第五十四話 士官学校入校
帝立士官学校の一室、控室でセレネはその時を待っていた。
士官学校に入るための入校試験。
試験内容は、現役士官候補生との模擬戦となり、制限時間が来るまで戦闘行為を続けることである。
細かいルールは命の危険がある攻撃は避けることぐらいで、あまり細かくは決まっていないようだ。
ジグラットの時もそうだが、帝国は試験に決まり事をつけるのを嫌う国なのだろうかとセレネは思ってしまう。
「セレネさん、試験の準備が整いましたのでご案内致します」
「はい」
緊張も取れてきたようだ。
人との戦闘は初めてだが魔獣と同じように対処すれば大丈夫だろうと、セレネは楽観的な判断をしていく。
相手を侮っているのではない。緊張をしないように楽になることを考えているのだ。
緊張は不安や苦手意識からくるものもある。なら、そうならないように気持ちがフワフワした状態にすればいいはず。
セレネはそう考え試験とは無関係なことを考えていく。
(セトいま何してるだろうなぁ。ベスタ公国に行くっていってたですから公女様に会ってるのかも)
「着きましたので準備をお願いします。」
「・・・フ、フフ」
「? セレネさん着きましたよ」
「は、はいぃ!」
ちょっと関係ないことを考え過ぎたようだ。
試験場は訓練所の一区画で行われる。すでに相手の士官候補生は準備ができており待機していた。
セレネも杖を構え、士官候補生の前に立つ。
足に震えが走る。まだ緊張が残っていたようだ。
「大丈夫です。大丈夫、絶対合格できるです」
「それでは試験を始めます。入校希望者は武器を構えて下さい」
セレネは杖を握り締め魔力を体内で練っていく。
純度を高め、いつでも術式を唱えれるように備える。
「試験開始!」
ヒュンッ! といきなりセレネの顔を何かが掠めた。
目に見ない、気付くことも出来なかった。
セレネは慌てて土の術式で壁を構築する。
「減点対象1」
「え!? 減点!」
どうやら正しい対処方法ではなかったようだ。
しかし、目に見えない攻撃をどうしたものかとセレネは頭を悩ませる。
音は聞こえたということは、何かが飛んで来たということ。
熱や光などのエネルギーによるものではない。
壁から少し頭を出し相手の様子をうかがう。
「あれ!? いないです」
見失ってしまった。
これが減点対象となった原因だ。土の術式で壁を作ってしまったら相手が見えなくなる。
自分から目隠しをするような行為という訳だ。
(自分から不利な状況になってしまったのがいけないんですね。だったら!)
「スタンドアップ・コード・P.D.M.S・セットアップ・クレスト・マイム・エリアコード・A・セットアップ・クレスト・エシュ・エリアコード・A」
セレネは水の術式と火の術式を連続して唱える。
混合術式を扱えるほどではないが組み合わせることなら今のセレネにも十分できる。
水が火の術式の熱で一気に蒸発していき水蒸気で辺りが包まれる。これで条件は同じになった。
「さぁ、どこからでも来いです!」
「・・・シッ!」
「がっ! うっ、・・・セットアップ・クレスト・ルアハ・エリアコード・B!」
動こうとした瞬間、背後から強襲される。
この視界の悪い状態でどうやってこちらを補足したのか。
セレネは驚く前に周囲に風の術式で強風を起こし、せっかく発生させた水蒸気の目隠しごと相手を吹き飛ばす。
「減点対象1」
減点された。
それはそうだろう。意味のない対処をしさらに相手に懐に入られたのだから。
セレネの思い描くように試験が進まない。
対処が後手後手になっている。
風に吹き飛ばされた相手が見えた。
体が半分以上砂に包まれていている。風で砂を被った訳ではないようだ。
「なるほど・・・、術式で砂を身に纏っていたのですね。確かにパッと見は景色と同化しているです」
迷彩。
それは騎士の時代が終わりつつある帝国で新たに芽生えた戦術だ。
今までは鎧を身に纏い数に頼っての戦争がほとんどだったが、これからは、如何に相手に捕捉されず、如何に多くの敵を効率よく殺すか。
如何に相手の組織機能を奪うかに重点が切り替わっていっている。
セレネが初めて見た概念、戦い方だ。
「・・・」
「でも、一度見えてしまえば!」
ザスッ!
「いっ! っー」
足を斬られた。太ももから血が流れ機動力を奪われる。
目の前の相手は動いていない。
後ろを振り返ると上の服を脱ぎ捨てた相手が立っていた。
「囮! ワナですか」
セレネが見た砂を纏った相手は術式でそれっぽく見えるように仕立てたフェイクだった。
相手は最初からセレネの側にいた。彼女が壁を構築した時に壁に張り付き土を纏って隠れていたのだ。
遠くに隠れたと思い、水蒸気を発生させたのは相手にとって都合のいい展開だった。
セレネの目の前で、ワナの準備をしても気付かれないのだから。
「・・・がん、ばる・・・です」
実力差は明らかだった。セレネでは勝てない。対処もままならない。
彼女にとっては屈辱的な展開が続いた。
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結局、減点対象を合計16点も貰い試験は終了した。
ボロボロになった体を職員の人に治療され控室に戻る。
一度も加点されなかった。
そもそも加点されるルールがあったのか疑問だが、そんなことなどもう頭に残っていないセレネは控室の机で突っ伏している。
もう魂が抜けてしまったような感じだ。呼吸と鼓動以外の動作を拒否している。
「・・・」
セレネがピクリとも動かずに時間だけが過ぎていく。
30分ほど経った。
まだセレネは動かない。相当ショックだったのか目に涙が浮かんできている。
コンコンと扉のノックが鳴る。セレネは体を起こし涙をぬぐう。
「は、い」
「失礼します。セレネさん、入校試験の結果が出ました。合格です。入校を許可します」
「はい・・・、え! 合格ですか!」
「何か問題が?」
「いえいえいえ! 無いです」
「では、明日より士官候補生として我が校で励んで下さい。入校おめでとうございます」
「はい」
セレネは何故合格したのか分からないまま、下宿先の地図や、配給品を受け取っていき士官学校を後にした。
何だか分からないが上手くいったのだ。そのことを実感として捉えていき思わず。
「んんー・・・、やったです!」
と小さく喜びが爆発した。周りの人が驚かないように小さくガッツポーズを取り喜びを噛みしめる。
セレネは上機嫌で下宿先に向かい明日の準備をするのだった。
下宿先は士官候補生に貸し出されている集合住宅だ。
一部屋に二人が寝泊まりしている。セレネの部屋には先客がいるはずだが今日は留守のようだ。
綺麗に整頓された部屋から真面目な人物なのだろうと察しがつく。
セレネは荷物を置き、空いているベッドに倒れ込む。
今日は疲れた。帝都までの長い旅を終え、そのまま試験に望んだのだ。当然疲労困憊になる。
「明日から学校です・・・」
セレネは明日への期待を抱いたまま眠りについた。
次の日、目が覚めると毛布が掛けられていた。
まだ挨拶も出来ていないこの部屋の先輩にお世話になったようだ。
その先輩はもう学校に行ったのだろう。姿が見えない。
セレネも身支度を整え士官学校に向かう準備をする。配給された軍服を身に纏う。
黄土色の軍服は士官候補生用のもののようだ。これでセレネも立派な士官候補となった。
「じゃあ、学校にいくのです!」
セレネは元気よく部屋を出ていく。初めての登校に気持ちがワクワクしていた。
(せ、狭い、暑苦しい)
「ム、ムギュー・・・」
通勤ラッシュと鉢合うまでは。
あの筒状の乗り物にギュウギュウに人が押し込められている。
さすが帝都、どこもかしこも仕事に向かう人だらけだ。
セレネの知っている町の一日とは少し違うようだ。皆時間に追われている感じがしている。
部屋の先輩はこれを回避するために早く登校しているのかも知れない。
セレネはそんなことを考えながらこの通勤ラッシュを耐え抜いていった。
およそ20分程度で士官学校前に着いた。
ほかの士官候補生たちが続々と門をくぐっていく。セレネも彼らに続き門を潜り、指定された部屋に急ぐ。
「し、失礼します」
部屋に入ると20名ほどの士官候補生が椅子に座っていた。
特にセレネに対して反応を示さず黙々と勉強に励んでいる。
「え、えっとー・・・」
「途中入校のセレネさんですね。席はあちらになります」
「あ、ありがとうです」
席に案内されセレネは席に着いた。ここが学校。そして、この部屋が教室。
不安と期待が入り混じり戸惑いを感じる。セレネは何をすればいいか分からずただ黙って待つことにした。
もうすぐ学校生活が始まる。
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「セレネ・ニヒリズム・エーアトベーレです。よろしくお願いします」
「では、ノトリア候補生、セレネ候補生にここでの生活を指導するように」
「ハッ! 指導教官殿」
挨拶も程ほどにセレネは席に戻る。しばらくノトリア候補生の世話になるようだ。
彼女は、白いや銀髪の髪を肩のあたりまで伸ばして、三つ編みにした髪をリング状にして耳の下の辺りにぶら下げていた。
優雅や上品などではなく、神聖な感じが漂っている。
彼女が世話係を命じられたのは丁度、席が隣だからだろうか。
「セレネです。不束者ですがよろしくお願いします」
「・・・う、む」
「?」
何だか快く思われていないような、そんな感じをセレネは感じ取った。
これは早めに一人前にならないといけないようだ。
「・・・ノトリア、よろしく」
「はい。お願いします」
セレネはホッとした。良かったちゃんと挨拶できた。
「それでは、講義を開始する。今日は、ツァラトゥストラ教の発祥と異神の内容だ」
セレネにとって初めての講義が始まった。ジグラットで習った時とはまるで違う感覚。
セレネは話に集中していく。
「国教であるツァラトゥストラ教は、今から約四千年前に発祥したと伝えられている。正確な資料は残っていないが当時のことを経典に示されているツァラトゥストラ戦記より知ることが出来る」
ツァラトゥストラ戦記は、ツァラトゥストラ教の誕生とその後の歴史が記されている。
曖昧で比喩表現的なものが多いが、それでも当時を知ることのできる貴重な資料だ。
「ツァラトゥストラ教発祥の年代は、二つの勢力による戦乱の世であったと記されている。一つが主アイン・ソフを信仰していたツァラトゥストラ教の前身となる勢力。もう一つは、異神を信仰していた勢力だ。この異神については別途解説する。では、この戦乱の時代に誰がツァラトゥストラ教を唱えたのか、その人物こそが、聖人ラビ・モーゼスである」
聖人ラビ・モーゼス、セレネもこの辺りの話は知っている。
帝国臣民なら誰でも知っているだろう。
聖人ラビ・モーゼスは、この世で初めてセフィラと契約した人物だといわれている。
セフィラとの契約方法、制御方法など今の神官たちになくてはならない知識を生み出した人物。
その偉大な彼には同志が、理解者がいた。
「ツァラトゥストラ教を唱えた聖人ラビ・モーゼスの傍らには常に赤毛の少女がいたといわれている。この少女を神格化したのが、今に伝わる聖女である。この聖女の役割は諸説あるが、聖人ラビ・モーゼスの理解者、妻であるとする説が有力となっている。聖人ラビ・モーゼスは哲学者でもあったため世界中を聖女を連れて世界の真理を探し回っていたとのことだ」
(赤毛の少女・・・)
赤毛の少女と聞いたセレネはリーベを思い浮かべた。
ラガシュで聖なる4体の獣、ビナーに取り込まれたリーベ。
神話の存在が彼女を狙い、争ったあの騒動はやはりツァラトゥストラ教と何か関係があるのかも知れない。
「聖人ラビ・モーゼスと聖女この二人がツァラトゥストラ教の開祖となり、今の礎を築かれたのだ。二人はここツァフォン地方で教えを広め最初のジグラットを建設した。それが聖地アヴェスタである。聖地アヴェスタは今も現存している最初のジグラットを保存する意味合いもあり聖地化したと考えられる」
話をまとめよう。
今から四千年前に聖人ラビ・モーゼスと聖女の手でツァラトゥストラ教が誕生した。
発祥地のツァフォン地方にある最初のジグラットは聖地となり、聖地アヴェスタと呼ばれている。
これがツァラトゥストラ教誕生の話だ。
なんてことはない普通の宗教だ。
いきなり神が現れたやお告げが来たなどと言い出さない。
ツァラトゥストラ教の神である主アイン・ソフはツァラトゥストラ教が誕生する以前から人々に認知されている存在、概念だ。
ツァラトゥストラ教はその主アイン・ソフにまつわる話をまとめ経典に昇華した。
神話の中にツァラトゥストラ教の誕生を伝える内容があるのもそのせいだろう。
「以上が開祖の内容だ。彼らがその後どうなったか、戦乱は終わったのかは分からないが、ツァラトゥストラ戦記では帝国の建国に話が続いている。経典の解析が進めば新たな歴史も判明するだろう。では、異神の解説に入る」
初めての講義はまだまだ続く。
セレネは知的好奇心をくすぐられ話に夢中になっていった。




