第五十話 公女のお勧め
王都にアズラたちが戻ってきた。
待ちに待った勝負の時が来たのだ。
人々にクラッシャーアズラと呼び称えられながら市場へと向かう。
全然知らない人にまで名を呼ばれすっかり有名人になったアズラ。
最初の目的の有名になるは完璧に果たされた。
しかし、アズラはなんだか嬉しそうじゃない。少し涙目でその慎ましい丘を両腕で隠すように抱いている。
馬車の中に引っ込んだというのにまだ歓声が聞こえてくるのだ。
「貧乳じゃない・・・。貧乳じゃない・・・」
「アズ姉本当にごめん。僕がうまくやらなかったばっかりに」
「貧乳じゃないから!」
「う、うん・・・、えっと・・・、アズ姉はアズ姉だから僕は大きくても小さくても好きだよ?」
アズラがジトーとセトを見つめてくる。
そういうことじゃないんだと目で訴えかけているのだ。
「う、うううう・・・」
「わー! そ、そうじゃないんだ! アズ姉は強くて優しくて、えっと、だから胸が小さくても大丈ぶっ!」
言い終わる前にアズラの拳が飛ぶ。
セトの顔面を捉え、宙を舞い、軽く3回転して床に落ちる。
「・・・ふぇぇぇ。・・・もうお嫁にいけない」
アズラが泣いてしまう。
王都で誰もが知っている貧乳少女になってしまった。
よりによって何故貧乳? と貧乳の噂が広がった経緯が理解できない。
アズラは取り合えずこの噂の原因を招いたディアという男を絞めようと決めた。
「アズラ殿ー!」
また歓声が聞こえてきた。
アズラはもうほっといて欲しいと思い始める。
「アズラ殿ー! 私だ、シャーウィンだ!」
「・・・シャーウィンさん!?」
アズラは涙で汚れた顔のまま馬車の外に顔を出す。
そこには、あの特別指定個体ザントゾルと一緒に戦った騎士シャーウィンが走って馬車を追いかけていた。
アズラはすぐに馬車を止めさせる。
「ハァ、ハァ、良かった。気付いてくれたか」
「シャーウィンさんどうしたんですか?」
アズラは泣いたままシャーウィンに尋ねた。
その泣き顔を見たシャーウィンは納得したように。
「アズラ殿申し訳ない!! 私が広めた噂のせいでこのような恥を掻かせるとは、どのような罰でも受ける! だから泣かないでくだされ」
「シャーウィンさんの所為じゃないわ。・・・ふぇぇ」
「!?!? い、いや! この私にも責任はある! そうだ。このような品性に欠ける噂を流した輩など私が斬り伏せよう」
ビクッ! とセトが飛び跳ねる。
ヤバい。変な騎士に殺される。そもそも、あれは誰なのか?
自分にも責任があるというが、噂でも流したのだろうか?
アズラとは知り合いのようだが。
「あ! 特別指定個体を退けた美しい騎士ってあなたが流したのですか」
「ん? そうだが貴殿は?」
「セト、セト・ルサンチマン・アプフェル。アズ姉の弟です」
「弟殿であられたか、私はシャーウィン・キャロルナ・レイ。剣の騎士団第21部隊隊長である以後お見知りおきを」
「はい、よろしくお願いします」
喋ってみると意外と普通の人だった。
斬るといわれたので警戒してしまった。
かなりの真面目さんのようで、この噂の責任を取ろうとしている。
セトにも、いや噂を大量に流したのはセトの指示なので彼が悪いのだが、セトは怖くて言い出せない。
そんなことを考えている間もアズラはポロポロと泣き続けている。
「アズラ殿、そう気を落とされるな。それに貴殿の胸は小さくなどない」
「・・・」
アズラがシャーウィンの話に耳を傾けた。
「見たまえ、貴殿の胸に勝る大きさを持った者がこの中にいるだろうか。私もそこの男もまっ平ではないぶっ」
シャーウィンが風の術式で吹き飛ばされた。
男たちにこの気持ちは分かるまい。
アズラはシャーウィンを放置して市場に向かう。
「ア、アズラ殿ー」
なんか聞こえるが無視していいだろう。
----------
繁華街の奥の奥。
ぎっしりと並び立つ家の隙間を抜けるとポッカリと広がる空間に出る。
家の裏側、道に面していなくて新たな家の建設が行われなかった場所だ。
人口増加に伴い町を増築したのだが、無計画に増築を繰り返したためこんな間違ったジグソーパズルの隙間のような空間が生まれた。
そんな隙間でも好んで使う輩はいくらでもいる。
人に見られたくないものや行いをする時に役立つのだ。
今も、総勢100名ほどの者たちが互いににらみ合いをしていた。
欲望をため込んだ腹を抱え両脇に奴隷の女を抱いているハゲ頭の男、フェアカウフェン、通称フェアに率いられたフェアカウフェン商会。
王都の市場を牛耳る巨大商会。
もう片方は、フェアカウフェン商会に対抗する商会たちの連盟。5名の男に率いられた王都商会連盟。
規模、資金力、知名度共に互角の両者。
ここでの勝敗が今後の市場を牛耳る権利がかかっている。
だとすれば、ここで手を抜くのはありえない。
商会の全力を持って相手を叩き潰すのだ。
「ゲシュ、ゲシュシュシュ。わざわざやられに来たのか? それとも傘下に入りに来たのか? ゲシュシュシュ」
「ほざけ! ハゲが! 貴様が汚い手を使って市場を牛耳っていることは分かっている。ここでその悪行、暴いてやるわ!」
フェアと連盟代表の男が互いに啖呵を切る。
いい感じに場の雰囲気が盛り上がってきた。
フェアカウフェン商会と王都商会連盟の双方に潜り込んでいるセトたちの護衛は今か今かとその時を待つ。
両者が連れて来た傭兵やゴロツキの中にエリウたちがうまく紛れ込んでいる。
抗争の準備のために傭兵を積極的に雇っていたためあっさりと潜り込むことができた。
気付かれないように互いに合図を送り配置についていく。
彼女らの目的はこの対立を長引かせること。
両者が対立し動けない間にピント商会の商品を売ってしまおうという訳だ。
「・・・いいね。こういうの好きだよ」
「ディア、殺しちゃダメだからニャ」
「分かってますって、適当にやりますよ」
フェアカウフェン商会側にいるディアがそういいながら術式を展開する準備を始めた。
懐から魔晶石を取り出し地面に配置する。
魔晶石は魔力を現象に変換する他に術式の補助にも用いられる。
魔力を送り込むだけで現象が発生するのなら、高度な術式の制御をしなくても術は発動するのだ。
複数の魔晶石に同時に魔力を送り込めば同時に複数の現象を用いることができる。
それは高等技術が必須の混合術式と変わらないことを意味するのだ。
ディアは3つの魔晶石を配置した。
火、水、土に魔力を変換する魔晶石。
ディアの術式の腕は並み程度、だから彼は魔晶石で補う。苦手な術式や足りない魔力は魔晶石で補っていく。
術式使いの基本だ。
「それじゃ、そろそろ仕掛けるけどいいか?」
「やっちゃえニャ!」
「了解!」
エリウの号令と共に、魔力を魔晶石に送り込み土石流を発生させた。
数人ぐらいなら飲み込めるその土の壁が王都商会連盟に襲い掛かる。
奇襲をかけられた王都商会連盟はモロに一撃を浴びて慌てて物陰に隠れていく。
「ゲシュ! まだ指示は出していないぞ! まったく、まぁいいお前らあのクソ共を叩きのめせ!!」
ディアに釣られてフェアが攻撃開始の指示を出した。
これで後は抗争を長引かせるだけだ。
「畜生! あのハゲめ! よし俺たちも反撃だ。剣士は前で応戦しろ!!」
「いよいよだな」
「ええ。これが成功したらセトさんたちに少し恩返しできる」
王都商会連盟に紛れた護衛が動き出した。
適当にゴロツキをあしらいエリウたちと戦っている演技を開始する。
自分たちが倒れなければ抗争は終わらない。
フェアカウフェン商会と王都商会連盟の両方を手玉に取っていく。
このまま行けば作戦は成功だ。
セトは抗争直前で維持しろと命令したが、抗争させた方がやり易いのでエリウたちは積極的に仕掛けていく。
ようは、死人が出なければいいのだ。
----------
セトたちを乗せた馬車がピント商会の露店の前に到着した。
使用人たちは早速商品を並べ始める。
公女殿下の推薦書をデカデカと見える所に貼り付け宣伝完了だ。
アズラに同行していた商人たちが自分の露店に戻るため挨拶に来た。
「アズラ様、このたびは誠にありがとうございました。これでわしの店も上手く回るようになります」
「私も感謝しておりますわ。それと騎士様。あんな噂お気になさる必要などありませんわ。女の魅力というのは愛を知る程磨かれその美貌も変化していくものなのです。騎士様はまだ愛を知る途中なのでしょう? なら胸の大きさなんて気になさらないで、愛を気にしなさいな」
「・・・愛を。そうねありがとう」
9人の商人たちが去っていった。彼らもこの期を逃さまいと売り込みをかけるだろう。
ここからはライバルという訳だ。
「アズラさん、準備できました」
リーリエから準備完了の報告が来た。
これから丸一日攻勢をかける。
今日が勝負の日。
ならば自分たちの持てる全てでこの商売に向き合う。
使える手は全て使う。
そう王都に広がった噂すらも。
「じゃあみんな始めるわよ」
「うむ、成功を祈るのである」
「絶対に成功するよ!」
「アズ姉さんなら大丈夫だもん」
ルフタ、セト、リーベが成功を願う。
この仕事に一ヶ月以上も費やしているのだ。そろそろ一発ドカン! といきたい。
アズラは思いっきり息を吸い、声を張り上げる。
「皆さん! 巷で噂のアズラがお勧めします。ベスタ公国の公女殿下がお気に召したこの品々、ぜひお手に取って見てください!」
さあ、売り込みが始まった。
噂の人アズラの呼びかけに続々と人が集まって来る。
最初はアズラを見ようと集まって来た人も公女殿下の推薦書を見た瞬間、顔色を変えて商品を手に取りその価値を確かめていく。
公女殿下の推薦書に気付いたのはおそらく商人だろう。
これで一気に噂が広がり、客が押し寄せてくるはずだ。
セトが仕掛けた偽情報で有力商会はこのことにまだ気付いていない。
気付いた頃には市場は公女殿下の推薦書の付いた商品が売れ筋になっているだろう。
「お、お嬢さん! この推薦書は本物なのか!」
「公女殿下直筆の署名が書かれています。鑑定士に確認してもらいますか?」
「あ、ああ、すぐに連れてくる。少し待っててくれ!」
推薦書に食いついた男が露店から飛び出していく。
まだ、推薦書を信じて買う人はいないようだが、アズラが勧める商品ということで買っていく客がかなりいる。
噂の効果もいい感じに出ているようだ。
推薦書に食いついた男がもう戻って来た。近所に露店を構えていたようだ。
「こ、これだ。どうだ本物なのか?」
男が鑑定士に本物かどうかを調べてもらう。
推薦書をマジマジと見た鑑定士は。
「こ、こここれは!? 間違いない! 本物です!」
(証明完了! 当り前よ。わざわざもらいに行ったんだから)
鑑定士の声を聞いた客の目の色が変わった。
ここに新しい売れ筋の商品が誕生だ。
「その商品を売ってくれ!」
「5個だ! 5個欲しい」
「こっちの置物も公女様が買われたので?」
「はい。今、ピント商会に置いております商品は全て公女殿下が買われた物です」
アズラの一言で客の購買意欲のアクセルが踏み抜かれた。
リーリエが営業スマイル全開で売り捌いていく。
市場に新たなブランド商品が誕生した。
ベスタ公国の公女お勧めの商品。
市場の人たちがその商品を求めて集まり出した。




