第五十六話 講義・帝国と大戦
お昼を食べ終わり、セレネたちは教室に戻っていく。
ノトリアはセレネの冒険譚がいたく気に入ったようで、セレネを質問攻めにしていた。
他の士官候補生たちがあんなに喋っている皇女殿下は初めて見たと驚き顔だ。
「それで、そのセトとやらとはしたのか?」
「し、ししたって何をですか?」
「とぼけるでない。思い合う男と女が二人そろえばやることは一つであろう」
「そ、その、まだ、ぼくセトに何もいってなくて」
「思いを告げずに別れたのか!? ダメだな、もうセトは他の奴に取られておる」
「そんなことないです! セトは・・・、その・・・鈍感なんですから!」
「鈍感か・・・、襲われておるな」
皇女殿下の興味はセレネが熱弁してしまったセトについて向けられていた。
セレネの思い人はどんな男なのか? 気になって仕方がない。
何故、セレネはとっととセトをものにしなかったのかと、まだ乙女なセレネにはハードルの高いことを聞いていく。
「何でそんなこと分かるんです? ノトリア先輩はそういう経験があるんですか?」
「うむ! わらわは経験が豊富であるからな」
「・・・・・・経験、豊富、・・・きゅうーーー・・・・・・」
「ど、どうしたセレネ? 腹が痛いのか?」
「殿下、嘘はいけません」
「嘘ではないぞ。騎士どもは皆、わらわに愛を囁くではないか」
「セレネ君が聞いたのはその先です。もっとも殿下には当分先の話でしょうが」
ラクウェルがノトリアの勘違いを修正していく。
やはりノトリアの感覚は一般のそれからは少しズレているようだ。
いやズレているというより、天然なのかもしれない。
皇女殿下に天然疑惑がついた。はたして本当に天然なのだろうか。
「セレネ君、教室についたぞ。しっかりするんだ」
「きゅうーー・・・」
セレネは頭の中がオーバーヒートしているようだ。
彼女には刺激が強すぎたのかもしれない。
ラクウェルはセレネを席まで運び座らせる。
もうすぐ講義が始まるが大丈夫だろうか? と心配するがラクウェルは別の教室なのでこの場を後にする。
ラクウェルが出て行ってからものの数分で指導教官が教室に入って来た。
「それでは講義を開始する。今回は、ディユング帝国の歴史と過去に起きた大戦についてだ」
今度の講義内容は歴史についてだ。
セレネたちの国、ディユング帝国の成り立ちを習っていく。
「帝国の歴史は古く、建国は今から約二千年前まで遡ることになる。今でこそ、この世界には国が数百とあるが全ての国はある二国の系列を組んでいる。それが、帝国と連合王国だ。帝国は、そう我らディユング帝国だ」
全ての国は、ある二つの国から枝分かれしていった。
一つは帝国。
「そして、連合王国。現在この系列を色濃く継いでいるのがカラグヴァナ王国となる。連合王国ということは複数の王国の集合体と捉えがちだが、この連合王国はその意味が異なる、複数の王たちによって統治された国で連合王国。連合は王たちの集合組織という意味合いだ。そうだな、ある国の各地域を治める領主たち全てが王だと考えてもらって構わない。君主制ではなかったということだ」
もう一つが連合王国。
現在は存在していない君主制以外の統治方法を取っていた国だ。
そんな国が存在したのかとセレネは驚愕する。
王が複数もいたら国が分裂するのではないかと思ってしまうが、それを束ねるルールがあったのだろう。
「さて、二千年前にこの二つの国が建国されたが、ほぼ同時期というのが面白い所だ。実は、帝国と王国双方ともツァラトゥストラ教の神託の下に建国されたといわれている。元々は一つの国であったと考えられる訳だ。言語が共通なのもその証拠となるだろう。ツァラトゥストラ教が発祥した後の時代は、人々が一つにまとまり大きな国を建国していたのだ。世界が一つにまとまる。今では考えられないことだが当時はそれを実現したということだ。では何故わざわざ国を分けたのだろうか? 答えは差別の発生が原因だ。現在のカラグヴァナ王国も我々帝国と異なる人種に統治されている。連合王国建国はかつて一つの国だった時に少数派の虐げられた人種を独立させて救済したのがきっかけとなったということだ。だがこれは大きな過ちだったといえる」
元々、全ての国は一つだった。
だが、人の薄暗い心が、醜い所業が今の世界を形作ったという訳だ。
当時のツァラトゥストラ教を説いていたジグラットも人々を分けることでしか対処できなかった。
一つが二つに分断されたのだ。そして、それは誤りだったと教官は語る。
「国が二つになれば、当然、利害の衝突が起こる。最初に起きたのがツァラトゥストラ教の聖地を巡る衝突だった。衝突当初はジグラットの介入もあり比較的制御された衝突で済んだ。しかし、徐々に暴力に頼った交渉に置き換わっていき、もう交渉とは対話とは呼べぬ状態にまで悪化した。この時にはもうジグラットは無力な存在となり大戦が勃発したわけだ。たった二国による世界を二分した大戦、第一次ツァラトゥストラ宗教戦争である。当時は術式も存在せず剣と弓が全てであった時代だ。ただ道具の扱い方を知っている原始的な戦争だったといえるだろう。この大戦は百年近く続くこととなる」
帝国と連合王国は建国後から約千年後に第一次ツァラトゥストラ宗教戦争へと突入した。
千年間、両者を説得してきたジグラットの功績は大きい。
千年平和が続いたのだから、だがそれも大戦で全てが吹き飛んだ。
大戦に反対し帝国と連合王国双方に協力しなかったジグラットは双方から無視され弱体化してしまった。
平和を望んだ者が力を失うという、それは悲劇の始まりだったのかもしれない。
「大戦後期になると、術式の理論が考案され四大系の術式が実用化されることとなる。これにより大戦、いや人の闘争は次の段階に移行することとなった。大戦末期には両国ともに存続の危機に直面するほど国が疲弊してしまっていた。火力の異常進歩で国というシステムが破壊されたのだ。当時の人々にとって術式は神の御業に等しい力だったという訳だろう。事態を重く見た両国はジグラット仲裁の下、和平交渉に入る。十数年に及ぶ交渉で事態は収束するかに見えたが、結果はさらに混沌とした地獄を生むこととなる。第二次ツァラトゥストラ宗教戦争の勃発だった。交渉は決裂し、束の間の平和で蓄えた資源を全て戦争に用いたのだ」
人は何も学ばない生き物なのだろうか?
自身の存在が危機的状況になろうとも滅ぼし合うことをやめない。
それは人の性なのかもしれない。
けれども、平和を求めて大戦を止めようとした者もいる。
どちらが人の本質なのか、この講義では前者のように聞こえるが。
「第二次ツァラトゥストラ宗教戦争は大戦による技術の向上もあって当時を記録した資料がいくつも現存している。それらによると、もう正義も敵も生も存在しない死の世界だったそうだ。相手を滅ぼすことを望んだ結果、帝国はジグラットよりセフィラの制御技術を入手し兵器化、連合王国は術式を用いた戦略兵器を戦場に投入した。どちらも人の手に余る力だ。僅か百年で人類は自らを滅亡させる力を双方に向けあっていたということになる」
今の帝国を見ていると信じられないが、当時はジグラットよりセフィラとの契約や制御技術を奪い取って戦争に利用していた。
主アイン・ソフの眷属をただの兵器として扱っていたのである。
信仰という概念が失われ、人の心より祈りが消えた世界となっていたのだ。
自国の悪行など聞きたくないが残念ながら史実である。
セレネは平気だが、顔をしかめる候補生が何人かいる。
ノトリアもその一人だ。
(そうですよね。主アイン・ソフの使いを戦争の道具にするなんて・・・酷いです)
「この第二次ツァラトゥストラ宗教戦争も約百年ほど続いた。町という町を滅ぼし、大地を荒野に変えていったのだ。そして、大戦は連合王国の滅亡という結果で終わりを迎える。立った二つしかない国の内、一国を滅ぼしたのだ。当時の倫理が価値観がいかに崩壊していたか分かることだろう。皮肉にもこの大戦の結果で帝国は世界の覇者として君臨していくこととなる。戦後世界を復興していき、ツァラトゥストラ教への信仰を復活させ国教としたのだ。これにより大戦の原因であった聖地は帝国のものとなる。この帝国の行動はジグラットへの謝罪であり、聖地の保護を目的としたものであった。そして、ジグラットの帝国への干渉が始まり洗礼名を授かる習慣も誕生する。現在、ジグラットと帝国は一心同体となっているがそれは並大抵でない努力があったということだ」
第二次ツァラトゥストラ宗教戦争終戦後に現在の帝国の形態となった。
建国から約千二百年かかってようやく今の形に落ち着いたのだ。世界の半分を焦土に変えて。
その清算として帝国は世界の覇者となり平和を維持する責務を負った。
「二度の大戦から約百年は平穏が続いた。紛争もなく帝国に統治された平和な世界が存在していたのだ。だが、我らの敵は歴史の表舞台にいきなり現れた。世界の裏側、海を隔てた向こう側に奴らは国を建国したのだ。そう、天主国アマテラス。我らの敵だ!」
天主国アマテラス。
そう告げた教官の言葉には憎悪が籠っていた。
憎き敵、滅ぼすべき相手だと。
二度の過ちの果てに平和を勝ち取ったはずなのに、僅か百年でそれは忘れ去れ現在まで続く憎しみという名の呪いとなっていた。
指導教官は続ける。
「以後、天主国と呼ぶが、この天主国は謎の多い国だ。この世界に大地と呼べる大陸はこのカデシュ大陸のみ、他にあるのは島ばかりで到底国力を蓄えられる地形ではないはずだった。帝国はそのことを考慮しカデシュ大陸の安定に力を入れ、島国とは貿易を行う程度であったのだ。しかし、事実は違った。天主国は本島を中心に勢力圏を拡大し大陸の反対側、海しかないと思われていた場所に強大な国家を作り上げた」
勢力圏以外からいきなり自分たちと同等の国家が誕生した。
それも何の前触れもなく。
当時の帝国はパニックに陥った。
それと同時に相手の調査にも乗り出す。
「世界の反対側に突如誕生した国を当然帝国は調査した。だが、天主国が建国されてから八百年、一度として本島に潜入できたことはない。残念だが事実なのだ。一つ分かっているのは、本島は島ではなく遺跡であるということ。天主国は遺跡の上に建国された国なのだ」
天主国アマテラスは遺跡の上に建てられた国。
国を建てれるほどの巨大な遺跡。海に沈んでいても一部が沈み切らずに島となっている。
その一部で島ほどの大きさがあるのだ。
こちらの想像を超える所に国がある。
「帝国と天主国、互いにその存在を確認した両国は当初は会談を重ね友好を結ぼうとした。だが、それは不可能であると早々に判明することとなる。何故か! 天主国はセフィラの根絶を国家の存在意義として掲げていたからだ! 主アイン・ソフの眷属を邪悪な存在と決めつけ殺戮していた。帝国いやツァラトゥストラ教に導かれてきた世界にとって許しがたい暴挙である。当然、帝国は天主国への侵攻を決定した。後にいう天帝戦争の始まりだ」
ディユング帝国と天主国アマテラスは根本的に異なる国家であった。
片やディユング帝国は、ツァラトゥストラ教を信仰しセフィラは神聖な存在。
片や天主国アマテラスはセフィラは世界にとっての不純物であると唱える。
相容れない。
共存することが出来ないのだ。
話を聞いていたセレネはある疑問が浮かんだ。
国の関係ではない。
天主国アマテラスと黒い巨人の関係だ。
(セフィラの根絶が国家の存在意義・・・、もしかしたら、黒い巨人は天主国から来たのかもしれないです。じゃあ、リーちゃんも天主国出身?)
まだ、分からないことだらけだが、ピースが足りなかったジグソーパズルのピースを見つけたような感覚を感じる。
この情報は必ず必要になる情報だ。
セレネは講義を聞き洩らさないように聞いていく。
「二大強国の大戦は、かつての第二次ツァラトゥストラ宗教戦争に匹敵する大規模なものとなった。国を遺跡に守られている天主国は、難攻不落の要塞と化し、さらに失われた技術を復元して戦争に投入していく。この遺跡から復元された技術の一つが術式機械を代表とする機械たちだ。帝国には無かった技術力により次第に戦局は不利な状況に傾いていく」
天主国アマテラスは強大だった。
帝国の軍事力すらものともしない技術力を遺跡から復元して己の力へと変えていく。
文明水準が一桁も二桁も違う状態になっていったのだ。
「当時の帝国皇帝アペルピスィア・ニーチェ・ディユングは、帝国の敗北を予感し大陸国家全てに参戦を求めた。ツァラトゥストラ教を信仰する者とそうでない者に世界が二分され神話の時代と同じことが繰り返されたのだ。だが、それでも天主国は倒れなかった戦局は膠着状態に陥る」
世界の全ての国と対峙しても滅びることのない国。
話を聞くだけでは信じられないが、帝国の敵、世界の敵はそれほどに強大だった。
戦局が膠着状態に陥ったのも、圧倒的数による波状攻撃で天主国の軍隊を抑え込むことに成功したからだ。
到底勝ったといえる結果ではなかった。
「この大戦は唐突に終戦を迎えることとなる。帝国が勝利したのか? 違う。では敗れたのか? それも違う。両軍とも壊滅したのだ。資料にはこう記されている。帝国兵の証言、突如、空から光が降り注いだ。世界が黒で全て塗りつぶされて、再び世界が見えた時には全てが滅んでいた。天主国も、・・・帝国も、と。これを ”黒の災厄” と我々は名付けた」
両軍が壊滅したことで大戦が終結するという結末。
勝者も敗者もいないのだ。
誰もこの結果に納得していない。
帝国も天主国も。
大戦はまだ終わっていない。




