呪われ王子と異国の姫②
室内着から薄桃色のワンピースに着替え、艶やかな赤髪をゆるくまとめてもらっていると、リオネルの居場所を確認に行ってくれたメイドが戻ってきた。
「公子様より、中庭でお待ちくださいとのことです」
どうやら訓練の最中らしい。
ニーナが「ご一緒いたします」と言い、私の後に続いて中庭へ向かうことになった。
「ねぇ、ニーナはメイド以外に、やりたい仕事はなかったの?」
「……私は孤児だったので、まともな仕事に就けるとは思っていませんでした。それが今では、お嬢様のような高貴な方にお仕えすることができて、とてもやりがいを感じています!」
まさに、これが天職だといわんばかりの返答に、私は尋ねた相手が悪かったと反省した。
やはり手に職をつけたほうがいいだろうか。
本来、貴族令嬢に課せられた義務は、社交界で適切な相手を見つけ、高貴な血を継ぐ世継ぎを産むこと。
もし、貴族夫人がメイドのように働いていたとなれば、家門の沽券に関わる。公爵家が貧乏だと噂されるわけにはいかない。
「となると、今の立場を生かした仕事に就くのがベストね」
公爵令嬢として、何ができるだろう。
そんなことを考えているうちに、中庭へと辿り着いた。
「お嬢様、こちらを」
「え、これタオル……?」
中庭にある東屋で待っていようかと思ったのに、ニーナから突然ふかふかのタオルを手渡された。
なんで? と首を傾げれば、もの凄い速さで近づいてくる婚約者の姿を見つけた。
「悪い、待たせた!」
訓練途中で声をかけられたのか、汗を洗い流すために頭から水をかぶってきたようだ。腰に剣を差したまま、金色の髪から水を滴らせ、薄地の服も濡れてしまっている。
私はニーナの意図を知り、リオネルの頭にタオルを被せた。
「そんなに急いで来る必要なかったのに」
「お前に呼ばれたら、どんな場所でも駆けつけるに決まってるだろ」
「……恥ずかしくなるから、やめて」
わしゃわしゃと水気を取ってあげると、リオネルは嬉しそうに頭を突き出してきた。
もういいかなと止めると、タオルを掴む手をとられて手首に口づけられる。お礼というよりは、ご褒美をねだる犬みたいだ。
私は火照る顔を堪え、リオネルが満足するまでそれに耐える。
くすぐったくて、逃げ出したいぐらい恥ずかしい。……けど、嫌ではない。
十分すぎるほどリオネルのスキンシップを受けた後、一緒に中庭を散歩することにした。
「──で、何かあったのか?」
私がリオネルを呼ぶ時は、何かあったときだけだ。
用事がなくてもやって来るリオネルとは違い、それは彼も理解しているようだ。だから、考えていることを正直に伝えた。
「私、無職じゃない? だから、仕事をしようと思うんだけど」
「──ブッ、ゴホゴホッ! ま、待ってくれ、冗談だよな!? 今の笑うところか!?」
「笑わせようと思って言ったんじゃないわ。……本気よ」
むしろ、なぜ笑う。
思わず唇を尖らせると、リオネルは一転して真顔になり、私の腕を掴んできた。
「ま、まさか……俺との婚約をやめて働きたいとか言い出すんじゃないだろうな……?」
「そういうんじゃないけど、私も仕事ぐらいしないと」
「結婚したら忙しくなるぞ? 貴婦人の茶会もあるし、お前が主催しなきゃならないパーティーだってある」
確かに、リオネルの言う通りだ。
公爵夫人となれば、お茶会や祝宴の主催、屋敷の管理、使用人の指揮──意外と仕事は多い。
でも私が求めているのは、もっと自分の手で稼ぐ仕事なのだ。
「本当にちょっとした仕事でいいの。自分が働いた分の対価が欲しいだけ」
夫に依存することなく、自ら稼いだお金で好きなものを買いたい。
つまり、無職でなければ何でもいいのだ。
けれど、リオネルは悩ましい表情を浮かべた。やはり、これから公爵夫人となる人間が働くのは無理があるだろうか。
すると、リオネルは周囲に誰もいないことを確認してから口を開いた。
「働くこと自体は問題ない。身分を偽って変装でもすれば、好きな仕事に就くこともできると思う……」
「それ以外に、気を付けなければいけないことがあるってこと?」
「大ありだ。俺たちはこの世界で産まれたけど、中身は異世界の人間だ。向こうの知識をそのまま使えば、下手すりゃ天才どころか異端扱いされるぞ」
「あ……そう、ね」
こちらの学者が生涯をかけて発見する理論を、私たちはすでに知っている。
身分が高いおかげで言い訳はできるが、何気なく発言した言葉が、世紀の大発見に繋がりかねない。
「向こうの世界にあったものを、この国で流行らせることもできるし、事業を展開することだってできるはずだ。──けど! バカみたいに忙しくなって、一緒に過ごせる時間がなくなるだろ!」
「リオネルの問題はそこなの? 私たちの正体がバレるとか、そういうことではなく?」
「当たり前だろ。俺にとったら死活問題だ」
真面目な顔で言う内容があまりに単純で、思わずため息が漏れる。
でも、少しだけ嬉しくもあった。
「……となると、やっぱり今の立場を利用した仕事を見つけるのが無難よね」
「立場的に王妃や、王太子妃の話し相手っていう役目もあるんだろうが、今はどちらもいないからな。……そうなると、ベルはこの国で一番高貴な女性だから、他国の王族を迎えるホストとして呼ばれることも──」
一緒にいる時間がなくなると文句を言っているくせに、しっかり相談に乗ってくれるのが嬉しかった。
そんな穏やかな気持ちも束の間、リオネルの視線がふいに生垣の向こうへ走る。
つられて振り返った瞬間──空気が裂ける音がした。
光を反射した刃先が、一直線にこちらへ飛んでくる。
「──ベルっ!」
逃げる暇などない。強い力で腕を引かれた次の瞬間、ガキィンッ! と金属がぶつかり合う甲高い音が中庭に響く。
何が起こったのか理解するより早く、足元にナイフが突き刺さり、私は息を呑んだ。
「誰だ!?」
リオネルが私を庇い、生垣の方へ鋭く叫ぶ。
突然の出来事に鼓動が暴れ出し、指先が冷たく震える。リオネルが助けてくれなければ、どうなっていたか分からない。
すると、生垣の向こうから、黒い外套を纏った二人組が軽々と飛び越えて現れる。
深くフードを被っていて、顔は闇の中に隠れていた。
「こんなところまで忍び込んでくるぐらいだ。──誰の命を狙ったのか、分かってるってことだな」
リオネルはナイフを叩き落とした剣を握りしめ、彼らに剣先を向けた。
しかし、彼らはお互いに顔を見合わせたものの、何も答えなかった。
代わりに、背の高い方が外套の中から、剣を取り出した。
見たことのない形状だった。
太くまっすぐな刀身に、柄の根元には黒い房飾り。どこの国の武器なのか、想像もつかない。
だが、武器は武器である。剣を抜いた敵は、再び私たちを狙って地を蹴った。正確には、私だけを狙ってきた。その刃が私に届く前に、リオネルが剣で受け止めてくれた。
『こっちに回ってきて正解。アンタが公女だな』
──知らない言語だった。
なのに、意味が分かる。理解できてしまう。
「ざけんなっ! いきなり現れて何しやがる、てめぇ!」
『へぇ、俺の剣を受け止めるとは』
二人の剣戟が火花を散らすたび、空気が震える。
リオネルの動きは鋭く、攻防の合間にも一歩も退かない。
鍛錬で温まった身体が、まるで獣のようにしなやかに動いていた。
彼は一体、何者なのだろう。
──それより、なぜ私は彼の言葉を理解できるのだろう……。
『こっちにも譲れないものがあってな。俺たちが探している書物を返してもらうぜ?』
「さっきから、ごちゃごちゃと! 分かる言葉で話しやがれっ!」
幾度となく剣と剣が激しくぶつかり合う。
両者一歩も引かない。けれど、鍛錬の直後だったことが味方したのか、リオネルは相手の剣を受け流し、そのまま剣を振り上げて容赦なく斬りつける。
しかし、後ろにうまくかわされ、相手の外套だけが地面に落ちた。
『ハハッ、期待してなかったけど、いいなぁ……お前』
外套の下から現れたのは、褐色の肌に精悍な顔立ちをした異国の男だった。
黒髪に漆黒の瞳。花を象った紋様が入った黒い装束をまとい、刺青が刻まれた腕が陽光を反射する。
胸元には黒い珠のペンダントが揺れていた。
男はゆっくりと口角を上げ、挑発するようにリオネルへ手を差し出してきた。
『なぁ、俺の国に来ないか? 満足するまで相手してやるから、俺のものになれよ──』
本日よりコミカライズ、新章開幕です!
ぜひ新キャラである、蕾玲、昊然の姿を見ていただけたらと思います。
原作のほうは週一(火曜日)更新でアップしていく予定です。
引き続きどうぞ宜しくお願いします!
講談社マンガアプリPalcy▼
https://palcy.jp/comics/2261





