最終話 約束
三人と一匹で今まで使っていた家から全てを持ち出し、城に住まう準備から始めた。
いきなり何十倍にも広がった家は何をするにも非常に使い勝手が悪く、初めの内はひとところに固まって住んだ。
厩舎にミエリッキ達をつなげるようになったのはせめてもの幸いだ。ただし餌となる干し草を造り出せないので近隣の村へ買いに行った。
そのついでに人集めをする。資金となる物が全く無いので、期限を設けて城の中の部屋や土地を貸し出す方法を取った。城壁の外側に広げるのはまだ危険だと判断したからだ。
予想通り、暫くして森の消失に気付いた王城からライラたちの城へと軍が派遣され、宣戦布告も無しに襲撃を受ける。当然魔王となったヘズが守っている城は無傷だ。
遣いを出して様子を探りもせず、あまりの粗末な策に流石のヘズもクレルヴォの評価を下げ、襲撃を行った兵士たちと共に空を飛んで王城へと戻る。
玉座で怯える父に魔王になったと告げ、森の有った部分を自領とすることを宣言する。自分に付く者は城に来るように周囲に勧めると、クレルヴォが激高して魔術攻撃を仕掛けた。
呪詛を防いでみせ、味方になるものは守ると言えば臣下たちはこぞって離反しヘズに付く。恐怖政治を敷いていただけのクレルヴォの方が余程魔王らしく、臣下に対して今までと変わらぬ対応をするヘズの方が求心力があった。
ラッリの父親を中心とした周囲の領主たちの援助も受け、国土のほぼ中央に有り、治めるには最適な地だった森の跡地は長い年月をかけて王都となっていった。
一城の主に過ぎなかったヘズが、長い年月をかけて街を整え、国を整え、国王になる。
何も問題が無かったわけではない。自国を魔王となったヘズに乗っ取られるを良しとせず、クレルヴォを次期王として担ぎ上げる者が少しだけ居た。彼らはクレルヴォによく似て力ずくで政権を奪還する方法を取り、防ぎきれず犠牲者を出してしまったヘズは兄を討たざるを得なかった。
そしてもう一つ、ヘズは急に強大な魔力を得て精神が不安定になる時が多々あった。
「ライラに会いたい」
「お互いに仕事が忙しくていらっしゃいますからねぇ」
「何故未だに夫婦になれんのだ!街など造らず二人きりでここへ済めばよかった」
「ライラさんが愛想尽かして出ていく姿が目に浮かびますね。四六時中べったりとヘズ様に付かれて」
「うう……」
「不老長寿になったのだからゆっくりでいいじゃないですか」
「ううううう…………」
森の神の能力もしっかり引き継いでいたヘズは、魔力が抑えきれず城に植樹された木々を無意識に暴走させる。最初は増殖して街を飲み込むほどではなく、葉を茂らせ少し動く程度。その内我慢が出来なくなって枝葉がするすると伸び始めて城の壁に絡みついてくる。
そんな時に呼ばれるのはやはりライラだ。
人々が魔王であるヘズに恐怖心を持たぬよう、橋渡しの役目もしていたライラは血相を変えたラッリに呼び出されて不機嫌であった。小脇になぜかペルケレを抱えている。
「ヘーズ―?私の仕事を無駄にしないで頂戴」
「やっと会えた……ライラぁ」
「ため込むくらいならペルケレに癒してもらいなさい。はい」
「なんで俺がっ!?」
「私も忙しいの。どうせ昼寝ばかりしているならそれくらい協力しなさい」
暴走した木々に花が咲いて、人々はヘズの機嫌を知る。「あら、ヘズ様がライラ様とお会いになっているのね」と恐怖心どころか生温かい目で見られていることをヘズ達は知らない。
栗色の髪を椿の櫛で梳きながら、ライラはため息をついた。非常に長いこと使っているが最大の注意を払っているので櫛の歯は欠けておらず、覗きこんだ鏡に映る自分の肌に不都合を見つけてしまったわけでもない。
「ライラ様、ご自分でなさらなくても私がいたします」
「有難う。任せるわ」
傍にいる侍女は少々世話焼きが過ぎて、五百年も一人で生活の全てを行っていたライラは未だに慣れなかった。ライラに仕えることを誇りに思っており、とても熱心に仕事をしてくれる。王女だった頃とあまり変わらない待遇なのに、自分の変化を感じさせられていた。
今日は森の中でした約束を果たす日だ。
―――今度のデートは町の中で。二人とも一日中仕事を入れずに過ごすと周囲に宣言していた。それでも緊急時に備えて城の近くを出歩く程度にする。
侍女に選んでもらい膝上五センチのスカートをはいたライラは、その辺の町娘と変わらぬ格好のつもりでいたが鏡の前に立つとやはり違和感がある。
「普通より短く見えない?足元が心許ないし、やっぱり似合わないわよ」
「気品が隠せませんからね。春先ですし、丈が長めの羽織ものをお召しになると良いですよ」
世話を焼きすぎだと思っていたが、お洒落に関しては頼りがいがある。髪をゆるく編んでもらい薄く化粧を施す。
支度をしているライラを眺めながら、ペルケレが尻尾を揺らしていた。
「なあなあ、俺もついて行っていいか?」
「だーめ。ペルケレは一人で出歩いているでしょう?」
「まぁ、たまにはいいか。楽しんで来い」
「ええ、行ってくるわ」
城の前でわざわざ待ち合わせをしたヘズもまた、町の青年と変わらぬ格好をしていた。お互いに見慣れぬ格好にほおを染めながらどぎまぎしている姿を、門番が見て見ぬふりをしている。
「きょ、今日はどこへ行くの?」
「余所の国から移転した店があるらしい。リンルの実をふんだんに使った甘味が名物だとラッリに勧められた」
「行きたい!」
「それから旅芸人が来てるらしい。うまく通りかかれば芸が見られるかもしれないな」
整備された歩道をゆっくりと歩く。視察で見慣れている街の風景も、二人で歩けば新鮮に感じられた。国王に気付いても声をかける無粋な者は居らず、仕事を忘れて心の底から楽しむ。
何もないところから始めた街づくりも今ではとても活気があり、厳しい制限や様々な救済処置をを設けた為、貧富の差が少ない町となった。
威勢の良い客の呼び込み。どこからともなく漂ってくる食べ物の良い匂い。
路地裏を覗くと子供たちが遊んでいて、安物だがぼろでは無い服を着ていた。とても元気にはしゃぎまわっている。
布地を売る店では五百年前の古い意匠が復活していたり、ライラのレシピで作った化粧品を売るお店もあった。それぞれの店長は村で世話になった人たちだ。その時点ではかなりの年齢になっていた。
ライラたちが使っていた家は、そのまま宿屋として受け継がれている。
昼ごろには、オープンカフェのある店で街並みを眺めながらゆっくりと食事をした。
「昔はね、こうして出歩くことはあまりなくて、窓から眺めるだけだったの。森に浸食されてその歩きたかった街すら無くなってしまったけれど、今はかなり満足しているわ」
食後にリンルの実を使ったスイーツを三種類も頼んだライラは、嬉しそうに頬張った。この所の忙しさで体重は減っていたので、罪悪感も持たずにしっかりと味わう。
「私は、兄の知らない場所を見て回ろうとお忍びでよく出ていた。一度貧民街に迷い込んでしまった事があって…あれは世界が違う。この街にはそんな区画を絶対に作りたくなかった」
「好きなように一から作られる機会ってなかなかないわよね。しかも自分だけではなくていろいろな人の手が入るから新たな発見もある。……かなり美味しい、違った、楽しい街になったと思うわ。ヘズのお陰ね、有り難う
「甘いものを頬張りながら言われても。いや、ライラが幸せそうなのはとても嬉しいんだが」
昏い鬱蒼とした森のあった場所が、日の光の当たる明るい街並みに変わった。とても眩しい眩しい場所に。
「あの、お花いかがですか」
花売りの少女が籠を持って声をかけてきた。オープンカフェで声を掛けてくるあたり、中々したたかだ。客は知らんぷりをして逃げられない。
ヘズが一つ分の料金を払い、花を選ぶ。
「すぐ枯れてしまうだろうが、刹那のものにこそ価値を見出したい」
「そうね、それが長生きするコツかもしれないわ」
「長い目で見れば変化する可能性だってある」
長生き人生の先輩であるライラが頷いた。感動したり大切に思う気持ちを失くしてしまったら、どれだけ長くても無価値になってしまう。そして大したものでなくとも思わぬところで価値が上がることもある。
要は、気の持ちようなのだ。そして無価値へ段々と近づいていたライラの人生は、ヘズと会うのがもう少し遅かったら色々と始まる前に終わらせていたかもしれない。
「ライラ、こっちを向いて。髪に差すから」
白い花を選んだヘズはライラのゆるく編まれた髪に差し、そのまま流れるような仕草で唇にキスを落とす。
すっかり油断していたライラと、間近で目撃してしまった花売りの少女は真っ赤になってしまった。
「ちょっとっ!人前で!」
「これでこの花はキス一つ分の価値になった。花売りさん、有り難う」
「あ、いえ、お買い上げ有難うございました……」
ヘズはしてやったりと笑い、少女はそそくさと逃げてしまった。顔から熱の引かないライラは、ヘズを恨めしそうに見る。
「あ、味が分からないじゃない」
「願ったりだ。デートなのにライラがリンルの実にばかり夢中になっているから」
「相手がヘズでなければ三つも頼むわけないじゃない」
仕返しとばかりにケーキの一口分をフォークでぶすりと刺して、真っ赤になったままのライラがヘズに差し出した。ヘズの視線がケーキとライラの間を彷徨う。
「ライラ」
「年の割に子供っぽいことするとか言わないでよ?……恥ずかしいから早く食べて!」
慌ててケーキを頬張るヘズ。何度か咀嚼しやっとの事で飲みこんだ後、むすっとした顔で言った。
「なるほど、味が分からん」
「でしょう?」
流石にこれ以上はけんかの火種になりそうだったので「ライラが可愛過ぎて」とは言わないでおいたヘズだった。
それから漸くヘズとライラの結婚式が盛大に行われたのは城に住み始めてから百年も後の事。
臣下は代を重ねるが王と王妃は変わらぬ国。代替わりで国の方針が変わる心配もないため、臣下も、そして諸外国も安心して付き合える国として携わっていた。
魔王と魔女の治める国。その国の名は―――
完
おまけ 結婚式でのこと ペルケレとラッリの会話
「ラッリ、百年経つのにお前は何故生きているんだ?」
「実は私の母は人間ではなかったらしくて。ペルケレ殿の話をしたら昔の知り合いだと言われました。ペルケレ殿が神様だった時にお付き合いしたこともあるらしいですね」
「そう言えばどことなくお前に面影が」
「父も無事に天寿を全うしたことですし、久しぶりに会いたいと申しておりました。ほら、あちらに―――」
「悪いっ、ヘズが緊張しているらしいからちょっと行ってくる。じゃあなっ」
「ああっ、ペルケレ殿?お待ちくださいっ」
◇ ◇ ◇
これにて完結です。読んでくださって有難うございました。




