び始めた。私は慌てて彼女の後ろに控えた。
『……そんなに畏まらないでください。王女と言っても肩書きでしかありません。我が国では、王子と王女を足せば二十人近くいますから』
『二十人も……。ですが、先ほどの護衛は王族ではないようですが』
言葉にこそしなかったが、王女より偉そうだったと言わんとしていることが伝わったのか、その時の蕾玲は申し訳なさそうに笑うだけだった。
『それより、公女様は私たちの言葉を流暢に話されるのですね。おかげで、直接お話ができて助かりました』
『いいえ、必死で覚えましたから……』
──愛する人のために。
かつてこの身体の持ち主だった少女──イザベルが、夜を徹して学んでいた姿が脳裏に蘇る。
認めてもらいたくて。
振り向いてほしくて。
愛してほしくて。
王太子妃となるために、恥をかかぬようにと、彼女は幾つもの言語を身につけた。
オーティスと婚姻して王太子妃となれば、他国との交流は避けて通れない。そのために、寝る間も惜しんで必死に学んでいた。
そう、私が彼らの言葉を聞き取れて話せるのは、特殊能力でも何でもなかった。
──これは、イザベルの努力の結晶だ。
だから、褒めてもらえたのが自分でなくても、自分のことのように嬉しかった。
愛しいイザベル、貴女は本当に……。
記憶の底で見つけた勉強に励む彼女の姿に、胸が締め付けられる。それほどに愛していたのだと、改めて思い知らされた。
最初はすべてを理解することは難しかったけれど、今なら分かる。
私も愛されることを知り、愛することを覚えたから……。
『公女様、こちらの茶葉でお茶を淹れてもらえますか? まさか、私たちの国の茶葉があるなんて。昊然にも同じものをお願いします』
『それは良かったです。すぐにご用意いたしますので、座ってお待ちください』
イザベルの知識のおかげで、私は彼らと対話できる。
言葉が通じれば、きっと心も通じる──そう信じていた。
だが、禁書を燃やしてしまった代償は、私の想像をはるかに超えていた。
『公女様、リオネル公子様にお伝えください。弁償する代わりに、公女様との婚約を解消し──私と婚姻してほしい、と』
コミカライズ・講談社マンガアプリPalcy▼
https://palcy.jp/comics/2261





