初恋泥棒
新年を祝う日。
例年であれば自分の家で慎ましやかに迎えていたが、今年はそういうわけにはいかなかった。
なにしろ未来の王太子妃であるカリンがいる。
正式に婚約者となり、後顧の憂いであった義実家も片付いたものだから本格的にカリンの王太子妃としてのお披露目が始まった。
連日連夜、宴に参加しなければならないカリン。エリアスはカリンとクラウドの護衛として共にいる。となれば、レナは一人自宅で留守番、と思っていたのだが。
新興貴族のシュナイダー伯爵家。
レナはそのシュナイダー家の伯爵夫人であり、そしてなによりもカリンの義姉。
王太子妃との繋がりを少しでも持ちたい、という貴族からの招待はレナにも届き、結果レナもカリンと同様に宴に参加の日々である。
さすがに疲れを感じる中、それでも今日は日中、そして主催者であるエンディウス公爵家の小さな姫君の誕生日会も兼ねているということで、いつもよりかは楽しい気分でいる。
十歳になったばかりの公爵令嬢はとても可愛らしく、そんな彼女と親しげにしている他の令嬢・令息も同じ年頃であり、つまりは小さく可愛い存在が目の前に沢山いるのだ。日頃、貴族達の腹の探り合いに辟易していたレナにとっては癒やしの光景でしかない。
人の集まる場所から少し離れた所でレナは椅子に腰掛けつつまったりとしている。
カリンの成長と共に新規で子供用のドレスをデザインすることは減ったが、改めて小さな淑女達の楽しげな姿を見ていると創作意欲が湧いてくる。だいぶ気が早いけれど、クラウドとカリンの子どもの服を考えるのに参考にもなる。
食い入るように見詰めていると、クラウドがこちらに近付いてくるのに気が付いた。
途中、彼の前で本日の主役であるアメリア公爵令嬢が躓いた。
レナは思わず腰を浮かせるが、アメリアの身体はクラウドが軽々と受け止め、さらには膝をついて労わりの声をかけている。
きゃあ、と小さな声が周囲から上がる。レナだってたまらず「ひぁ」と声を漏らすほどだ。
金髪碧眼の、見るからに王子様といった青年にあんな真似をされてはひとたまりもないだろう。ましてやクラウドは真の「王子様」である。
「殿下ぁ……」
「ん? どうした姉上」
今し方までの王子様然とした態度はどこに置いてきたのか、口の端をニヤリと上げて笑う姿はただの悪戯小僧だ。ことあるごとに姉上と呼んではレナをからかってくる。心臓に悪いので止めてほしいと何度言ってもきいてはくれない。
「いえ、殿下もずいぶんと罪作りなことをなさるなと思いまして」
近くに来た侍女からグラスを受け取ると、クラウドはレナの隣に腰を下ろす。
エリアスもカリンもレナが一人でいるのをとても嫌がる。だから原則、どちらかが側にいるようにしているが、立場が立場だけに実際はそうもいかない。
今はちょうど公爵夫妻とアメリアに二人して捕まっている。
そうやって自分達が動けない時、代わりにレナの隣に立つのがクラウドだ。
恐れ多いにもほどがあるんですが、とこれまた訴えるも聞き入れてもらえない。クラウドとしてはレナを口実に面倒な相手を避けることができるからと、率先だっている節もある。
「罪作りとはまた大仰だな。俺はこんなにも人畜無害なのに」
「えええ……」
「少なくともエリアスとカリンよりは無害だろう?」
「あの二人だって! いえ……ああ、はい、まあ……うん……」
こと、レナが絡むもめ事に対しては微塵も容赦のない二人である。その最たるものが直近で起きた悪徳貴族の一掃だ。
「で、そんな俺に対して罪作りとは?」
「そう! それですよそれ! 殿下ったらさっきの対応完璧すぎて周囲から黄色い悲鳴が上がっていたじゃないですか」
ん? とクラウドは軽く眉根を寄せる。ややあって先程のアメリアの件かと気づくが、それでもレナの言わんとすることは理解できないのかまだ不思議そうにしたままだ。
「あれでアメリア様の初恋完全に奪ってしまいましたよねえ……周りにいた他のご令嬢達もうっとりした目で殿下を見ていましたし。いやあ……殿下ったら本当に罪深い……もう、これでカリンが嫉妬の対象になったらどうしてくれるんですか」
最後の言葉はただのからかいだ。少なくともレナはそのつもりだった。だが、レナの言葉を受けてのクラウドの反応が思っていたものと違いすぎた。
「それを言うならカリン、とエリアスだろ」
なにが、というレナの問いは喉から出てこない。クラウドの妙に疲労感漂う表情に己の迂闊な発言を知り、固まってしまった。
「見てみろレナ」
クラウドの視線が場の中央に向く。レナもつられてそちらを見た。
公爵家のご令嬢筆頭に、周囲にいる令嬢・令息の視線はエリアスとカリンにしか向いていない。
しかもよく見れば、令嬢の視線はカリンに、令息の視線はエリアスに注がれている。
「……逆では?」
「もちろんそういう令嬢令息たちもいるが。大半はあの通りだな」
小さな紳士淑女に囲まれても、エリアスとカリンは完璧に対応をしている。一人一人、大人と同じように接しており、それでまた周囲の熱い視線が過熱する。
「あの二人も外見は物語から抜け出てきたかのようだろう?」
「ですね」
「即答……まあいい、それで、だ。まず外見でころっと初恋は奪われるわけだ」
無垢な子どもにとって、エリアスとカリンの見目麗しい姿は抵抗などできるはずもない。簡単に心をときめかせてしまう。
「だが、その後に今度は二人の立ち居振る舞いに嵌まるんだよ」
完璧だと目に映る相手が、子どもの自分に大人と同じように、礼節を持って接してくれる。
「……子どもながらの自尊心がとんでもないことになりますね?」
「だろう? だから、そこでもう最初に抱いた初恋だとかそんな感情が吹き飛んで憧憬の対象になるんだ」
初恋の対象が人そのものの尊敬に変わる。
「そして気づくんだよ、同性の自分にとって理想・手本となる存在がすぐ隣にいるのに」
例えば一人の令息がカリンに初恋を奪われたとして。
すぐにカリンの人柄に惹かれ、こんな素敵な人に相応しい自分になりたいと願う。
すると隣にいるのだ。カリンと一緒にいても引けを取らない存在が。
つまりはエリアスが、生ける手本となって令息の前に立っている。
「エリアスはかっこいいですもんね!」
「息をするようにのろけるのやめてもらっていいかな姉上」
「カリンは可愛いですよ!」
「それはそう……じゃなくてだな、初恋が尊敬に変わって理想の姿が目の前に、というのが一気に起きるわけだ。そうなった時の子どもの気持ちが分かるか?」
「……最高に盛り上がりますね?」
「だよな、俺もそうなる」
「子どもの頃って、綺麗な年上のお姉さんが大好きでした」
「俺はカッコいい騎士が大好きだったな」
かくいうわけで、幼子の初恋どころか人としての憧憬の念を根こそぎ奪って盗んでいくのが、このシュナイダー兄妹、とは上流貴族の間では有名な話だ。
「やたらと小さなお子のいる席に呼ばれるな、とは思っていましたが……納得です」
「俺よりよほど罪深いな」
誠に罪深き兄妹であるが。
そんな二人の心を奪ったどころか、心身ともに捧げられているといっても過言ではないのがシュナイダー伯爵夫人、つまりはレナである。
「諸悪の根源はレナ、貴女だぞ」
「突然の暴言!?」
仮にも一国の王太子と伯爵家夫人、だというのに、到底そうは見えない騒ぎを繰り広げる二人の間に、「わたしだってお姉様とおしゃべりしたいのに!」と嫉妬にかられたカリンが飛び込み、さらに賑やかになるのはこれから三十程数えた後である。
エリアスは自分の好きな人達がキャッキャしてるので、幸せな気持ちでニコニコ眺めてます。




