呪われ王子と異国の姫①
──レクラム国、グラント公爵領。
小さな村まで管理が行き届いた領地は、広大な荘園から収益を得て、王室を凌ぐ富を築いてきた。
生活水準は高く、治安も良い。ゆえに旅人たちにも人気があり、中心街ベルガには昼夜を問わず人の波が絶えない。
『お嬢、こっちの串焼き美味いぞ!』
とくに夜ともなれば客が押し寄せ、酒場は連日満席になるほど賑わっていた。
『昊然、あなたの食事代で旅費が尽きそうです』
『アハ。そん時は、お嬢お得意の幻影術で荒稼ぎしよーぜ』
異国の言葉が飛び交うのも、ここでは珍しくない。
おかげで、国境を越えてやってきた者にとっても好奇の目に晒されることなく、落ち着いて食事をとることができた。
というより、隣の席の話し声が聞こえないほど騒がしい酒場では、自分たち以外眼中にないのだろう。
テーブルいっぱいに並べられた料理を、フードを被った男が豪快に平らげていても気にする者は誰もいなかった。
『お忍びでこの国に来ているのを忘れたのですか?』
『そうねぇ、どっかの王女殿下が大切にしてた禁書を盗まれちゃったからねぇ。さっさと回収しないと、お嬢のことが陛下にバレたら大変だ~』
『う……。だから昊然に同行をお願いしたのです。貴方は鼻が利きますから』
同じくフードを被った女は、目の前のブラッドソーセージを一口かじった。
ハーブと香辛料の香りが立ち、臭みのない肉汁が口いっぱいに広がって、思わず頬が緩んだ。
「旅人さん、うちの店の料理はどれも美味しいだろ!」
そこへエールの入ったカップを運んできた女将が、声をかけてきた。
食事をしている間、ふくよかな体で機敏に動き回り、誰にでも気さくに声をかけている姿を何度も見かけた。
「トテモ、オイシイデス」
「それは良かった! 王太子殿下を守ったっていう英雄のお嬢様が、今この領地に帰ってきているから、一目見ようといつもより人が多くてね」
女将は、嬉しそうに肩をすくめながらも、「しばらく休めそうにないよ」と笑ってみせた。その人懐っこい笑顔に、自然とこちらの心も和らぐ。
「アエマスカ?」
「そうさねぇ、運が良ければ馬車が大通りを通ったときに顔ぐらいは拝めるだろうけど。なにせ相手は公爵家のお嬢様だからねぇ」
礼を言って追加のエールを頼むと、女将はにこやかに「すぐ持ってくるよ!」と厨房へ戻っていった。
『ん~やっぱ忍び込むしかないんじゃない? 俺は正面突破でもいいけど』
『無茶はいけませんよ、昊然』
『強い相手と戦えるならいつだって歓迎だが、お嬢に従うぜ──蕾玲王女殿下』
態度こそ悪いが、護衛としてはこれ以上なく頼もしい。
ここまで何事もなく辿り着けたのも、彼のおかげだ。
『では、その食欲だけは少し抑えてください……』
ただ、フードに隠れた底なし沼の胃袋が今どうなっているのか、それだけが心配になった。
★★
「──私、このままだと人間をやめるようかもしれないわ」
朝、目を覚ました瞬間から貴族令嬢の生活が始まる。
起床と同時に顔を洗うお湯とタオルが用意され、着替えや髪はお任せ、腹が減ったと言えば食事が用意され、小腹が空いたと言えばお茶とお菓子が用意され、風呂からマッサージまでされるがまま、だらだらと過ごしていても文句を言ってくる者はいない。
最初こそ、至り尽くせりの生活を満喫していた。
だが、元・社畜の日本人としては、背徳感が半端ない。
かといって、メイドの真似事をするわけにもいかない。公爵令嬢が掃除や洗濯をしていると知られたら、せっかく回復した名誉が水の泡だ。
……それでも、仕事がしたい。
黙っていても金が入ってきて、贈り物で宝石やドレスが増えていく生活ではなく、働いた給金で小さなご褒美──お菓子や小物、書物なんかを買いに行く。
そんな、ささやかな日々が恋しかった。
贅沢な悩みだということは分かっているが、このままだと本当に人間をやめるしかなくなってしまいそうで恐ろしかった。
今も足をマッサージされながら、髪や爪の手入れが行われ、うとうとと意識が遠のきかけていた。
「お嬢様でしたら、どのような動物になっても愛らしいと思います!」
「……そういうことじゃないのよ」
専属メイドのニーナは「お嬢様ですから!」と誇らしげに言うと、他のメイドたちもそれに賛同する。
以前は我儘姫として名が通っていたのに、実は王太子殿下を守った英雄で、性格も丸くなったことから、公爵領ではより手厚くもてなされていた。
「そういえば、リオネルは普段どうしているの?」
「公子様でしたら、早朝から剣の鍛錬を行い、その後は我が公爵家の騎士と模擬戦を。午後はダミアンお坊ちゃまと領地の視察に出かけておられます」
「…………そう」
つまり何もせず、自堕落な生活をしているのは私だけ、と──そういうことである。
家畜の動物ですら役割を与えられているのに、公爵令嬢という肩書き以外何もないではないか。
「リオネルのところへ行ってくるわ」
自分が無職の人間であることに衝撃を受け、すっと立ち上がる。
婚約者のもとへ行くと言った瞬間、メイドたちは一斉に歓声を上げた。
「まぁ! 今すぐ準備いたします!」
敷地内を歩くだけなのに、髪もドレスも完璧に仕上げられ、私が部屋を出られたのは──それから三十分後のことだった。
いつも読んでくださりありがとうございます!
藍原先生と担当さん、そして皆さまのおかげでコミカライズの続編が決まり、
原作のほうも続きを書きました~
第二章「呪われ王子と異国の姫」よろしくお願いします!
また書き終わっておりますので、ご安心してお読みください。
第二章も最後までどうぞよろしくお願いします!
コミカライズのほうは明日より連載再開となります★
講談社マンガアプリPalcy▼
https://palcy.jp/comics/2261





