雨の日・1
兄妹がレナに引き取られて一年後くらいの頃の話です。
(この後2に続きます)
シトシトと雨が降る。こんな日はゆっくりするに限るわねと、レナはカリンと一緒にソファに座って読書に勤しむ。
カリンはレナにぴったりと寄り添って絵本を読んでいるが、どうやら気がそぞろなのか頁を捲る手が時々止まる。
「カリン?」
本を読むのが退屈であるのなら無理してレナに付き合うことはない。他になにかやりたいことがあるのならと、そう言葉を続けようとすればカリンがぎゅっとレナの腕にしがみついてきた。
何事かと一瞬身構えたが、カリンがじっと見詰めてくるのでレナはそっと緊張を解く。これは深刻そうなものでなく、どうやらとても可愛らしいものであるようだ。
つまりは、カリンが甘えてきている。
うちの子が可愛すぎるんですけどーっ!! そう叫びたいのをレナはぐっと堪えつつ、カリンの頭を優しく撫でた。
「どうしたのカリン」
「あのねおねえさま……わたし、とってもイヤな子なの」
「カリンはとってもいい子よ」
「ううん、イヤな子よ。だって、どうしたらおねえさまを独り占めできるんだろうってそればっかり考えているんだもの」
やっぱり可愛すぎるんですけどぉっ!! と全世界へ向けてレナは叫びたい。なんだろうかこの可愛すぎるイキモノは。最早国をあげて保護しなければならないのではないか。まあでもカリンを一番守ることができるのは私なんだけどね!! などという思考が秒でレナの脳内を駆け巡る。
口を開けばロクなことを言いそうにないので、唇の端を噛み締めてレナはカリンを抱き締めた。
「おねえさまはおにいさまと結婚するでしょう? だったらおねえさまはおにいさまのものだわ。うん、それはいいの。おにいさまとおねえさまがずっと一緒にいて、仲良くしてくれたらわたしはとっても嬉しいもの」
でもね、の言葉とともにカリンもレナに抱きつく。
「おにいさまとおねえさまには一緒にいてほしいのに、わたし……わたしにも、おねえさまがほしいなって、思ってしまうの」
カリンも感情が追いついていないのだろう、話の中身はぐちゃぐちゃとしており分かりづらい。それでも言葉の端々から察するに、生まれたばかりの独占欲に振り回されているというところだろうか。
あの家にいた頃は全ての欲を諦めていたカリンだ。そんなカリンが初めて他人へ抱いた独占欲。嫉妬の対象が兄であるのも余計にカリンを困惑させているのかもしれない。
幼子が、きょうだい間で父母の愛情を独り占めしたがるのと同じ感情。それをカリンを遅まきながら感じるようになったのは、間違いなく喜ばしいことだ。そういった感情を取り込んで、人として成長していくのだから、レナは今まさにカリンの心の成長の瞬間に立ち会っている。
それはそれとして己の感情に困惑しているカリンの可憐さと可愛らしさといったら、である。
可愛いがすぎるんですけどーーーーっっ!! こんな残念極まりない叫びを聞かせるわけにはいかず、レナはさらに唇を噛み締めた。ほんのりと鉄さびのような味がするのは気のせいだと思うことにする。
はあ、とカリンは悩ましげに息を漏らす。
「――おねえさまがもう一人いたらいいのに」
「なんの話だい?」
「おにいさま! お帰りなさい!!」
ルカと一緒に街に買い出しに出ていたエリアスの帰宅に、カリンはぴょんと飛び跳ねるようにソファから降りるとエリアスに駆け寄る。
「あのね、おねえさまがもう一人いたら、わたしとおにいさまとでおねえさまをそれぞれ独り占めできてすてきよねって、そう思ったの!」
「それは…とても素敵な話だね」
カリンの突拍子もない話にほんの一瞬だけ驚いた様子を見せたものの、エリアスはすぐに柔らかな笑みを浮かべて頷いた。何を馬鹿な話を、と突き放すでもなく受け入れて同意を示す。兄として妹を大切にしている姿の尊いことよ、とレナはここでも叫びそうになるが大人の矜持でギリギリで耐えた。
「雨は大丈夫でしたか?」
「はい、レナが新しく用意してくれた外套のおかげでほとんど濡れずにすみました」
「雨の中お疲れ様でした。ルカが戻ってきたらお茶にしましょうね」
「わたしヘルガのお手伝いしてくる!」
すっかりヘルガにも懐いたカリンが元気に部屋から出て行く。
その背中を見送って、レナとエリアスは互いに微笑み合った。




