願い事
七夕っぽいネタでいつもの小ネタです。
いつものように軽快に王宮から呼び出しを受けたレナは、これまた軽快にそれに応えた。
なにしろ目に入れても痛くない程の大切で可愛いカリンから「お姉様とお話がしたいの」と言われて断るはずがない。
つい二日前にも会って話をしたばかりだとかそんなのは関係ない
「カリンがお嫁に行くまではずっと一緒にいたんだもの!」
だからこれは正当なのだと、いったいなにが正当なのか分からない理由を掲げて今日もレナは王宮へと向かう。
「だから姉上もいっそここに住んだらいいと言っているだろう」
「さすがにそれは無茶がすぎますと! 何度も! 申し上げてますが!?」
頻繁にカリンに呼び出されて来るのも大変だろうから、いっそ王宮に住めばいいとクラウドはカリンの呼び出し並みに軽く言う。
その度にレナは丁重にお断りをするのが最早お約束のようになっている。
「王太子妃専属のドレス職人として住み込みなら体面も取り繕えるだろう?」
「誰がどう見ても公私混同も甚だしすぎるやつ……!」
「お兄様もっと上、上がいいわ!」
「これ以上は俺の背でも届かないよカリン」
「じゃあもっと大きくなって!」
カリンの無茶ぶりにエリアスは苦笑しつつも嬉しそうだ。
王太子妃の部屋のベランダ。その手すりの一つに括りつけられた細木のてっぺんに、エリアスが背を伸ばして黄色の紙で作られた星形の飾りを取り付けている。
その他にも細木は紙製の輪っかや川の流れに見立てた細工切りされた紙で飾れており、カリン専属の侍女二人も楽しそうにしている。
「尊い……!」
あまりにも平和で幸せなその光景に、堪らずレナの口から素直な感想が漏れた。
隣に立つクラウドから冷ややかな視線が飛んでくるが、そんなのはこの尊い図の前では些末なことだ。
「ねえねえお姉様、お姉様はなにを書いたの?」
王太子妃になったばかりのカリンであるが、すでに幾つもの国の王族や大使との交流を進めている。
その中の一国、海を隔てた遠い異国の地の文化にカリンはとても興味を惹かれ、忙しい日々の中でその国の書籍を読み漁っている。
そこで知った一つの行事。
夏のとある日に、木の枝を飾りつけ、願い事を書いた紙を結んで天に祈る――
「とても素敵だと思ったの。本当は木の種類は違うそうなんだけど、それはあちらの国にしかないんですって」
だから似た感じの木で代用するしかなかった。しかしその分、飾りつけは盛大になっている。
「慰問先の孤児院の子ども達と紙を折って飾りを作っていたんだ」
「その光景もぜひこの目で見たかった!!」
子どもと戯れるカリンなど天使達の絵面でしかない。くう、と本気で悔しがると、先程以上にクラウドから冷たいというかもうドン引きした気配を感じるが、これまたレナにとっては以下略である。
「お姉様ったら!」
ぷう、と頬を膨らませ見上げてくるカリンの可愛らしい事といったら。
「うちの子可愛すぎやしませんか? これはやっぱり国で保護するべきでは?」
「だからしているだろう」
「わたしはね、殿下とお姉様とお兄様とずっと一緒に、楽しくいられますようにって書いたのよ」
「ああああああ天使! 最重要保護対象ーっっ!!」
感極まって叫ぶレナの隣で、クラウドは自分の名前が真っ先に出た事に喜びを隠せずに震えている。
異様な光景でしかないが、カリンにとっては慣れたものだ。平然としたままレナの手元の紙をチョイチョイと軽く引っ張った。
「お姉様のお願い事が知りたいわ。見てもいい?」
「見てもいいというか、なにも書いてないのよ」
カリンに言われてレナも一旦考えはした。それはもう真剣に考えた。
「でもなにも浮かばなかったの?」
お姉様ったら無欲すぎ……! と今度はカリンがレナの尊さに瞳を潤ませるが、こういう点においては兄妹以上にレナの性格を把握しているというかしてしまう羽目になったクラウドは「いやそんなんじゃないだろう」と首を横に振る。
「願い事は自力で叶えるから別にいいかなって!」
「その考えは立派だと思うが、今はそういうのじゃないと思うぞ姉上……」
「あ、カリンの願い事はもちろん叶えるわ! っていうか、それはわざわざ天に頼まなくっても私とエリアスと殿下が絶対叶えるのにもう……カリンったら」
「だから……そういうのじゃないと……」
レナの言葉は嬉しいけれど、まさに「そういうのじゃない」カリンはこれはダメだと矛先を変える。
「お兄様は! お兄様にも願い事を書く紙を渡したでしょう? なにを書いたの!?」
「俺も特には……」
「お兄様まで!」
「俺はレナとカリンと殿下がいれば他になにもいらないから」
「もういいわ! わたしがお兄様とお姉様の分まで願い事を書くもの!!」
思ってたのと違う! とカリンは拗ねてしまうが、これは完全なる甘えであるし、カリンが素直に甘えられる状態であるというのが何よりも嬉しいレナとエリアスにとってはひたすら顔が緩むだけである。
これは俺がツッコミをいれないといつまでも続くやつだよなあと思いつつ、クラウドにとっても望ましい幸福な光景であるのであえて沈黙を貫く。
そんなクラウドの手にある願い事を書く紙には、色々な意味を込めてで【世界平和】と書かれていた。
殿下がツッコミを放棄すると途端にボケしかいなくなる愉快な仲間たちです。




