第二十七話 暗闇で、もがいては
セトたちが城を出てから一日が経過した。
いまだ連絡もない。
フローラたちは彼らを信じて待つばかりだが、時間が経つごとに心配になってくる。
神官ヴェヒターには長距離通信用魔晶石を渡してあるが重要な報告しかこないだろう。
騎士たちに命令して、今回の件に当たらせればここまで心配はしなかったかもしれない。
そう、フローラにとって騎士とは自身の手ゴマ、数の単位だから。
決して人を数の単位として扱っているのではない。立場上、騎士を数の概念として扱うことが多いからだ。
「ちゃんと依頼くらいこなしてくださいな」
フローラは執務室から窓の外を見る、いつものように青空の下、騎士たちが訓練に励んでいた。
城の外へと出かける者も見える。
マルクとリーベだ。
お留守番を食らったリーベは、最初は大人しかったが夜中にメソメソしながらフローラの寝室に転がり込んできた。
一人では眠れない彼女をフローラは快く迎え入れたのだが、道中の警備をどう突破したのか彼女はそれが気になって仕方がなかった。
今は、マルクにリーベの面倒を見てもらっている。
フローラは仕事が忙しく、構ってあげられないのだ。
「さて、リーベどこに行きましょうかね? 貴族がよく行くお店にでも行きましょうか」
「甘いものが食べたい。セトとアズ姉さんに自慢してやるんだ」
リーベは絶賛不機嫌モードだ。
夜が明けてもセトたちが帰ってこない。退屈で孤独で、そして心配なのだ。
「お任せくださいレディ。飛びっきり美味しいお店でもご紹介致しましょうかね」
マルクは付き人としての能力をフル活用していく。
リーベが満足しそうなお店を脳内でピックアップ、お菓子巡りツアーを瞬時に企画する。
優秀な能力の無駄遣い。
時には、こういう使い方もいいのかもしれない。
「まずは、婦人方御用達の菓子店、フルーティフルールに向かいましょうかね。甘いフルーツのお菓子がいっぱいですよ」
「甘い・・・フルーツ・・・フワフワ」
ラガシュの市場で食べたあのクリームフワフワのデザートを思い出した。
今でもヨダレが出てきそうだ。
リーベはマルクの案内で菓子店フルーティフルールを目指す。
この世の甘いお菓子を全て食らい尽すのだ。
----------
暗い暗い牢獄で、血の臭いが充満している。
何の意味もない暴力が数時間続き、ルフタは自身を縛る椅子にぐったりと倒れ込んでいた。
あれだけの暴力の中でもルフタは、縄抜けが完了していること、牢のカギを奪ったこと何一つ知られることなく乗り切った。
ルフタが庇ったことでセトも無事だ。
次の尋問はいつか?
それが今の問題だった。
普段は、約6時間置きに黒い神官服の男がやってきて尋問を行っていた。
だが、今回は途中で妨害したため次にどう動くか予想が出来ない問題が発生している。
「ゴホッ、ゴホッ、何とか生きているようだ・・・」
ルフタが口の中に溜まった血を吐き出すと床に赤い血だまりができる。少々量が多いが問題ない。
ダメージと残りの体力を考えると残り2日も猶予はないだろう。
尋問はもう耐えられそうにない。
セトの様子が気になる。ルフタは顔を上げセトのいる牢を見ようと痛む体を押して立ち上がった。
「ゼェ・・・、ゼェ・・・、セト・・・無事か? 動けるか?」
「・・・」
セトから返事はない。小刻みに体が震えているのがルフタのいる牢からでも分かった。
脅えている。恐怖している。
この現実に絶望していた。
(いかん。このままでは生きる気力を失ってしまう。何とかせねば)
ルフタは、今自分にできることを考える。彼に希望を繋がなければいけない。
この地獄に抗う意思を持ってもらわなければ。
一人ではここから脱出できない。協力者が必要だ。
ここに連れてこられたばかりのセトなら、まだこの地獄に立ち向かう意思があるのだから。
「少しだけ待ってくれ。必ずお前さんを助けてやる。吾輩は約束を必ず守る男だ、一緒に外に出るぞ。必ずだ」
セトを励まし、ルフタは牢の隙間から神官がいないことを確認する。
すると、いきなり口の中に手を突っ込み何かを引っ張り出した。
出てきたのは真っ白いペラペラのルフタ。
彼が脱皮した皮だ。それを椅子に縛り付ける。遠目では誤魔化せるだろう。
奪った鍵で牢の扉を開け、外に繰り出す。
ざっと7時間前にセトがここに連れてこられた。ならまだ彼の持ち物がこの建物内にあるはずだ。
牢に入れる前の検査室にある可能性が高い。
目的を決定したルフタは黒い神官服の男がやってくる足音の記憶を頼りに進んでいく。足音を辿れば牢の区画の外に出るはずだ。
そこで脱出に必要な物を調達する。
「ツァーヴの英霊たちよ吾輩に勇気を。偉大なるドゥラコンの守護者よ吾輩らを見守ってくだされ」
上へと続く暗い階段を上がっていく。階段の一番上には監視室と奥に続く廊下。
監視室には3名の神官が雑談をしていた。黒い神官服の男もいる。
「そしたらそいつあっという間に泡吹いて気絶しやがった。ぎゃははははは」
「情けねえ野郎だ。本当にタマついてるのか?」
「そういや、そのセトって奴、魔晶石なんて高価なもの持っていたぞ。あれ貰えんのかね?」
「貰うのは無理だろ。保管庫に入れっぱなしさ」
男たちの会話は続いていく。有力な情報も得られそうだ。
「今は、検査室に置きっぱなしだろ。誰かコッソリ取るんじゃねえか」
「そんな恐れ多いことするかよ。あそこに入りたいのか?」
セトの持ち物はまだ検査室にあるようだ。
ならこの好機を逃す必要はない。
(魔晶石・・・、確か魔力に反応する石だったな。光ったり冷たくなったり連絡を取れたりと。・・・!)
希望が湧く。セトの持っていた魔晶石が通信用なら外部と連絡が取れる可能性が出てきた。
助けを呼べる可能性。
ルフタは検査室に急ぐ。この廊下を直進した所にあるはずだ。
廊下の突き当りにその検査室の扉があった。
中に誰かいたら一発でアウトだ。窓もなく中の様子を確認できない。確率は五分五分。いるかいないか。
ルフタは扉に耳を当て様子を探ってみる。・・・静寂が続く。
コツッコツッと足音が聞こえてきた。真っすぐこちらに向かっている。
(まずい! 隠れなくては)
ルフタは扉を開け中に飛び込んだ。
中は暗く部屋がどうなっているか分からない。
「おい、マジでやるのかよ」
「少し見るだけさ。誰も怒りゃしないよ」
先ほどの男たちのようだ。二人だけだが、もう一人は監視で残っているのだろうか。
「で? 魔晶石ってどんななんだ?」
「ただの水晶みたいな石さ。なんか光る筋のような模様があるのが特徴かな」
男たちが魔晶石の特徴をペラペラと喋っていく。
ルフタにとっては好都合だ。
暗闇の中にボウッと光る板がある。板の真ん中に光る白い筋が浮かんでいた。
間違いない魔晶石を取り付けた板だ。
ルフタはそれを掴み取り、奥の荷物置き場の隙間に隠れた。
ガラっと扉が開き、男たちが入ってくる。
部屋の明かりが点き机に置かれた装備品が露わになった。
「と、魔晶石、魔晶石ー、あれ、おかしいな、ないぞ」
「おいおい、どういうことだそりゃ。誰か盗ったてことか?」
「ヤバい、ないぞ! 懲罰行きなんてごめんだからな」
男たちが騒ぎ始める。取るタイミングを間違えたかとルフタは警戒するが今はどうしようもない。
見つからないことを祈る。
「さ、探すぞ。まだ遠くに行ってないはずだ」
「ここに来るとしたら、見回りの連中か。いらんことしやがって!」
男たちが大慌てで部屋を出ていく。
うまくことが進んだようだ。
ルフタはセトの物と思しき装備を確認していく。
短剣と赤みの入った軽装防具、この袋はお金が少々。
そして、魔晶石。
「どう使えばいいか分からんぞ・・・。セトに聞くか」
ルフタは急いで牢の区画に戻る。監視室には黒い神官服の男が一人で監視していた。
階段を下りて牢の区画を覗いた瞬間。
ルフタは階段の影に張り付いた。
息を殺し、片目だけ壁の外に出す。
エウクレイデスがセトの牢の中にいた。
(まずい! まずい! まずい! これはどうすればいい。吾輩がいった所で殺されるのが目に見えている)
エウクレイデスはぐったりと椅子ごと倒れ込むセトを見ながらこう呟く。
「オオ、姉君にあんなにも愛されていながら、姉君がいなければこうも無残な姿になるとは、これも姉弟愛が成せるもの。アア、感謝を愛を受ける者に感謝を」
「・・・」
「さて、骸になる前に答えて貰わなければならないことがあります。そう、聖女リーベの所在です。どこにいるのでしょうか? 宿に泊まっているのですか?」
「・・・」
セトは反応を示さない。会話に意味はない。恐怖と痛みがセトを支配しているのだから。
「違う? なら、知り合いの家ですか? これも違う」
「・・・」
セトはエウクレイデスを見ていない。彼の存在などどうでもいいぐらいに現実を認識するのに抵抗がある。
「そうですか・・・。どこでしょうか・・・。テテトはベスタ家と知り合いだといってましたね」
「・・・ッ」
「そうですか。シェレグ城におられますか。アア、感謝を。決して聖女を裏切ることなく彼女を授けてくれたあなたに感謝を・・・連れてきなさい」
エウクレイデスの命で神官たちが動き出した。
狙うはシェレグ城にいるリーベ。居場所が知られた。
ルフタは階段の天井に張り付く、彼の真下を神官たちが通り過ぎていった。
暗い所で気付かれなかったようだ。
「さて、お美しき姉君の弟よ。あなたを生かしておく意味がなくなりました。どう、しましょうか? ・・・。・・・! ・・・オオ、あなたは聖女の贄に相応しいではないですか!」
エウクレイデスは余興を思いついた。まるで意味のない余興を。
贄と呼ばれるさらし者をどう嬲るかを思いついたのだ。
「牢を変えなさい。専用の部屋にお連れしましょう。相手も準備するのですよ。・・・彼が好みそうな相手をね」
セトが牢から出され連れていかれる。さらに下へ、牢の区画より暗い場所へ。
(ーーーッ。 どうする吾輩もここより下のことは知らない。行けば脱出の機会を失うやもしれぬ。うぬぬぬ)
ルフタは自問自答する。助けに乗り込むか、様子を見るか。
考えるまでもない。決まっていた。
(吾輩は約束を必ず守る男だ。決して見捨てぬぞ)
ルフタが魔晶石を強く握り締め、助けると念じた。僅か、ほんの僅かではあるが魔晶石が反応する。
魔晶石の片割れもアズラの持つ魔晶石がボウッと淡い光を放った。
「ヴェヒター様!」
「この近くにいますね。魔晶石の反応を追ってください」
ヴェヒターは奪った神官の記憶とこの近くにある建物の情報を照らし合わせていく。
古戦場後で、廃城が多数存在する地域。
怪しいのはその辺りか。
エウクレイデスは予想以上に切れ者であるようだ。ただの神官には拠点となる場所の情報が曖昧にしか知らされていない。
ジグラットの下部組織だったから当たり前なのかもしれないが、ジグラットが何をできるかよく分かっているようだ。




