こうして幸せになりました
あの日、世界が一変した。
カートライト家にレオナルドと行けば、父であるヒューゴとタイラーがいた。タイラーは後継者としてセルウィン家に養子に入ることになり、リゼットはレオナルドに嫁ぐことが決まった。
あっという間に決まっていく現実に茫然としていれば、ヒューゴは困ったように笑った。
「家を継いでも、嫁に行っても、リゼットの幸せが一番大切だ」
そう言われて、力が抜けた。ヒューゴを一人にしたくない、家にずっといてあげたいと思っていたのは娘であるリゼットの気持ちで、父親であるヒューゴは娘が幸せになるのならどちらでもいいと思っていたようだ。確かに伯爵家を継ぐことを強制されたことはなかった。
家の問題があっさりと片付いてしまい、レオナルドとも気持ちが通じ合えた。
レオナルドとの結婚も周囲の手助けがあったのか、とんとん拍子に決まっていく。
今日は婚約者としてレオナルドと夜会に出席だ。迎えにやってきたレオナルドはとても素敵で、ついぼうっと見とれてしまった。レオナルドはリゼットの指先にそっとキスを落としながら、目を細める。
「綺麗だ。よく似合う」
「ありがとう」
熱く見つめられて、恥ずかしくなってくる。レオナルドの選んだドレスはリゼットの華奢な体を強調していた。馬車に乗り込む。心地よい沈黙の中、馬車の走る音が耳についた。小さな窓から王城が見えてくる。近づくほどにリゼットは落ち着かない気持ちになってきた。
馬車が止まり、レオナルドの手を借りながら、降りる。レオナルドの大きな手に包まれた。
「緊張しているのか?」
「少しだけ」
リゼットはレオナルドを見上げると固い笑みを見せた。レオナルドは不思議そうにリゼットを見下ろす。
「リゼットは緊張しないと思っていた」
「だってレオナルドの異母兄さまとお会いするのでしょう? 緊張してしまうわ」
「逃がすなと言われているから、反対されないと思うが」
しきりに首を捻るレオナルドだった。リゼットはため息をつく。
「そういう事ではないの。少しでもレオナルドにふさわしいと思われたいじゃない。ただでさえ身長が不利なのに」
「不利?」
「そうよ。わからないならいいわよ」
ちょっと拗ねたように唇を尖らせた。レオナルドはやはりわからないのか、困った顔のままエスコートした。二人が向かった先は国王のいる上座だ。髪と瞳の色はレオナルドと同じであったが、どちらかというとニコラスに似ていた。
「おお、よく来た」
レオナルドが近づいたことに気がついた国王は口元を綻ばせた。レオナルドは励ますようにリゼットの手を少しだけ撫でた。リゼットは気合を入れて艶やかな笑みを浮かべる。
「お初にお目にかかります。隣国のセルウィン伯爵の長女リゼットと申します」
優雅にお辞儀をすれば、国王は嬉しそうに目を細めた。
「レオナルドに何度も会わせてほしいと願っていたのだが……婚約が決まるまで会わせないはずだ」
「異母兄上」
「犯罪の匂いがする」
リゼットは目を瞬いた。どう反応していいのかわからず、レオナルドをちらりと見上げる。こちらは無表情で固まっていた。
ここで反対されたら結婚できなくなってしまう。折角、結婚できる道筋ができたのだ。反対されてたまるものかとリゼットは国王と対峙した。
「うふふふ。陛下、わたし、すでに成人しております。犯罪なんてどこにも存在しておりませんわ」
「確かに聞いているが、なんだ、その絵面がな?」
言いたいことをわかってくれないか、となんだか不穏な言葉が聞こえた気がした。リゼットはにこにこしてちょっと声を低めた。
「嫌ですわ。わたしたち、すでに大人の関係ですのに」
「……大人の関係?」
リゼットは胸を張った。国王は訝し気に眉を寄せている。
「あと4、5回、大人の関係になればきっと子宝だって」
「その回数は何かな? 子宝は一発でできる時もあると思うのだが」
国王も周囲に聞こえないように小声になってしまうのは仕方がないだろう。リゼットはとても誇らしげであるが、勘違いしているような雰囲気がある。それに男女の関係など普通は恥じらって口にするものではないし、子宝については繊細な話題であるため女性から話すことでもない。
声を潜めた国王に合わせて、リゼットも小さな声で答える。
「もちろん大人のキスの回数ですわ。大丈夫です。ちゃんとわかっております。10回ほど大人のキスをした後、子宝に恵まれてました。本に書いてあったので間違いないですわ」
「リゼット」
ようやく絞り出すような声を出したのはレオナルドだった。リゼットは上目遣いで彼を見上げた。
「どうしたの?」
「その本は誰から?」
「イレーヌ様からお借りしました。子供の作り方を知りたくて相談したら、貸していただけました」
流石に恥ずかしくて、リゼットは頬を染めた。レオナルドはますます無表情になっていく。
「子供」
「もう婚約したからばらしてしまいますけど、わたし、結婚できないならレオナルド様と子供を作って逃げてしまおうかと考えていました」
「くくっ―――はははは!」
国王がこらえきれずに大声で笑った。突然大声で笑ったものだから、周囲の注目が集まってしまう。
「……異母兄上。ちょっと話し合いが必要になりましたのでこれにて失礼します」
「わかった、わかった。リゼット嬢」
「はい?」
レオナルドに強く抱き寄せられて歩き出したところに声がかかった。リゼットは不思議そうに振り返る。国王は優しい眼差しでレオナルドとリゼットを見ていた。
「二人の結婚、祝福しよう。今度、子供たちを紹介するから遊びに来るがいい」
「ありがとうございます」
何とかお礼を言えた。レオナルドは声をかける貴族たちを適当にあしらいながら、王宮を後にした。
その後、レオナルドの屋敷に連れ込まれ、実地で正しい子供の作り方を教わった。
レオナルドは優しく教えてくれたけど、リゼットは己のひどい間違いに立ち直るのにかなりの時間がかかった。
******
「お母さま、どうしたの?」
懐かしい記憶を思い出し、思わず微笑んだ。可愛い娘が心配そうに下からのぞき込んでくる。既に娘も10歳を超え、婚約者を選ぶような時期になってきた。
リゼットはフフッと笑って、娘の髪を撫でる。
「子供の作り方、お母さまがちゃんと教えますからね」
「わたし、知っているわ!」
娘が得意気に胸を張る。リゼットは目を瞬いた。
「そう?」
「ええ! 大人のキスをすると子供ができるのよ!」
リゼットはその言葉にのめりこみそうになる。
「だ、誰から教わったのかしら?」
「もちろん、お兄さまからよ!」
娘の言うお兄さまは実の兄ではない。従兄になる第2王子のことだ。二人の年の差は5歳ほどであったが、小さい時から娘を可愛がっていた。第2王子が教えたということは、国王がリゼットの可愛い勘違いを笑い話として聞かせているに違いない。
恥ずかしさもあるが、娘の勘違いをどうしようかと悩む。
「どうした?」
無邪気な娘にどういったらいいのか悩んでいると、レオナルドが声をかけてきた。気がつかないうちに帰ってきたようだ。
「おかえりなさい。いえ、ちょっと」
「お父さま! 大人のキスって、大人になってするキスのことよね?」
娘がじゃれつく。もう10歳なのだから父親に抱きつくのはやめさせた方がいいとは思うのだが、レオナルドは気にせず抱き上げた。
「そうだ。だから、まだ知る必要はないぞ」
ここにも勘違いを増長させる人がいた。しかもリゼットの勘違いよりさらに悪い。
「レオナルド様?」
「いいじゃないか。娘なんて結局どこぞの気に入らない野郎に持っていかれてしまうのだから」
「でも」
「結婚相手が大いに悩めばいいさ」
娘の婚約はまだまだ先になりそうだとリゼットはため息をついた。
Fin.
最後までお付き合い、ありがとうございました。




