呪われ王子と異国の姫③
「──はぁ?」
いきなり熱烈な誘いを受けたリオネルは、呆気にとられて握っていた剣を落としそうになっていた。
……この世界では、こういう口説き方もあるのかもしれない。
『俺と一緒になったら、いつでも手合わせができるだろ?』
男は当然のように言葉を続ける。
リオネルは意味を掴みきれず目を丸くしていたが──敵意のない笑みと差し出された手に、思わずその手を取ってしまいそうになる。
……このままでは、彼の提案を受けてしまうではないか。
私は意を決し、二人の間に割って入った。
『ダメよ! 彼は、私のものなんだから!』
リオネルの婚約者は私だ。
咄嗟に、彼の使う異国語で返すと、男は驚いた表情で口笛を吹いた。
『へぇ、俺たちの言葉が話せるとはな。そりゃあ話が早い。アンタを殺したら、この男は譲ってもらえるよな?』
それこそダメに決まっているではないか。
再び剣を向けてきた男に、額から冷や汗が流れる。
その時、なぜか嬉しそうに笑っていたリオネルが、後ろから包み込むように抱きしめてきた。
『悪いな、そういうことだ』
腕の中で守られながら、リオネルは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。そして、私に向けられていた刃を、手の甲で軽く払いのけた。
「リオネルも彼の言葉が分かるの?」
「後継者教育で外国語はちょっとだけ勉強した。そういうベルは、どっちも完璧そうだな」
「ええ……でも、なぜかしら?」
最初は、私の魂が異邦人だからだと思った。でも、それならリオネルも同じはずだ。
そのとき、もう一人の侵入者が、静かにこちらへ歩み寄ってきた。
『昊然、剣を収めてください。私たちは争うために、ここまで来たわけではありません。──我々の無礼をお詫びいたします、グラント公爵令嬢』
澄んだ声。
彼女が外套のフードを外した瞬間──漆黒の長い髪が滑り落ちた。
整った顔立ちに、深い緑の瞳。腰まで伸びる黒髪を一つに束ね、赤と黒の着物には手毬の文様。彼女が一歩踏み出すたび、裾がふわりと揺れて香が漂う。
男が着ている装束もそうだが、どちらにも和柄が入っているせいか、妙な親近感を覚えてしまう。
昊然と呼ばれた男は、肩をすくめながら渋々剣を鞘に納めた。
『あなたは……』
『申し遅れました。私は、ウ・ランカ国の第六王女で蕾玲と申します』
蕾玲と名乗った王女は、真っ直ぐに私を見据えた。
か弱そうに見えるのに、一切の隙も感じられない。余計な動きをすれば、命を落とす──そんな気配に息を呑む。
『私たちは貴女が旅商人から買われた禁書を、回収しに参りました──』
……ただ、そんな威圧感を放つ彼女の首元で、金色の珠が付いたチョーカーだけが、不釣り合いに揺れていた。
本来なら、私とリオネルが二人きりで過ごせるように、少し離れた場所で控えていたニーナたちは、
中庭に現れた不審者に気づくやいなや、いち早く騎士を呼びに走ってくれたらしい。
私は駆けつけた騎士たちに向かって、必死に説明した。
「彼らは──私の客人よ」
……果たして、信じてもらえたかどうかは怪しいところだ。
けれど、他国の王女殿下を捕縛するわけにもいかない。
「ウ・ランカ国から来てくれた客人なの。とても珍しい商品が手に入ったから、私のところに直接運んできてくれたのよ」
──不法侵入だけど。
──商品を持ってきたんじゃなくて、回収しに来たんだけど。
──それに、命も狙われたんだけど。
必死に笑顔を作りながら身振り手振りで補足すると、騎士たちは互いに顔を見合わせ、しぶしぶ引き下がってくれた。
ダミアンが視察に行っている時でよかった。彼がいたら余計ややこしくなってしまうところだった。背中に抱き着いたままのリオネルは、噴き出すのを堪えていた。ちょっとくらい助けてくれてもいいのに。
でも、リオネルのおかげで騎士たちが大人しく帰ってくれたのだ。リオネルほど強い護衛はいないのだから。
「ニーナ、東屋でお茶をするから準備をお願い。異国の方だから、ひとまず紅茶以外の茶葉を持ってきてくれないかしら。それからお菓子ではなく、軽食を用意するように」
「畏まりました、イザベルお嬢様」
ニーナは指示に従ってくれたものの、彼女の鋭い目は昊然に向けられていた。
睨みつけられた昊然は『おお、怖いね~』と、降参するように両手を挙げた。この短い時間で彼が好戦的な性格であることは十分理解できた。
私は中庭に建てられた東屋に案内して、蕾玲に座るよう促す。
すると、蕾玲の従者か護衛だと思っていた昊然も、当たり前のように椅子に腰を下ろした。彼らの関係は分からないが、こちらの常識とは違うのかもしれない。
「ベル、悪い。俺、全部は聞き取れない。通訳してくれるか?」
「ええ、分かったわ。……それより、禁書の回収って言っていたけど──私たち、あの本燃やしちゃったわよね……?」
「……ああ。綺麗に燃やしたな」
二人の間に、乾いた沈黙が落ちる。王族が直々に回収に来るほどの代物だったなんて。どれほどの価値なのか、想像もつかない。
けれど、すでに灰となったものを返せと言われても、どうしようもない。
私は、彼らを屋敷に招き入れてしまったことを少しだけ後悔した。
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