第五十三話 セレネ・ニヒリズム・エーアトベーレ
水色の髪を少し短めに切り揃え、前髪だけ目元が隠れるほど伸ばし銀色の髪飾りで左側の前髪だけまとめている。
髪と同じくクリクリとした水色の瞳がその左側から覗いていて。
やや丸っこい顔に幼さを感じさせ、ちょっと高級そうな青いシルクの服を着ている。
背丈が低い彼女の体を青色で包んで柔らかく優しい雰囲気を出している女の子。
彼女の名は、セレネ・ニヒリズム・エーアトベーレ。
セトたちと共に帝国領の町ラガシュでの騒動の解決に尽力した人物の一人だ。
アズラと同じく術式使いで同じ師を持つ。
師匠といっても術式を一回教えてくれただけだが。その師匠のその後はまた今度。
実は、セトにちょっぴり淡い恋心を抱いている恋する乙女なのだが、彼女の思いは届くだろうか。
元気にしているだろうか?
「みんな元気にしているですか? ぼく、こんな所まで来ちゃいました」
自分に語り掛けるように呟き、目の前の光景に圧倒されるセレネ。
彼女はセトたちと別れた後、何やら色々あって現在ミズラフ地方より遥か北、ツァフォン地方にあるディユング帝国の中心に来ていた。
帝都エリドゥ。
まさに、中枢。
これ以上の都市は存在しないのではないかと思うほどの光景。
カラグヴァナ王国の王都も壮大だと聞くが、こちらも負けていないだろう。
200mから500m位の塔が立ち並び、向こう側の景色を完全に隠してしまっている。
天にすら届きそうな黒い塔の上には、空に浮かぶ構造物が見える。
小さな町ほどの構造物がいくつも浮かんでいるのだ。いったいどうやって浮かんでいるのかセレネには想像もできない。
建物が黒い代わりに道は純白で輝いている。白と黒のコントラスト、それは単純だが追及された美を感じる都市設計だ。
この帝都をデザインした人物はきっと人工物の美しさを伝えるために生まれた人なのだろう。
そう思ってしまう計算され尽くした都市。
そして、帝都の中心にある最も巨大な四角い漆黒の塔。
帝都にいればどこからでも見ることのできるその建造物こそが帝国の象徴。
黒天、エツ・ハダート・トヴ・ヴラ。
知恵の樹を意味するその城は、城と呼ぶには余りにも異様なものだった。
四角い、とにかく四角い無機質な構造なのだ。
オブジェといった方がまだ納得できるその城は、青白い光を血管が巡るように走らせて常に脈動していた。
そう、ジグラットでの洗礼の儀の時と同じ光景、それの規格外の規模の脈動。
帝都全体より、青白い光が城目掛けて収束して集まり脈動を繰り返す。
人が住むところというよりはジグラットの中にいるような感覚を覚えさせる。
これが帝都、ここがツァラトゥストラ教の総本山。
セレネはその中を歩いていく、田舎者がいきなり都会に来た感覚でなんだか落ち着かない。
術式使いが使用する杖を両手でギュッと握り締め、目的地へと向かった。
彼女が何故帝都まで来たのか。それは、
「えっと・・・、帝立士官学校は・・・、うう、迷っちゃったです」
帝立士官学校に入校しに来たのだ。
セトたちと別れた後、セレネは生まれ故郷である町、ヴィーホットに帰郷した。
そこで、両親にラガシュでの出来事を話し報酬まで貰ったことを報告すると、セレネの両親はそれは大いに喜んだ。
セレネは、エーアトベーレ家再興のために生まれてきたのだと自慢の娘だと大騒ぎになったのだ。
彼女の家は、元々中級貴族だった。
上級と呼ばれる有力貴族程ではないにせよ、ミズラフ地方では名が通っていた名家だった。
だが、落ちぶれてしまう。
先代の事業が失敗し貴族の名だけが残った下級貴族へと身を落としてしまった。
セレネはそんなどん底のエーアトベーレ家で生を受けて今に至る。
高級な家具が置いてあるのにお金が無い、不思議な家庭環境で育ったセレネは貴族と庶民との間の感覚を持つ人物に育った。
貴族の常識も考えも、庶民の常識もそして、考えも、両方分かるようになっていたのだ。
二つの常識を分かっていて普通だとセレネは無意識に思う子になった。そのせいで両者の板挟みになり、人と接するのに少し臆病な性格となったのだが。
そんなセレネを両親は、士官学校に通わせ軍人として立派になってもらい家の再興をしようと考えたのだ。
娘の成功を家の再興に結び付けてしまうのは、貴族としての生活、階級への未練から来るのだろうが、セレネに貧相な暮らしを送って欲しくないという両親の思いもこもっていた。
そのような経緯があって、両親の思いに応えようとセレネは士官学校への入校を決意し、ジグラットからの神託をこなしながら士官学校がある帝都までやって来たのだ。
「あうぅぅぅ、広すぎてどこがどこだか分んないです・・・」
「お困りごとですか?」
「はぅ!」
道に迷ってウロウロしていたセレネを心配して、女の人が声をかけてくれた。
カッコイイ立派な黄土色の士官服を着こなし、クルクルの縦ロール頭をした緑色の髪をしている。
鋭い眼力を感じさせる三白眼で、瞳の色は薄い緑色をしていた。
士官服を着ているので軍人だが、髪型からして貴族出身だろう。
セレネは少しホッとして、士官学校の場所を聞いた。
「じ、実は士官学校に行きたくて、でも迷ってしまって・・・」
「それは丁度いい。わたくしも士官学校に向かう所でいた。案内致しましょう」
(カ、カッコイイ・・・)
「あ、ありがとうございますです」
セレネは、案内を申し出てくれた彼女をカッコイイと思った。
キリッとした顔立ちで、喋り方も力強い。まさに、理想的な軍人の姿だ。
歩き方の軍隊式の無駄のない歩き方。
自分の目指す姿をいきなり見ることが出来た気がするとセレネの目線は彼女に釘付けだ。
「そこ、段差に注意してください」
「え? ッ、きゃっ!?」
彼女に見惚れていたため段差につまずいてしまった。
セレネは抱えられ彼女の丘が顔に当たる。
衣服に隠れて分からなかったがどうやら隠れた豊満な丘のようだ。
「大丈夫ですか?」
「す、すいませんです! よそ見をしてしまって・・・」
「いえ、お怪我が無いなら良いのです」
彼女はすぐに案内を再開する。
真面目でルールに厳しく、そして、思いやりに溢れている。
セレネの中で彼女の評価がグングン上昇していく。
「あ、あの・・・」
「・・・」
「えっと、お、お名前を聞いてもいいですか?」
「ん? 失礼。考え事をしていた。名前ですか? わたくしは、第54帝国士官候補生のラクウェル・ルサンチマン・メローネという」
「士官候補生・・・! ぼ、ぼく、セレネ・ニヒリズム・エーアトベーレです。士官になるために帝都まで来ました」
セレネは彼女が士官候補生だったことに驚いた。
士官学校に入学すればラクウェルは先輩ということになる。
なんだかお近づきになれた気がして嬉しくなってきた。
「士官を志すのは良いことです。国と家族を愛している証拠ですから」
「は、はい!」
二人は帝都の中心を目指して歩いていく。
帝都エリドゥには、セレネの見たことのないもので沢山溢れていた。
まず、馬車を馬が引いていない、馬がいないのに独りでに走っているのだ。
中に乗っている人が術式で動かしているのだろうかとセレネは予想するが、残念ながら違う。
あの乗り物には駆動装置が搭載されている。
技術的なレベルとしてはまだまだだが、人や荷物を載せて走らせるぐらいは問題ない所まで完成しているのだ。
帝都の街灯には魔晶石や火ではない明かりが灯っている。青白い光で帝都を照らしておりジグラットのものを思い出すが同じものだろうか。
まだ外は明るいが夕方が近くなると自動で着くのだろう。
ある程度歩くとラクウェルが何やら筒状の箱に乗り込んだ。
セレネがポケッとしながら乗り込むと、筒状の箱がいきなり動き出す。
「わ、わわ」
「乗るのは初めてでしたか。これはモナド式駆動車です。動く原理については士官学校で習えるので、その時にでも」
ラクウェルが説明してくれたが、機械というものをあまり知らないセレネには摩訶不思議な物に見えている。
「ほぇー・・・」
セレネは何もしていないのに動き出したこの乗り物を不思議そうに眺める。
何やらガタゴトといっている部分があるので、そこに機械が入っているのだろう。
乗り物は馬にも負けてない速度で進む。
流れる風景を見ていると。
「もうすぐ士官学校前です。降車の準備を」
「あ、はい」
帝立士官学校に着いたようだ。
モナド式駆動車を降りると士官学校の門が目に飛び込んできた。
大きく威厳のある門だ。
ラクウェルはスタスタと門をくぐってしまう。
時間にせっかちなのかもしれない。
「それでは、セレネ君。わたくしはこれで失礼する。入校試験だが倒すのではなく対処することを考えることです」
「・・・? はい・・・」
ラクウェルは試験のヒントをくれたようだが、どういう意味だろうか。
セレネはラクウェルを見送った後、事務手続きのため事務室に向かう。
それにしても、建物が立派だ。
実際に軍事施設として利用されているのだろうかと、その充実した施設を眺めていく。
訓練所では本番さながらの演習が行われており、実験室では何かも分からないサンプルの分析。
食堂にはコックさんもいる。ちょっとご飯を食べるのが楽しみになってきた。
「あ、あった。迷わずに来れたです。・・・よーし、スーハー・・・、スーハー・・・」
息を整えコンコンと事務室をノックした。
扉を開き中に入ると、職員の人たちが書類の処理に追われている。
「あのー」
「ご用件は何でしょう?」
「に、入校手続きをしに・・・」
「お名前と入校手続書をお願いします」
「は、はい! セレネ・ニヒリズム・エーアトベーレです!」
セレネは思わず直立不動で背筋がピンッとなり返事をする。
どうやらガチガチに緊張しているようだ。
両親から渡されていた入校手続書を美人職員さんに渡し。
「セレネさんですね、少々お待ちください」
美人職員さんがパラパラと書類を確認していく。
ある程度書類をめくるとピタッと手を止めて。
「ご両親より手続きの方は済まされているようですね。それでは、入校試験の準備ができ次第お呼びいたしますので控室でお待ち下さい」
(緊張したですー・・・)
「は、はい。ありがとうございます」
セレネの両親は、将来、娘を士官学校に入れようと手続きと入校金の支払いを済ませていたようだ。
本当に行くかどうかも分からないのに、我が子のために席を取っていてくれた。
セレネは必ず試験を合格してみせると両親の期待に応えるべくその時を待つ。




