第六十一話 それは仕方のないことで
今まで友達や仲間と思っていた人物をある日突然、異性として意識してしまう。
普段と同じように接することが出来ず、いつもの自分を演じようとして空回り。
エリウは今まさにそんな状態だった。
それは突然来たのだ。
王都に向かう途中、バランスを崩してセトに倒れ込み。
その時からセトをいつものように見ることができなくなってしまった。
考えがまとまらず、いつも浮ついた思考状態。
夢でも見ているかのような感覚でその日その日を過ごす羽目になる。
エリウには何故そう思ってしまったのか分からない。
セトに倒れ込んだ時、悪くないなという甘えのような感情が浮かび上がってきたのだ。
その感情は浮かび上がってからずっと頭の中を離れようとしない。
何かに洗脳されたみたいに頭の中をセトに甘えたい気持ちでいっぱいにしてくるのだ。
これがハトゥール族の発情期。
体が大人に成熟しだした時期から始まる求愛期間。
エリウにとっては初めての事だった。
「ニャうー」
仕事に集中できずかと言ってジッとしていることもできず。
エリウはモヤモヤッとした気持ちをどうすることもできずにいた。
(ニャんか変ニャ。風邪でも引いたのかニャ?)
頭がボーっとして、ある一定の行動以外を制限されているような状態。
そのことに気付くための思考すら制限されて、エリウはフラフラと王都の一角を歩いていた。
リーリエたちが宿の手配に向かったため、残りの者は馬車からの荷下ろしをしている。
馬車に積んでいるベスタ公国産の商品を移動させるだけなのだが、エリウはそんな単純作業にすら集中できなくなっていた。
「どっか涼しいとこはニャいかニャ? 体が火照ってどうしようもニャい・・・」
エリウはフラフラと水を求めて彷徨いだす。
まだ仕事をしているみんなからどんどん離れていってしまう。
ドンッと人にぶつかった。
「ごめんニャ」
「きたねぇ亜人が何しやがる!」
フラフラと歩いているせいで、ドンッと通行人にぶつかる。
道を歩いていくたびに人にぶつかって、だんだんと路地裏の方に追いやられていく。
エリウを見る人たちの目はまるで薄汚いものでも見るかのような目線だった。
ここは、カラグヴァナ王国。亜人に人権はない。
エリウは知らぬ間に非常に危険な状態に陥っていた。だが、今の彼女はそのことに気付ける状態ではない。
路地裏の奥からエリウを見つめる目が集まって来る。
亜人に人権はないのだ。なら、彼女をどうしようと何ら罪に問われる事は無い。
「あれぇ? セト? みんな? どこニャ・・・」
完全にセトたちと逸れてしまった。
裏路地から数人の男が出てくる。エリウを指さし何やら話込んでいく。
「戻った方が良さそうニャ」
そう言いながら振り返るもここがどこか分からない。
男たちが近づいてくる。
エリウは身構え万が一に備えて警戒体勢に入る。
ジリッと後ろに下がり、迫りくる男たちと距離を取ってどうすべきかを必死に考えようとする。
「フゥーーーッ!」
唸り声を上げ威嚇するも効果はない。
考えがまとまらず対処方が浮かび上がらない。
さらに男たちが接近してきて。
「いた! エリウ大丈夫!」
後ろからあいつの声が聞こえてきた。
甘えたくて甘えたく仕方がないあいつの声が。
振り向くとセトが自分の所に走って来ていた。
エリウにはそれが了承したように感じ取れて、そう思った瞬間に頭の中の感情が爆発する。
「ニャアァァァアア! セトォオオオオ!」
「わっ! わわ」
セトの名を呼びながら思いっきり飛びついてしまった。
いきなり飛び込んできた彼女にビックリしながらもセトは何とか受け止める。
ギュッと抱き着きセトの胸に頬ずりをして甘えていく。今までモヤモヤしていた分思いっきり甘える。
「どうしたのエリウ!」
「ニャへへへへ・・・」
セトは今までと違う彼女を心配するが、本能に負けたエリウは幸せそうだった。
顔をグリグリと押し付け、にへらと口元がにやけている。
亜人に主人がいることが分かると男たちは裏路地に引き返していった。
セトは安全を確認すると馬車へと戻るのだった。
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王都市場管理委員会本部の一室でアズラとルフタは委員会の人たちと会食をしていた。
みな口々に委員会を設置して正解だったと告げる。
委員会を設置後、フェアカウフェン商会のような手段を選ばない者たちが激減したのだ。
委員会が市場を常に監視することで、価格設定が正常になり商品が独占されることも少なくなった。
市場から生み出される利益が隅々まで行き渡り始めていたのだ。
それは、まだ規模の小さい商会や一個人の行商人にも十分に利益が行き渡っている証。
市場が正常に回り始める。
正常なことが正しいのは当たり前だが、それを維持するのはとても難しい。
市場のような大多数の人間が関わる場所では尚更だ。
その点、委員会は一人で維持しようとするのではなく、大多数の人で維持することで成り立っている。
市場を管理するのに適した組織となっていた。
「では、アプフェル商会代表アズラ様の今後のご活躍を祈って」
委員の人たちと乾杯を交わし、アズラとルフタは交流を深めていく。
カラグヴァナ王国の商人たちに亜人のルフタを紹介する時は受け入れられるか心配だったが、特に問題は無かった。
みんなルフタを快く迎え入れてくれて、商売の話に花を咲かせる。
商売に関しては二人ともまだ素人だ。
いい儲け話はないかと二人してどんどん質問していく。
自慢話も嬉しそうに聞いてくれる二人に気を良くした委員の一人は質問に次々と答えていった。
嬉しそうに話を聞くのも二人の作戦なのだが、商人には効果覿面のようだ。
「今は、王国圏よりも帝国や南の島国と商売する方が得策ですな。エウノミアとの紛争も激化の一途を辿っていますし、武器商人になるお積もりでなければ避けた方がよろしいかと」
「王都から帝国圏と商売をした方がいいのか?」
「はい、私はもう少し様子を見るつもりですが新たに参入するのであれば、安全な所がオススメですな」
「貴重な情報を感謝するのである」
「いえいえ、お役に立てたのなら光栄です」
紛争の激化により、王都の商人たちは商売先の変更を考え出しているようだ。
王国圏で循環していた商売を王国から帝都や南に広がる諸国に。
先人に押さえられているだろうが、紛争で灰に変わるよりマシだ。
新規参入者であるアズラたちは先にこの話を聞けて運が良かった。
下手をすれば初期投資をまるまる失う最悪の事態もあり得たからだ。
「ルフタ、そろそろ時間だから行きましょうか」
「む? もう時間であるか? すまぬが失礼する。また、話を聞かせてもらえると嬉しいのである」
「喜んでお話し致しますよ。では、ルフタ様、アズラ様お元気で」
アズラとルフタは会食を先に終え部屋を後にする。
ルフタはもう少し話を聞きたいと思うがこちらはやることが山済みなのだ。
他の商人たちは商談などもしている。
話を聞くだけでなくこちらからも売り込まなければいけない。
商人の会食とは、接待で終わるのではない。
料理を楽しみながら商売の話も織り交ぜていく。
いつでも儲け話がないか目を光らせておく必要があるだろう。
今回は顔出しなので、最低限の目的は達成した。
次は自分たちも儲け話を持っていかないとダメだ。
アズラたちはピント商会に挨拶をしてからセトたちの所に戻ることにする。
ピントは王都での成功で一躍有名になっていた。
公女御用達の商品を扱う商会として貴族たちに人気となっている。
王都市場管理委員会公認の高級商品。
ピント商会でしか手に入らない貴重な品々。
ピントは公女のオススメを高級ブランドとして売り込み定着させることに成功したのだ。
市場の中心に移動すると高級品を扱う商店が立ち並んでいる。
露店と違い、立派な店の中に商品が並べられて店員が客に商品の紹介をしていた。
その中に一際大きい店が見えてくる。
「おぉ! ピント殿も立派な店を構えられたな」
「元々は、フェアカウフェン商会の本店だったみたいだけど」
「まさか、買収したのか?」
「そうみたいよ」
「ピント殿、意外と恐ろしい男であるな・・・」
ピントは、商売の成功で一気に資金を蓄え、他の商会からの総攻撃を受けていたフェアカウフェン商会に救いの手を差し伸べたのだ。
はした金で買収するためにであるが。
店を畳むかどうかを迫られていたフェアカウフェン商会としては、買収されるのは悪い話ではなかった。いや選んでいる余裕は無かっただろう。
代表のフェアカウフェン。通称フェアが抗争誘発容疑で連行されて商会が瓦解寸前だったのだから。
フェアカウフェン商会はピント商会の話を受け入れ買収されることとなり。
王都市場でも屈指の有力商会となったのだ。
アズラたちはピント商会の中に入り、店員にアズラが来たとピントに伝えるように頼む。
アズラという名に異常に反応した店員は店の奥にすっ飛んでいき、その後数秒でピントが出てきた。
フローラの時もそうだが、彼は人を待たせるのが大っ嫌いなのかもしれない。
「これはこれは、アズラ様! お久しぶりでございます」
「久しぶりねピント。今日は挨拶に来たんだけど邪魔じゃなかったかしら?」
「とんでもございません! アズラ様ならいつでも歓迎でございます。ささっ、中へどうぞ。お茶とお菓子をご用意させましょう」
「ありがとう。でも、挨拶に来ただけだからここで構わないわ」
「分かりました。では、君! あれを持って来るんだ」
ピントが何かを店員に持って来させる。
すぐに店員は手の平サイズの小さな箱を持ってきた。
「アズラ様、どうぞお受け取り下さい。あの時のお礼の品でございます」
「いいの? 私大したことしてないわ」
「何をおっしゃいますか。今の私があるのもアズラ様やルフタ様たちのおかげでございます。大した物ではございませぬがお受け取り下さい」
「ピントありがとう。これからもよろしくお願いするわ」
「はい、もちろんでございます」
アズラはピントから小さな箱を受け取った。
赤い箱に金色の草花の装飾が施された可愛らしい箱だ。
ピントからのお礼。
何が入っているかは開けてからのお楽しみだが、きっとピントが選び抜いた品物だろう。
アズラとルフタはピントに挨拶を済ませた後、セトたちの所に戻っていった。
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王都市場管理委員会とピントに挨拶を済ませたアズラとルフタはセトたちのいる所に戻って来た。
宿の手配は済んでおり、亜人も宿泊できるようにしてくれている。
亜人が泊れると聞いたルフタは喜び、リーリエを我が子のように褒めだした。
亜人は王都では宿に泊まれないという固定概念を崩したリーリエはそれだけ凄いことをしている。
総括のルフタが褒めることで、他のみんなにもその凄さが伝わったのだろう。
みな口々にリーリエを褒めだし。
ルフタが彼女を頭を撫で回す。
「えへへへ。そんなに褒められたら照れてしまいます」
「リーリエはそれだけ凄いことをしたのだ。もっと褒められてもいいぐらいである」
頭をクシャクシャと撫でられて、髪飾りで整えた綺麗なブラウンの髪の毛が乱れてしまっているが、リーリエはとても嬉しそうだ。
リーリエたちのことはルフタに任せて、アズラはセトの所に向かう。
商会の仕事が一息ついたのなら、勅命の仕事を進めなければいけない。
セトにやんわりと出かけることを伝えて怪しまれないように行動するための準備をする。
セトの所に向かおうとしていた所、ランツェが小走りでやって来た。
「アズラ問題が発生した」
「問題? どうしたの?」
護衛担当のランツェが困った顔をしてアズラに報告してきた。
雰囲気からして荒事ではないようだが、どんな問題が発生したのか。
ランツェと共にセトのいる方に向かうとそこには。
「な、ん!?」
アズラの目に仰向けに寝っ転がりセトに甘えるエリウの姿が飛び込んできた。
「ニャへへへへ・・・。ニャでて、ニャでてニャ」
「こ、こう?」
「ニャへへへへ」
セトは言われるがままエリウの要望に応えてお腹を撫でているが、その顔には困惑が隠せない。
彼も何故こうなってしまったのか分からないのだろう。
護衛のみんなも心配そうにエリウの様子を見ていた。
「これは何があったの?」
「アズ姉」
セトは戻って来たアズラの顔を見て少し困惑の顔がマシになるが、心配そうにエリウを見下ろす。
「僕も分からないんだ。ここ最近エリウの様子がおかしかったんだけど、一人で王都を歩き回ってからこうなっちゃって」
「いきなりこんな甘えん坊に?」
「うん」
「・・・ルフタを呼んできて、何か病気かもしれない」
アズラは、すぐにルフタを呼ぶ。
元神官で亜人の彼なら、同じ亜人のエリウのこの状態も分かるかもしれない。
ランツェがルフタを連れてきてエリウの容体を確認してもらう。
「うむ・・・。これは・・・」
「これは?」
「・・・そうか、もうそんな時期であるか」
「ルフタさん、エリウは病気なの? 大丈夫なの?」
セトはエリウが何か悪い病気になったのでは心配になってきて、ルフタに答えを求める。
対するルフタはこのことをよく知っているようで。
「なに、心配する必要はない。3日、4日ほっといたら元に戻るだろう」
「病気じゃないの?」
「ただの発情期である」
「は?」
「発情期、である」
エリウの容体が判明した。
病名、発情期。症状、甘えん坊になる。
判明した途端、心配していたみんなが呆れながら去って行く。
セトはホッとして胸を撫で下ろした。
悪い病気ではなかった。ならもう心配しなくてもいいだろう。
撫でてやるだけでいいのならいくらでも。
と思っていたらドスッ! といきなりアズラがエリウのお腹を踏み抜いた。
「ニャご!?」
「このエロ猫が・・・!」
「ア、アズ姉! 足が、足が食い込んでる! い、痛いって、これは痛いから!」
仁王立ちポーズを取りながら迷惑極まりないこのバカ猫娘をどうしてくれようかと思案していったのだった。




